Episode28:誓い新たに

文字数 4,593文字

「……彼女は真の愛国者であり、また検事総長として公明正大を心掛け、数々の重要案件において罰を受けるべき者達に裁きを受けさせてきました。彼女以上の適任者を私は知りません」

 アメリカ合衆国の首都ワシントンDC。その中心にある大統領官邸ホワイトハウスの前庭に設けられた屋外パーティ会場。ここでは現在大統領であるダイアンによる、最高裁判事の任命式(・・・)が執り行われていた。ダイアンは居並ぶ記者や関係者達の前でスピーチの最中であった。 

「皆さんに紹介しましょう。惜しくも辞任されるグリーンウッド判事に代わって、新たに連邦最高裁判事に就任する才女、カリーナ・アンゲラ・シュルツです!」

 ダイアンが傍らに控える女性を紹介すると、会場からは一斉に拍手が沸き起こった。満場の拍手と向けられるカメラの中、壇上のマイクの前に進み出てきたのは完全に余所行き(・・・・)用の態度と笑顔で身を固めたカリーナであった。

「ありがとう、皆さん。私自身まだまだ検事としてのキャリアの途中ですが、最高裁判事としてこの国に奉仕できる機会を見逃す事ができず、今回のオファーを受けさせてもらう事になりました。この国の真の自由主義を守るべく全力で取り組ませてもらうつもりですので、皆さんも是非私と一緒に戦っていきましょう!」

 カリーナの挨拶に合わせて再び拍手が沸き起こる。新たな最高裁判事の交替儀式は何の滞りも無く(・・・・・・・)厳かに進んでいった……


*****


「あなた達も今回は本当によくやってくれたわ。この任命式に無事臨めたのも偏にあなた達の働きがあってこそよ」

 無事に任命式が終わり、その後会場ではそのまま立食形式のパーティが催される。主賓(・・)であるカリーナは関係者達から引っ張りだこで、現在もグラス片手に大勢の招待客たちと談笑している。最高裁判事となる事が確定した彼女と少しでも誼を結んでおこうという人間は引きも切らない様子で、しばらくはその対応に追われて抜けられないだろう。

 そんな輪から少し外れた場所で、ダイアンが今回の功労者であるユリシーズ達を集めてその働きを労っていた。今ここにはビアンカとイリヤも含めて6人の特殊SP達(・・・・・)が勢ぞろいしていた。

 このような公の場で必要以上に目立つ訳にもいかないので、全員ニューヨークにいた時と同じSP用の黒いスーツ姿であった。イリヤもパーティに相応しい、例の英国貴族の子供のような衣装だ。


「珍しいですね。レイナーも通さずにボスが直接俺達を労うなんて。何か悪いモンでも食べましたか?」

 ユリシーズが揶揄するように問い掛けると、ダイアンは少しバツが悪そうに咳払いして眉を顰めた。

「人を冷血人間みたいに言わないで頂戴。常日頃から皆には感謝しているわよ。今回は特にね」

 ニューヨークではダイアンも直接敵に襲撃されるという災禍を被った。やはり直接矢面に立つかどうかというのは心理的に大きな違いがあるのだろう。

「ビアンカ、あなたも……よくやってくれたわ。今回の功労者には当然あなたも入っている。いえ、今回の事だけじゃない。あなたの働きのお陰でカバールに着実に打撃を与える事が出来ているわ。ここに残って奴等と戦うという決断をしてくれた事……本当に感謝しているわ」

「……っ! な、何ですか、急に? そんな……おだてたって何も出ませんよ」

 ダイアンがまさか自分に対して直接こんな労いの言葉を掛けてくるとは予想していなかったビアンカは、激しく動揺して声が上ずってしまう。

「急にじゃないわ。私も議員時代には何度か経験していたけど、流石に大統領になってからは現場(・・)から遠ざかっていたからね。奴等に直接襲われるというのがどういう事なのか、それを久しぶりに思い出したわ。同時に私が普段からあなたに何を強いているのかも、ね」

