Episode26:超常対決(Ⅴ) ~凍寒の暴君

文字数 4,338文字

『薄汚ぇイエローが! 目障りだからとっととくたばりやがれ!』

「おや、驚きました。このゴリラは人間の言葉が喋れるようです。実に珍しい種類の白色猿ですね」

 セントラルパークの北側にあるイースト・メド―と呼ばれる芝生公園。今ここには悪魔の『結界』が張られ、超常の力がぶつかり合う異能の戦場と化していた。

 リキョウに攻撃を仕掛けてくる巨大な白い影。それは全身が3メートルほどある『白い体毛に覆われた4本腕のビッグフット』とでも言うべき怪物で、しかしその面貌は穏やかな類人猿のそれではなく、目が紅く光り、裂けた口には鋭い牙が生え並ぶ凶悪な様相であった。

 『凍寒の暴君(フロストタイラント)』ダンタリオンと名乗るその悪魔は、巨体に見合った恐ろしい咆哮を上げ、そして巨体に見合わぬ凄まじい速度で突っ込んでくる。常人であればその迫力だけで気死してしまいかねないレベルだ。

 そして文字通り砲弾のような勢いで巨大な拳を叩きつけてくる。リキョウは当然正面から受けるような愚は侵さず、冷静に跳び退って躱す。直後、今まで彼が立っていた位置の地面にダンタリオンの拳が炸裂した。

「……!」

 爆発(・・)、衝撃、轟音。

 リキョウは咄嗟に呼び出した白豹麟諷の力で風の障壁を張り巡らせて、着弾(・・)の際に生じた衝撃波を防御する。そして予想以上の衝撃に眉を顰めた。どうやら見た目の通り、いや、それ以上の膂力を誇る化け物のようだ。

『くはは、今更後悔しても遅ぇぞ、黄色猿』

「勘違いしないで頂けますか? 確かに馬鹿力だけはあるようですが、余りにも見た目通りで芸がないと思っただけですので」

『……! てめぇ、上等だぁっ!!』

 ダンタリオンは再び怒りに吼えると、今度はその4本の腕を使って攻撃してくる。恐らく4本全てが今の一撃と同じ威力の攻撃を繰り出せるだろう。リキョウとしては一発も当たる訳にはいかない。

「麟諷!!」

 自身は冷静に敵の攻撃を見切って躱しつつ、仙獣に挟撃させる。神仙ならではの戦い方だ。主人の意を受けた白豹が、リキョウを攻撃するダンタリオンの背中に次々と風の砲弾を撃ち込む。

『邪魔だ、クソ猫が!』

 苛立ったダンタリオンが麟諷に向き直って蝿でも振り払うように剛腕を薙ぎ払う。驚いた事に下級悪魔程度なら一撃で倒せる麟諷の圧縮空気弾を連続で受けても、流石に痛痒は感じている様子だが目立ったダメージを受けていない。馬鹿げた耐久力だ。


 麟諷だけでは決定打に欠ける。やはり上級悪魔は伊達ではない。リキョウは即座に同時召喚を決断した。

「出でよ、冥蛇!!」

 ダンタリオンの注意が麟諷に逸れている隙に、もう一体の仙獣冥蛇を召喚する。青白い鱗の美しい大蛇は、リキョウの身体に巻き付いた状態でダンタリオンに対して鎌首をもたげる。そして大きく開いた口から紫色の毒霧を噴射した。

 冥蛇の猛毒はまともに喰らえば悪魔にも充分な効果がある。ダンタリオンは見るからに肉弾特化という感じなので、このような攻撃に対しては弱いはずだ。

『……!!』

 毒霧に気付いたダンタリオンが向き直る。だがもう遅い。猛毒の霧は悪魔の身体を包み込もうとして……

「何……!?」

 今度はリキョウが目を瞠る事になった。毒霧が、止まった(・・・・)。比喩ではない。本当に空中でそのまま静止してしまったのである。勿論冥蛇が攻撃をやめたのではない。という事は……


