Episode12:謎の加勢者

文字数 3,907文字

 『腕』の相手をリキョウに任せ、ユリシーズは一直線にバルバトスの元に突き進む。そして先制の一撃で攻勢魔術ヴェルフレイムを連続して撃ち出す。魔界の黒い炎が何条もバルバトスに殺到する。

『ふん!』

 だがバルバトスはその場から動かずに、目の前に大きな土の壁を発生させてヴェルフレイムの連弾を防いだ。その攻撃で土壁は破壊されたが、ヴェルフレイムも全て撃ち尽くしてしまう。拮抗だ。

「やるじゃねぇか!」

 見た目はユーモラスだが、やはりカバールの構成員たる上級悪魔。そう簡単には行かないようだ。


『小僧……単身で儂に挑む愚かさを教えてやろう!』

「……!」

 バルバトスの魔力が急激に上昇する。警戒したユリシーズは掌を突き出して攻勢魔術ジェノサンダーを発動させる。彼の手から強烈な電撃が迸る。

 だがその電撃は先程と同じように阻まれた。今度は土壁ではない。大量の岩の塊が地面から盛り上がって、バルバトスを包み込んだのだ。電撃はその岩の塊に阻まれたのであった。

 それは壁ではなかった。岩の塊はどんどんバルバトスの元に集まっていき、奴の身体の一部(・・・・・)になっていく。


「お、おぉ……マ、マジかぁ!?」

 ユリシーズは唖然としてソレを見上げた(・・・・)。数瞬の後には、そこに体長が優に5メートルを超える巨大な岩の巨人(・・・・)が屹立していた。巨人と言っても鈍重そうな印象はなく、全体的にゴツゴツと尖った岩が突き出した先鋭的なフォルムであった。

『叩き潰してやるぞ、小僧!』

 岩巨人――バルバトスが吼えると、尖った岩がいくつも突き出た巨大な拳を叩きつけてきた。風圧を伴う巨大な質量が迫る。

「……っ!」

 ユリシーズは咄嗟に大きく飛び退ってその拳の打ち下ろしを躱した。直後に拳が炸裂した地面が大きく抉れ飛んだ。あの『腕』ほどではないがかなりの威力だ。またそのスピードも以前フィラデルフィアで戦った『ウィリアム・ペン』より速い。

「ちぃ……!」

 ユリシーズは再びヴェルフレイムの連弾を叩き込む。幸い的は大きいので外れる心配はない。全弾命中してバルバトスが防御に掲げた腕が粉々に砕け散る。どうやら『ウィリアム・ペン』のような強固な防御膜は無いらしい。しかし……

「……!」

 すぐに地面から新たな岩塊がせり上がり、バルバトスの身体に吸収されて砕け散った腕を復元してしまった。

『ふぁはは、無駄だと言っておろうが。この大地から糧を得られる我が力は無限よ』

 バルバトスは哄笑しつつ、今度は両腕をこちらに向けて突き出してきた。するとその腕から大量の岩が弾丸となって撃ち出された。全て先端が尖っている。あの速度、質量で喰らったらユリシーズと言えどもただでは済まないだろう。

 まるで散弾のように撃ち出されたので躱すのは難しい。彼は咄嗟に手を掲げて防護魔術ダークバリアーを発動させる。手の先に黒い半透明の膜が展開される。

「……!」

 岩の散弾が接触すると防護膜越しに結構な衝撃を感じた。威力はかなり高いらしい。バルバトスが再び散弾岩を放ってくる。このまま守りに徹していても勝てない。

 ユリシーズはバルバトスの攻撃を再度防ぎ切ったタイミングで大胆にバリアーを解除すると、もう一方の手に集めていた魔力で特大のヴェルフレイムを作り出して一気に射出した。

『……!』

 巨大な黒い火球は狙い過たず、バルバトスの頭部(・・)を跡形も無く破壊した。岩巨人の巨体が大きくよろめく。だが……

『……単純に頭を砕けば倒せるとでも思ったか? 馬鹿め、人の形はただの擬態よ。頭そのものに意味はない』

「ち……!」

 バルバトスの頭部が何事も無かったように再生した。どうやら言葉通り特に頭が弱点という事もないらしい。ユリシーズが舌打ちする。


 完全に不死身のはずがない。必ずどこかに『本体』に相当する弱点があるはずだ。だがそれを悠長に捜している暇はない。ビアンカ達があの『腕』だけでなく大量の人間大の岩人形達に囲まれていて、既にビアンカ自身も岩人形と交戦している状況となっていた。

 リキョウだけならどうでもいいし、癪だがそもそもあんな連中に負けるような実力ではない。問題はビアンカだ。アルマンから貰った装備で何とか戦えているようだが、敵の数が多くなればもたなくなるのも時間の問題だ。

 その前にバルバトスを斃さなくてはならない。だが奴の『本体』を探し出すのは時間が掛かりそうだ。闇雲に攻撃しても恐らく無駄だろう。しかし時間を掛けるとビアンカが危ない。

