Episode3:牽制合戦

文字数 2,567文字

 数日後にはビアンカ達は一路ワシントンDCからアラスカへと飛ぶ、プライベートジェット(・・・・・・・・・・)の中にいた。

 万が一の事態を考えて極力一般の交通機関を使わない方針は変わっておらず、今まではアトランタも含めて車で移動していたが、流石にアラスカは遠すぎるので大統領府が所有するプライベートジェットで向かう事が決まっていた。

「え、えーと……私達が向かうのはアラスカの州都じゃなくて、アンカレジの方なのよね?」

 ビアンカが少し居心地が悪そうに身じろぎしながら誰にともなく確認する。すると同乗者の1人であるリキョウが首肯した。

「その通りです。今回の件はアラスカ選出の上院議員であるエマ・ルース議員のリークにより判明しました。彼女の住まいはアンカレジにありますのでね」

 アンカレジはアラスカ州で最大の街であり、アラスカの人口の半分以上がこの街に集中していると言われている。州都のジュノーはあくまで政治の中心に過ぎず、アラスカの経済の中心はアンカレジであった。

「より正確にはルース上院議員と繋がりが深い州内のエネルギー関連会社からの訴えを、彼女が大統領に陳情したという事のようだがな。ルース議員の地盤はアラスカのエネルギー業界だからな」

 リキョウの説明を同じく同乗者であるアダムが補足する。いや、一見補足している風だが、明らかにリキョウの説明に横槍を入れる目的があったものと思われる。


 案の定、リキョウの目が不機嫌そうに眇められた。

「……ミスター・グラント。被せないで頂けますか? あなたに言われるまでも無く同じ内容の補足説明をするつもりだったのですが」

「そうなのか。それは失礼した。てっきりこの程度の基礎情報も仕入れていないのかと心配になったのでな」

 アダムも即座に言い返す。基本的に寡黙な彼らしくない態度だ。リキョウもいつもなら相手の皮肉など受け流すような性格なのに、不機嫌になって反論するなどやはりらしくなかった。


「おほん! そのエマ・ルース上院議員がキーパーソンという訳ね。国民党だし女性だからカバールの一員って事は100%無いわよね? どんな人なのかしら?」

 更に居心地の悪い空気を感じたビアンカはわざとらしく咳払いして話を進める。今度はアダムが先に答える。

「君の母親……ウォーカー大統領と同じ年の選挙で初当選した上院議員だな。現在49歳。2児の母親らしい。元はアンカレジに籍を置く大手エネルギー会社の役員だったようだ。それで業界の支援を受けられたようだな」

「な、なるほど……」

「――まあ彼女が立候補したのは、ウォーカー大統領が議員時代に発案した女性の立候補に優遇措置を設ける法案が可決されたからですが。そういった経緯からウォーカー大統領に心酔している女性議員の1人なので、その意味でも信用はできるでしょうね」

 そして今度はリキョウが被せるように補足を重ねてくる。アダムの表情が不快気に顰められる。

「今は俺が話している最中だぞ。見て解らないか?」

「私は先程のあなたと同じ事をしただけですが?」

 リキョウは薄笑いを浮かべてアダムを挑発する。アダムの額に青筋が立って、彼は席から立ち上がったその巨体でリキョウを威圧するように見下ろす。


「どうもお前は俺に含む所がありそうだな。この際はっきりさせておこうじゃないか」

「ほぅ、それは奇遇ですね。私もあなたの態度に少々思う所があったのですよ。議論(・・)をしたいというなら喜んで受けますよ」

 リキョウも席から立ち上がってアダムを見返す。体格的には黒人のアダムの方が優れているが、リキョウは体格の差など覆せる武術の腕前がある。お互いに一歩も引かずに一触即発の状態になりかけるが……


「2人とも、いい加減にしてっ!」


「「……!!」」

 耐え切れなくなったビアンカが声を張り上げて2人の間に割り込む。アダムもリキョウも一瞬動揺したように目を瞠る。

「何なの、一体? 会った時からずっとこんな感じじゃない! お願いだから今は仕事に集中してよ! ユリシーズじゃあるまいし、2人とも普段はこんなじゃないでしょ? 居心地悪い思いするの私なんだからね?」

「……!」「ぬ……」

 2人が一様に小さく唸る。彼等は互いに牽制(・・)しあう事に気を取られて、当のビアンカの気持ちを考えていなかった事に気付いたのだ。

「というか本当に何があったの? これからアンカレジでカバールや場合によってはロシアとも戦う可能性があるんだし、何か蟠りがあるなら今この場で解消して頂戴。分かった?」

 ビアンカに詰め寄られて大の男2人が怯む。


 何故互いにいがみ合っているのか……その答えは単純だ。だがアダムは到底それを恥ずかしげもなく口にできる性格ではない。リキョウもリキョウでその理由を説明すればアダムの内心(・・)をビアンカに伝える手助けをしてしまう事になるし、それでビアンカがアダムの事を意識してしまったら本末転倒なので、やはり口に出しては言えなかった。


「…………」

 妙な所で進退窮まった2人は、示し合わせたように大きく息を吐いた。

「……ミスター・グラント。とりあえず今回の任務が終わるまで保留(・・)という事にしませんか? ビアンカ嬢に嫌な思いをさせてしまう事は本意ではありませんし」

「同感だ。俺もこの仕事中は忘れる事にする」

 2人はとりあえず停戦(・・)の証に握手を交わす。結局何なのか解らなかったが、2人とも変にいがみ合うのをやめてくれたようで、ビアンカはホッと胸を撫で下ろした。

「何だか分からないけど、とりあえず大丈夫だって事でいいのよね?」

 確認すると2人とも頷いてくれた。

「ええ、申し訳ありませんでした、ミス・ビアンカ。お見苦しい所をお見せしました」

「済まなかった、ビアンカ。もう大丈夫だ」

 2人が請け負ってくれたので、ビアンカも安心して頷くと再び席に座った。


「そう、ならいいわ。2人とも今回は宜しく頼むわね。じゃあ仕事の話を続けたいのだけどいいかしら? アラスカやアンカレジ、エネルギー業界の事情なんかももう少し詳しく把握しておきたいし」

 そうして一行は現状把握のブリーフィングを再開した。アダムもリキョウも弁えたもので、目的地に到着するまでの間に再び不穏な気配になる事もなく、ビアンカは落ち着いて任地の詳細把握に努めつつプライベートジェットによる空の旅を楽しむ事が出来たのであった。
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