『くはは、これは毒か何かか? 陰湿で貧弱な黄色猿どもにお似合いの小賢しい攻撃だな。だが生憎だったなぁ。俺が何故『凍寒の暴君(フロストタイラント)』と呼ばれてるか教えてやるぜ』


「……!」

 リキョウはそこで初めて、ダンタリオンの身体の周囲から冷気(・・)が漏れ出ている事に気付いた。少し離れた所にいるリキョウですら感じる程なので、相当な低温だ。

『毒ったって結局は空気中の微細な粒子……つまり水分(・・)だろ? そして俺の操る冷気は全ての水分を凍てつかせて、その運動を強制的に停止させる事が出来る』

 ダンタリオンはそう言って、その太い4本の腕を掲げた。

『勿論俺様の力はそれだけじゃないぜ? 空気中の水分を自在に凍らせればこういう事(・・・・・)も可能なのさ』

「……!!」

 奴の4つの手の先に冷気が集中していく。すると一瞬にしてそれは『形』を成して顕現(・・)した。それは一つは巨大な『剣』であり、1つは巨大な『斧』であり、1つは巨大な『槍』であり、そして最後の1つな無数の鋭い突起が付いた巨大な『楯』であった。


『ははは! 言っとくが硬度(・・)に関して淡い期待はしない方がいいぜ?』

 ダンタリオンは哄笑すると再びリキョウ目掛けて飛び掛かってきた。ただし今度は素手ではなく、氷で形成された武器(・・)を持った状態だ。

 まずリーチの長い『槍』が突き出される。それを躱すと上段から『斧』が叩きつけられる。それも横に跳んで躱したリキョウは至近距離から冥蛇の毒霧を吐き付けるが、やはり一瞬にして凍り付いて止められてしまう。

「……っ!」

『はっはぁっ!!』

 ダンタリオンは嗤いながら『楯』を前面に押し出して突進してきた。攻撃の直後で回避が間に合わないと悟ったリキョウは全身に『気』を張り巡らせる。直後に凄まじい衝撃。

「ッ!!」

 砲弾のような勢いで吹っ飛んだリキョウが地面に激突して派手な粉塵を撒き散らした。ダンタリオンが即時の追撃を掛けようとするが、麟諷が後ろから空気弾を撃ち込んでそれを妨害する。ダンタリオンは煩わし気に麟諷を『剣』で薙ぎ払って牽制する。だがその間にリキョウが体勢を立て直す時間は稼げた。

 陥没した地面から跳び上がるようにして体勢を立て直すリキョウ。


「ふぅ……やれやれ、やってくれますね、猩々風情が。お陰で私の服が土まみれになってしまいましたよ」

 眉を顰めて服の汚れを払い落すリキョウ。しかし内心では予想以上のダメージに焦燥を抱いていた。咄嗟に『気』で全身を覆ってガードしたものの、それでも尚全身の骨が砕けるかと思う程の衝撃であった。あんなものを再び喰らうのは避けたいというのが本音だ。
 
(ここは一時的にでもイリヤ君に共闘してもらって、一気に片を付けるべきでしょうか)

 今はカリーナの護衛に付かせているイリヤをその護衛から外して共闘させる。短時間とはいえカリーナを丸裸にするのはリスクが高いが、そのリスクに見合った援護は期待できる。そう考えてイリヤを呼び寄せようとするリキョウだが……


『ち……俺の一撃を喰らって立ち上がるとは、めんどくせぇな。だが肝心の護衛対象(・・・・)が危機に晒されても戦いに集中できるか?』

「何……?」

 不快気に唸るダンタリオンの言葉にリキョウが眉を上げる。

『俺が召喚してた眷属があれで打ち止めだと思ったか? 残念だったな。奥の手ってのは最後に披露するモンだろがよ! ……出番だぞ、ラージャ(・・・・)!!』

 ダンタリオンの咆哮に合わせるように、イースト・メド―を囲う木立の一角が左右に割れるように倒れていき、そこから異形の怪物が姿を現した。

「な…………」

 リキョウも、そしてイリヤもカリーナも、その現れたモノを見て絶句する。それは全長が凡そ10メートル近くありそうな、カマキリとムカデが合体したような奇怪な生物であった。