 厄介なジレンマにユリシーズが内心で唸っていると……



「――あいつの『本体』はサッカーボールくらいの大きさの【核】だよ。それをあの巨体の中で自由に移動させているだけさ」



「――っ!? だ、誰だ、てめぇ!」

 唐突に間近で聞こえた第三者の声にユリシーズは戦闘中にも関わらず、思わずギョッとして飛び退いた。

 そこにはいつの間にか1人の怪しい風体の人物が佇んでいた。まるでファンタジー映画にでも出てきそうな灰色のローブに同色のフードを目深に被っており、更にその顔は目の部分だけが開いた白い仮面に覆われており、素顔も素性も一切解らないようになっていた。怪しい事この上ない風体だ。

 いつの間にこんな距離まで近付いたのかユリシーズにも解らなかった。バルバトスも同様らしく、唖然としたようにその人物に注意を向けていた。

 いや、平時であれば気付いたかもしれないが、互いに激闘の最中であり、気配を殺して忍び寄る者に気付く余裕が無かった。


「ボケてる暇はないんじゃない? このままだとビアンカ(・・・・)が危ないよ」

「……っ! てめぇ……?」

 馴れ馴れしい呼び捨てにユリシーズが不審そうに眉を上げるが、フードの男は構わず続ける。

「あいつの【核】は体内を移動しているだけだから、それを知った上で魔力を集中して探ればすぐに見つけられるはずさ」

「……! ち……」

 当然男の正体は気になるが、彼の言う通りもたもたしているとビアンカが危険だ。とりあえずダメ元でと男の指示通り魔力を集中させてバルバトスの身体を探査してみる。すると確かに不自然に魔力が集まっている箇所があるのが解った。今は下腹部の辺りにある。

『貴様……何者か知らんが、そいつらに加勢するなら共に死んでもらうぞ!』

 バルバトスはフードの男も敵と見做すと、両腕を前に突き出した。また岩の散弾かとユリシーズが警戒するが、今度は散弾ではなく手の先から大量の岩が盛り上がると、一本の棒状の武器(・・)を形作った。

 それは両手持ちの戦槌(ウォーハンマー)のような形状をしていた。体長が5メートルを超える岩巨人が待つ両手持ちの戦槌。それは一種の攻城兵器であり、その途轍もない質量をまともに喰らった相手は一撃で原型を留めない肉塊へと姿を変えるであろう。


『もう遊びは終わりだ!』

 バルバトスはその岩の戦槌を振りかぶって猛然と突進してきた。そしてユリシーズとローブの男を纏めて始末しようと戦槌を薙ぎ払う。凄まじい風圧と風切り音。ダークバリアーで防げる威力ではないと判断したユリシーズは、大きく飛び退って巨大な質量の薙ぎ払いを躱す。ローブの男も同じように跳び退って回避していた。

 そしてバルバトスが攻撃を空振りした隙を突いて、奴の下腹部の辺りを目掛けてヴェルフレイムを撃ち込む。

『……っ!』

 バルバトスが驚愕する気配。しかし魔力の塊が素早く胸の辺りに移動してヴェルフレイムの直撃を躱した。破壊された下腹部はすぐに岩が盛り上がって修復されてしまう。

「ちっ……!」

『貴様ぁ……!!』

 あれ程速く【核】を動かせるとは予想外であった。バルバトスは増々怒りの咆哮を上げて襲い掛かってくる。それと同時に常に【核】を高速で移動させて、特定できないようにしてくる。

 バルバトスの猛攻を躱しながら、尚且つ巨体の中を高速で動き回る【核】を捉えるのは困難だ。しかし……


「僕が一瞬だけあいつの【核】の動きを止めるから、合図したらその隙に攻撃してくれるかい? 生憎今の僕(・・・)じゃ、まだ一瞬が限界だと思うけど」

「何だと? てめぇは一体……」

「話してる暇があるのかい? ビアンカを助けないとだろ?」

「……! ち……!」

 ユリシーズは舌打ちしつつも他に手っ取り早い方法がある訳でもなく、渋々男の指示に従う。当たれば即死級の岩戦槌の猛攻を躱しつつ、ローブの男がバルバトスの一瞬の隙を突いて両手を突き出す。するとバルバトスの巨体が不自然に震えた。

『ぬがっ!? 貴様……』

「今だ、早く……!!」

 男の合図。確かに言う通りそれほど余裕がある感じではない。ユリシーズは舌打ちしながらも今は目の前の戦いの勝つ事を優先する。

 【核】が止まったのは奇しくも人間なら心臓がある辺り。その部分目掛けてヴェルフレイムを撃ち込んだ。そして今度は躱される事もなく、黒い火球がバルバトスの【核】を正確に撃ち抜いた!


『う……うおぉォォォォォォォッ!!!』


 野獣のような咆哮。それと共に動きを止めた岩巨人の身体がまるで結合が解けたようにボロボロと崩れ始めた。いや、比喩ではない。文字通り魔力で岩石を結合していた【核】が消滅した事で、結合を保っていられなくなって崩れたのだ。

 そして岩巨人が崩れ去ると、当然というかあの巨大な『腕』や大量の岩人形達も元の岩と土くれに戻って、一斉に崩れ去っていく。

 決着だ。だがユリシーズは内心で舌打ちしていた。倒すしかなかった。手加減して捕える余裕などなかった。やはりカバールの悪魔どもは一筋縄ではいかないようだ。

 しかも倒すのにも、この突然現れたローブ男の助力が無ければこれ程迅速には倒せなかっただろう。ユリシーズは崩れ落ちる岩巨人の轟音を背に、ローブ男の方に注意を向けた。
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