Episode20:仙獣大戦

文字数 4,028文字

「……!」

 ビアンカを拉致した悪魔……サタナキアを追って講堂に踏み入ったリキョウは、一瞬驚愕に目を見開いた。

 目の前に迷宮(・・)が広がっていた。分厚い金属の壁が左右に広がっており、それぞれの通路の先は更にいくつもの通路に分岐していた。通常、講堂と名のつく施設の内部がこのような造りになっている事はあり得ない。

「これは……ヴァーチャーの保管に当たって内部だけ改築でもしたのか? いくら面積のある建物とはいえ迷宮を作れるほどではあるまい。全く無意味な労力だな」

 いくら講堂が大きくても所詮は大学内のキャンパス内部にある建物の1つに過ぎない。この大学のキャンパスを丸ごと迷宮にでもするならともかく、こんな建物の中だけでは大した迷路も作れないし、労力に比して全くの無駄である。

 そもそも悪魔の結界で隔離しているのだから、こんな子供だましの迷路を作る意味が無い。

「まあいい。今はとにかくミス・ビアンカを助けなければ」

 リキョウは気を取り直すと、ちゃちな『迷宮』を進んでいく。面積的にすぐに『ゴール』に辿り着くはずだ。もし塞がっているようなら壁をぶち破るまでだ。


 リキョウは自分がこれほど真剣にビアンカの身を案じている事が不思議であった。確かに類まれな美少女だ。それに米大統領とローマ教皇の実子という境遇も興味深かった。『天使の心臓』という特性にも興味はあった。

 あくまで最初は興味本位でしかなかった。中国にいた時も大勢の女性と浮き名を流してきた彼だ。国家公安部副部長という肩書に女性が釣られるのは面白くないので、身分や正体を隠して夜の街で初対面の女性を口説き落とすのが楽しかった。彼にとって女性はあくまで遊び相手であり戦利品(・・・)でしかなかった。


 そんな彼であるのに……何故これほど必死にビアンカを助けようとしているのか自分で理解できなかった。


 彼女に対する感情に明確に変化があったのは、バルバトスとの戦いで迫ってくる岩人形達相手に一歩も引かずに戦う彼女の姿を見た時からだ。

 口では勇ましく自分も戦うとは言っていても、いざ実戦になったら及び腰になって逃げだすだろう、もしくは自分を守り切れなかったリキョウを責め立てるだろう。そう思っていた。少なくとも彼の中で女性とはそういう(・・・・)存在であった。だから彼も今までは、あくまで遊び相手として割り切る事が出来ていたのだ。

 だがビアンカは違った。力及ばないながら全く退く姿勢も見せずに果敢に戦う姿。勿論彼を責めたりなどせず、それどころか対等な仲間(・・)として扱ってほしいとさえ言ってきた。そして実際に今度はれっきとした神仙である下仙を相手に辛うじてだが独力で勝利を収めた。

 このような女性は初めてであった。それを認めた時、彼の内に何か名状しがたい感情が湧き上がった。物心ついて初めて覚えた感情の正体が解らず彼は戸惑った。だが決して不快な感情ではなかった。それどころか甘美でさえあり、もっとこの感情を味わいたくなった。この感情が何か詳しく知りたかった。

 そのためにも絶対にビアンカを無事に救出しなければならない。その意思をより確かなものとして『迷宮』を走るリキョウだが……


「……?」

(妙だな。既に数分は走っているぞ。特に堂々巡りはしていないはずだ。この建物の広さからしてあり得ない話だ)

 明らかに異常な事態だ。違和感を覚えたリキョウは改めて周囲の『迷宮』に意識を集中させてみた。すると……

「……!」

 微かだが魔力(・・)が漂っているのを感じた。これは悪魔どもが発する魔力と同質のものだ。となるとこの『迷宮』は悪魔が魔力で作り上げたものという事になる。

(神仙にはこのような能力は無い。そしてあのアモンとかいう悪魔はユリシーズ君と戦っているはずで、このような物を作って維持する余裕はないはず。となると……)

 あのビアンカを連れ去ったサタナキアという悪魔。これはあの悪魔の力である可能性が高い。であるなら恐らく闇雲に走り回っても無駄だ。


 そこまで考えた時、彼は狭い通路を抜けて大きな広いスペースに出た。といっても講堂ではない。いくつもの通路がクモの脚のように伸びている、『迷宮』の中に出来た間隙スペースのようだ。