 上半身は甲殻に覆われたカマキリのような形状で、両腕は鋭利そうな鎌状になっている。下半身はやはり甲殻に覆われている、脚が無数に生えたムカデのような形状をしていた。それはまさに悪夢の中から脱け出してきたような異界の怪物であった。


『こいつは魔獣(アザー・ビースト)ラージャ。こいつの狂暴さは俺でさえ手懐けるのに苦労したぜ。中級悪魔(グレーターデーモン)なんぞと一緒にすると即後悔する事になるぜ?』


「魔獣……!!」

 リキョウの表情が俄然厳しいものになる。彼もカバールと本格的に事を構えるようになって主にアルマンや、時にはユリシーズやアダムなどからも、悪魔に関する情報を事あるごとに聴取していた。

 『魔獣(アザービースト)』とは魔界に棲息する野生動物(・・・・)の総称で、群れを成す小動物から目の前の怪物のような巨獣まで種々の魔獣が存在するが、共通する特徴として悪魔ですら手を焼くような狂暴さと邪悪さを内包している事が挙げられる。

 そして強力な種類になると下級悪魔は勿論、中級悪魔でさえも餌食にするようなとんでもない怪物も存在しているらしい。ダンタリオンの言葉と実際に怪物から感じるプレッシャーからして、このラージャという魔獣はその典型例なのかもしれない。


『ラージャ、あの女を食い殺せ! 邪魔するならそのガキもだ!』

 ダンタリオンが離れた位置にいるカリーナとイリヤを指して怒鳴る。

 ――Qyueeeeeeeeeeee!!!!

 それを受けた魔獣がこの世の生物ではあり得ないような奇怪な咆哮を上げて、イリヤ達目掛けてその巨体からはゾッとするような速度で突進していく。

「ミセス・シュルツ!?」

 リキョウは咄嗟にカリーナ達の方に駆け戻ろうとするが、

『シハッ!!』

「っ!」

 ダンタリオンが背後から突き出してきた『槍』を辛うじて躱した。

『くはは、行かせる訳ねぇだろ? だがそうやって動揺して隙を晒してくれりゃ好都合だぜ』

「……っ」

 駄目だ。今の攻撃の鋭さからしても、ダンタリオンに背を向けたり隙を晒したりするのは危険が大きすぎる。

(こうなれば向こうはイリヤ君に頑張ってもらうしかありませんね)

 同時にダンタリオンに関しても自分が何とかしなければならない。それに関しては厳しい状況だが、1つだけ良かった事がある。


(……こいつが短絡的な性格で助かりました。もう少し単独で私を追い詰める努力をしていれば、私はイリヤ君を呼び寄せるというミス(・・)を犯していた所でした)

 イリヤをこちらに呼んだ後にあのラージャを投入されてカリーナを狙われていたら、もっとマズい状況になっていた可能性が高い。あんな隠し玉を持っていながら、ダンタリオンはそれを投入するタイミングを早まった。

 最初の中級悪魔達の戦力分散の愚といい、ダンタリオンには戦略性というものがないようだ。

(奴の性格からして恐らくこれ以上の『隠し玉』はないと見て良いでしょう。ならばある意味ではここからが本番です)

 リキョウは大きく息を吐いた。性格はともかくダンタリオンの強さ自体は本物だ。生半な覚悟で勝てる相手ではない。

「……いいでしょう。そんなに私を怒らせて無様に惨めたらしい最後を迎えたいというのであれば、望み通りにしてあげましょう。掛かって来なさい、白色猿」

『……くはは、決めたぜ。お前は一思いには殺さねぇ。生きたままはらわたを掻っ捌いて、内蔵引きずり出して食ってやる。お前の目の前でなぁ、黄色猿!!』

 ダンタリオンが怒りの咆哮を上げて、4つの氷の武器を振りかざしながら迫ってくる。リキョウは『気』を限界まで練り上げて、迎撃のために自らも悪魔に対して特攻を仕掛けていった。

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