「……! お、お母様……」

 ダイアンに真摯な表情で見つめられ、ビアンカは息を呑んだ。

「でもあなたが加わってくれてから、カバールとの戦いは怖いくらいに順調よ。この調子なら奴等を完全に駆逐する事も夢ではないと思えるくらいにはね。でもあなたを……『娘』であるあなたを、どれだけの危険に晒しているかも改めて実感したわ」

「…………」

「だからこの機会にもう一度しっかり聞いておくわ。本当にこれからもカバールとの戦いを続けてくれるの? 私はもうあなたに強制する気は一切ない。あなたが安全な暮らしを望むなら、今すぐにでもそれを実現すべく手配するわ。カバールとの戦いよりも……あなたの安全が何よりも優先よ」

「っ!!」

 どう見ても本気で言っている。ビアンカは胸が詰まるような感覚を覚えた。ある意味でこれはダイアンが初めて見せる『母』としての感情の発露であったかも知れない。ニューヨークで自身も命の聞きに陥った事がダイアンの隠された心情を表出させる切っ掛けとなったのだ。


「…………」

 ビアンカはしばし熟考した。これまでの過酷な体験、死闘の数々、喪ったもの、新たに得たもの。それらが流れ星のごとく彼女の脳裏を駆け巡っていく。 

 ユリシーズも、アダムも、リキョウも、サディークも、勿論イリヤも……。誰も言葉を発する事無く、ビアンカの挙動を見守る。

 彼等の注目する中、ビアンカは再び目を開いた。その瞳にはこれまでと変わらぬ決意が漲っていた。いや、最初から結論は決まっていたのだ。


「……私の決意は変わりません。私はこれからも奴等との戦いを続けます。奴等が……1匹残らずこの世界から消え去るまで私が戦いを止める事はないでしょう」


「――――」

 彼女のその答えを聞いて、一同は揃って大きく息を吐くような雰囲気となった。彼等も無論ビアンカの安寧を望んでいるが、それと同時に彼女がカバールとの戦いから降りればもう彼女と関われなくなる。それを厭う気持ちもあり、複雑な感情を抱いていたのだ。

 だがそれは当面杞憂に終わった。これからも変わらずビアンカと共に戦える。その喜びの感情もまた確かに彼等の内には存在していた。

「流石はビアンカ嬢です。あなたの強い決意、心より敬服致します」

「うむ、簡単な決断ではなかったはずだ。俺はこれからも君の力になると誓おう」

 リキョウとアダムが深く頷いて、自身の決意を表明する。

「お姉ちゃん、僕は何があってもお姉ちゃんトずっと一緒だよ!」

「まあ俺もまだまだ全然暴れたりねぇからな。お前がこれからも戦うってんなら俺も存分に楽しませてもらうぜ」

 ビアンカの腰に抱き着いて上目遣いに訴えるイリヤ。サディークも口の端を吊り上げて彼らしい言い方でビアンカを賞賛する。

「……ふっ、まあお前ならそう言うと解ってたぜ。それがお前の望みなんだからな。これからもお前の身は俺が守ってやるから安心しろ」

 ユリシーズが小さく笑って請け負う。ビアンカは頼もしい彼等の存在と言葉に大きな安心感を覚えた。


「……後悔はないのね?」

「ええ、もうその感情はフィラデルフィアに置いてきました。これが自分の選んだ道です」

 母親からの問いにビアンカは躊躇う事無く頷いた。そう。今更逃げるくらいなら、最初から戦う道を選んでいない。それにユリシーズ達は勿論、ルイーザやアルマンなどこの道に進んだ事で新たに築かれた人間関係もある。全てが最悪という訳ではなかった。

「ふぅ……決意は固いようね。解ったわ。私もこれからも立ち止まるつもりはないわ。この国の自由主義を守り抜き、カバール共を一匹残らず駆逐する。その為の戦いに今後もあなたの力を貸して頂戴、ビアンカ」

