Episode22:超常対決(Ⅲ) ~悪人の業

文字数 3,590文字

 ギャング風のヒスパニック女性がビアンカを庇うように立ち塞がると、黒鼬――橿貂(きょうてん)に対して再び火球を放つ。しかし橿貂も今度は奇襲ではない為に対応してきた。

 黒鼬の前に風の防壁が出現する。それは女性の放った火球を吹き散らして消滅させてしまう。どうやらあの鼬は麟諷(りんぷう)と同じで風の力を操るらしい。

「邪魔です。下がっていてください」

「な……なんですって?」

 邪険な様子でビアンカに退避を促す女性。言葉遣いこそ丁寧だが、ユリシーズに対してと明らかに態度が違う。

 ユリシーズからこんな女性の話を聞いた事が無かったし、彼が自分に対して秘密にしていた人物、しかもそれが若い女性であった事で、ビアンカは無意識的にこの女性に反感を抱いた。相手側の態度も悪いのなら尚更だ。

「あなた一体誰なのよ!? 彼とどういう関係――」

 ビアンカは一瞬この場の状況も忘れて女性に詰め寄りかけるが、幸か不幸か仙獣である橿貂は場の空気を読むという事をしなかった。

 威嚇するような鋭い唸り声を上げた黒鼬は、いつの間にかその尻尾がまるで湾曲した刃のような形状に変わっていた。その刃と化した尾をこちらに向けて振るってきた。すると小さな竜巻が発生して凄まじいスピードで迫ってきた。

「ち……!」

「あ……!?」

 ギャング女性は舌打ちすると強引にビアンカを突き飛ばして距離を空ける。そして自身は竜巻に向けて手を翳す。その掌から今度は目も眩むような電撃(・・)が発生して、竜巻と正面からぶつかり合う。

「……ッ」

 ビアンカは激しいぶつかり合いによって生じるスパークから目を庇うように手を翳した。両者の押し合いは一進一退で、全くの互角に見えた。信じがたいがあの女性は仙獣とほぼ同等クラスの力を持っているという事か。

 ビアンカは無意識に拳を握った。

(一体……誰なのよ、あの人。……これが終わったら絶対に聞かせてもらうわよ)

 互いの攻撃が打ち消し合うと、そのまま肉弾戦(・・・)に突入する両者。橿貂はそのすばしっこさを利用して縦横無尽に立ち回り、隙を見つけると尻尾や風の力で攻撃する。だが女性の方もいつの間にかその手に作り出した剣のような武器を握っていて、仙獣と全くひけを取らずに互角の戦いを繰り広げる。

 その光景を見てビアンカは、この件に関して必ずユリシーズを問い詰めてやると心に誓っていた。


 
「ち……何だ、あの女は!? 橿貂と互角に渡り合うとは何者だ?」

 自らと金狼『鍠呀』でユリシーズを足止めし、その間にもう一体の仙獣『橿貂』にビアンカを襲わせた俊龍だが、思わぬ妨害者の出現に目を瞠った。彼女の存在は中国の国家安全部も把握していなかったようだ。

 それも当然だ。何故ならあの女性は……つい最近この世界(・・・・)に来たばかりなのだから。

「へっ……隠し玉くらい用意しとくのは当たり前だろ? 尤も出来れば使わずに済ませたかったがな」

 ユリシーズは若干複雑な表情で口の端を歪める。あの女性の正体は……彼が召喚(・・)した中級悪魔(・・・・)タブラブルグ。つい先日検事総長カリーナと入れ替わろうとしてリキョウ達に討伐されたものと同じ悪魔だ。

 まさかこの街のカバールも自分と同じ悪魔を眷属としていたとは思わなかったが。皮肉な偶然と言えた。


 眷属の召喚には人間の恨みや憎しみ、それに恐怖や絶望といった負の感情からなる『(カルマ)』と呼ばれるエネルギーが必要となるが、その性質上基本的には人間に対して悪行を為すのが最も効率の良いカルマの集め方だ。

 だが実はカルマを抽出する対象は善人である必要はなく、人間でさえあれば悪人(・・)であっても構わないのだ。

 そしてユリシーズは幼少時から合わせると、それなりの数(・・・・・・)の人間をその手で殺してきていた。といっても無論その全てが基本的には悪人であり、向こうから襲ってきた人間を返り討ちにしたというケースが殆どだ。

 あとは任務の都合上で外国の要人暗殺や、以前にカムデンでビアンカに害を為そうとしていたチンピラを始末した時のような掃除(・・)というケースもあった。

 そうした悪人やチンピラ達であっても殺される時には恐怖や絶望、それに憎しみといった感情を発散する。善人を食い物にするより遥かに微弱であり効率は悪いものの、それでも数と年月を重ねればそれなりの量(・・・・・・)のカルマは蓄積される。