「ええ、喜んで、お母様」

 ダイアンが差し出してきた手をしっかり握り返すビアンカ。母娘が以前より少しだけ互いに歩み寄った瞬間であり、そしてこの国の裏の覇権を狙うカバールとの本当の戦いが幕を開けた瞬間でもあった。



*****



 ニューヨーク時間で丁度午前0時を回った時刻。摩天楼を頂き『眠らない街』とも呼称される大都会ニューヨークだが、流石に観光などがメインの施設は夜間には閉鎖される。

 そんな観光地の1つ、ニューヨークにおいてもある意味で最も有名なランドマークである『自由の女神像』。その内部は空洞になっている箇所がいくつもあり、人が通れる展望台としての役割を持っていた。

 その最上階(・・・)に位置する女神像の冠部分にある展望台は、ニューヨークの街が一望できる人気の展望スポットでもある。しかし日中は観光客でごった返すこの展望台も通常夜間には閉鎖されており静まり返っている。 

 そんな一般人は立ち入り禁止のはずの夜の展望台に、当然のように佇んでニューヨークの街を見下ろす2人の男の姿があった。


「やれやれ、中国やロシアまで総動員して、結果蓋を開けてみれば奴等とは痛み分け。ダンタリオンは討たれて、シュルツ女史の最高裁判事任命を阻止できなかったなんて。これはカバールとしては文句のつけようがない完敗だねぇ。いや、天晴れ天晴れ」

 愉快そうに手を叩くのは、大手メディアBNNの人気キャスターであるルパート・ケネディ。その横でもう1人の男が苦虫を噛み潰したような顔で唸る。

「笑い事ではないぞ、サタナキア。奴等の戦力は予想以上だ。あれを殲滅しようとするならカバールとしても本腰を上げて徹底した作戦を取らねば不可能だ。しかし相変わらず他の連中はダンタリオンが死んでカリーナが最高裁判事に就任した事を怒っても、『エンジェルハート』に対する脅威は聞かれない。この流れは正直非常に宜しくない」

 そう言って『シトリー』という悪魔名で呼ばれているその男は、深刻な表情でかぶりを振った。そんな同胞を横目で見ながら、ヴィクターを使ってその殲滅作戦を陰で妨害したルパートは何食わぬ顔で肩を竦めた。

「まあ過ぎてしまった事は仕方ないよ。それよりこれからどうするかを考えないとね。今回のように大統領まで出向く大掛かりな作戦は流石にしばらくは無いだろうから、『エンジェルハート』が動くとしても護衛はそこまで多くは無いはず。彼女を殺せるチャンスは必ず巡って来るさ」

「だと良いがな。当面は『エンジェルハート』が現れた場所を管轄(・・)している同志が、上手い事奴等を倒してくれる事を願うしかないか。無論それは私の管轄に奴等が現れた場合にも言える事だが」

 その間に再び有効な対策を練るしかない。シトリーはそう言って踵を返した。

「あれ、もう帰っちゃうの? 折角だからもう少しニューヨークの夜景を楽しんでいきなよ」

「あいにくこれでも表の仕事(・・・・)が多忙な身でな。それはお前も同じだろう?」

「まあね。でも何をするにしても心のゆとりという奴は常に必要だよ。それが成功の秘訣さ」

 ルパートが声を投げかけるが、シトリーは取り合わずに手をヒラヒラさせると、そのままこの場から消え去っていった。


 1人になったルパートは再び苦笑した。ただしそのニュアンスは多分に冷酷で相手を小馬鹿にするような感情に溢れていたが。

「くふふ……いや、予想以上の成果(・・)だよ。奴等を利用すれば必ずカバールを壊滅させる事が出来るだろう。旧態依然としたカバールは一度解体して、明確なリーダー(・・・・・・・)を据えた新しい組織として生まれ変わる必要がある。シトリー、君もまた僕にとっては不要な存在なのさ。くふふふ……」

 陽気な外見には似つかわしくない昏い含み笑いは、他に誰も居ない真夜中の展望台に不気味に、そして虚ろに響き続けるのだった…… 



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