 ユリシーズは本来使うつもりがなかったその貯まったカルマを、『ビアンカをより確実に護る為』に解禁したのであった。


 タブラブルグを選んだのはその高い擬態能力で人間社会への適応が容易である点と、何よりも女性(・・)に変身できる能力を持った希少な悪魔であったからだ。

 他の中級悪魔でも人間の姿にはなれるが、基本的に男性にしかなれない。場合によっては自分が立ち入れない、よりプライベートな状況(・・・・・・・・・)での護衛を任せたいとも思っていたので、女性である方がビアンカにとっても良いはずであった。そしてそれだけではなく自分の眷属とはいえ、男性(・・)がビアンカのプライベートを護衛するというのは彼自身が何となく嫌だったというのもある。

 それらの判断から召喚したタブラブルグだが、とりあえずビアンカと年頃が近い女性を適当にコピーしておけと命令してあったのだが、中々ぶっ飛んだチョイスをしてしまったようだ。もっと細かく条件を指定しておくべきだったが、もう後の祭りだ。タブラブルグは一旦誰かをコピーすると、それ以外の人間には変身できなくなる。


(まあいい。身なりだけなら後でいくらでも整えさせられるしな。それじゃ俺も一丁本気で行くとするか……!)

 とりあえずあの黒鼬の方はタブラブルグに任せておけば大丈夫そうだと判断したユリシーズは、安心して全精力を目の前の敵に傾けられるようになった。ここからが本番だ。

「はっ! 待たせたなぁ、猛獣使い野郎。今まで好き放題やってくれた礼は、のし付けて返してやるぜ」

「ぬ……小癪な!」

 不敵な笑いを浮かべるユリシーズに、俊龍は鍠呀と共に挟撃を仕掛ける。だがユリシーズはその手に黒炎剣……ヴェルブレイドを発生させると、その長さを更に伸長させて『槍』のような形状に変えた。

「……!」

「ぬぅぅぅぅぅぅんっ!!!」

 気合と共に高速で黒い炎の槍を旋回させる。その槍自体のリーチもさる事ながら、槍の旋回に合わせて凄まじい熱波が拡散して俊龍達を寄せ付けない。俊龍と鍠呀が攻めあぐねて動きが止まる。

「そこだっ!」

 ユリシーズはその隙を逃さず、まずは鍠呀の方に突進する。金狼は再び体毛にスパークを発生させて、複数の雷の弾を撃ち込んできた。

「何度も同じ手を食うか!」

 ユリシーズも突進の勢いを維持したまま自身もその手に電撃を発生させて、鍠呀の雷球を全て撃ち落とす。

「ぬぅ……らぁぁっ!!」

 金狼に向けて黒炎の槍を全力で薙ぎ払う。鍠呀は流石に仙獣だけあって驚異的な反射で跳び退って躱すが、完全には躱しきれずにその胴体に黒炎の裂傷が走った。

 ――Gyauuun!!



「鍠呀!? おのれ……よくも私の仙獣を……!!」

 自らの仙獣が傷つく姿に、俊龍は凄まじい目付きでユリシーズを睨む。ロシアの工作員とブッキングした時は運が良かったと思ったが、このユリシーズという男の腕前は相当なものだ。

 俊龍は既に仙獣を2体同時に召喚している状態で『気』を急速に消耗しているので長期戦になると不利だ。予想外の敵の増援などもあって、このままでは任務の達成が危ういと判断した。

(手段は選んでいられん。こうなれば全人員(・・・)を投入するまでだ)

 今回の任務に際して本国から随伴している『紅孩児』の部下達。その殆どが下仙だが一部中仙も混じっている。今はこの広大な公園の各所を見張るために散らせてあるが、彼等を呼び集めて加勢させるのだ。

 いかにこの半魔人が強くとも、部下達と一斉に攻めかかれば確実に斃せるはずだ。周主席からの任務は何としてでも達成しなければならない。真っ向勝負への拘りなどない。


 俊龍はユリシーズに気付かれないように『気』の力を花火のように上空に打ち上げた。これは俊龍1人の手には負えない緊急事態が発生した時の合図で、この気の花火を感知した部下達は見張り任務を中断して彼の加勢に駆け付けてくるはずだった。だが……

(……あいつら、何をやっている!? 返答用の気発が無いぞ……!?)

 俊龍は焦った。彼の合図を受けたら中仙の1人が必ず合図を受諾した旨の『気』を打ち上げる事になっていた。だがそれが起きる気配がない。エリートたる『紅孩児』にあるまじき状況だ。

(まさか何か不測の事態でも――)

「よそ見している余裕があるのか、中国人!」

「……! ぬぅ……!!」

 だが俊龍の動揺を隙と見たユリシーズが攻勢を強めてきたので、思考を中断して戦いに専念せざるを得なくなった。橿貂と女性の戦いも拮抗していて終わる気配を見せない。

 彼等の超常の戦いの裏で思わぬ事態が起きていた事を、この場の誰も知る由もなかった…… 
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