 そして彼がそこに足を踏み入れたのとほぼ同じタイミングで、別の通路から1人の人物が出現した。


「……! 見つけたぞ、仁。あのサタナキアという悪魔も粋な真似をしてくれる」


「黄か……!」

 それはリキョウを追ってきた黄汪文であった。黄はこの『迷宮』がサタナキアの力によるものであると知っているようだ。


「貴様の相手をしている時間はない。邪魔立てするというなら死んでもらうぞ!」

 リキョウは問答無用で煉鶯をけしかける。火の鳥は主人の殺意を受けて一直線に黄に向けて熱波を放つが……

「馬鹿め!」

 黄も自身の仙獣……『晶猩(しょうしょう)』を前面に押し立てる。青い体毛の猿はその手の先から強烈な冷気を発生させて煉鶯の熱波と相殺する。

 しかしそれはリキョウも読んでいた事。これで黄から仙獣が離れた。彼はその隙に自らの『気』を高めて一気に踏み込んで黄に肉薄する。そして一撃で仕留めるべく拳を突き込む。

「ふっ!!」

「……!」

 しかし黄も只人ではない。リキョウの神速の突きを防御していなすと、反撃に強烈な蹴り技を繰り出してくる。リキョウも蹴りを防御しつつ反撃に転じる。しばらく拳法による一進一退の攻防が続く。

「どうした、仁よ。随分焦っているようだな? それほどあの女が心配か。女を遊び相手としか見做していなかったお前が随分な変わりようじゃないか!」

「……ちっ!」

 互いに拳を交えながら、黄がリキョウの変化を感じ取って揶揄する。自覚があるだけに何も言い返せずに舌打ちするリキョウ。攻防の合間を縫って弾かれたように一旦距離を取る。


「貴様と無駄話をする気はないと言ったはずだ! 冥蛇!」

 リキョウは新たな仙獣を召喚する。青白い体色の大蛇……『冥蛇(めいだ)』である。水と毒の力を操る仙獣だ。

「……っ」

 だが既に煉鶯を召喚しており、強力な仙獣を2体同時に召喚する事は上仙であるリキョウをしてかなりの気力を消耗する。一瞬飛びそうになる意識を強引に立て直す。

「仁、貴様……!」

「死ね、黄!」

 同時召喚を敢行したリキョウに黄が目を剥くが、彼は構わず冥蛇に攻撃を命じる。白蛇はその口を大きく開くとそこから霧状になった液体を噴射した。その霧を吸い込んだ者を全て死に至らしめる強力な毒霧だ。

「……っ! ちぃ……やむを得ん! 冴甲(ごこう)!」

 躱せないと判断した黄は舌打ちすると、自らも仙獣の同時召喚を行う。すると彼の足元にずんぐりむっくりとした黒っぽい亀のような生き物が出現した。その亀のような仙獣が首をもたげると、彼等の前に半透明の壁のような物が出現し、冥蛇の放った毒霧を全て遮断してしまう。

「ぬぅぅぅぅぅぅ……!!」

「かあぁぁぁぁぁぁ……!」

 煉鶯と晶猩、そして冥蛇と冴甲。2体ずつの仙獣の力が拮抗して気力による押し合いとなる。互いに2体の仙獣を同時召喚しているため、恐ろしい勢いで『気』を消耗していく。『気』を使い果たして先に気絶した方が負けだ。普通(・・)ならそうなる。

 だが……リキョウは悠長に黄と気力勝負をしているつもりはなかった。今こうしている間にもビアンカに危機が迫っているかも知れないのだ。一刻も早く彼女の元に辿り着く必要がある。その為には……


(……ミス・ビアンカ。私に力を……!)

「……麟諷!!」

 意を決したリキョウは……3体目(・・・)の仙獣を召喚した! 彼の召喚に応えて白豹が出現する。

「な、何だと……!?」

 黄が驚愕に目を見開く。3体同時召喚は上仙と言えども未知の領域だ。当然ながらリキョウも敢行したのは今が初めてである。一瞬で酸欠状態に陥ったかのように急激な眩暈と嘔吐感、そして身体中の痺れが彼を襲う。とても立っていられずにその場に片膝をついてしまう。このまま気絶して楽になりたいという欲求が極限まで増幅される。だが……

「やれぇぇぇぇっ!!!」

 常に冷静さをモットーとする普段のリキョウからすると考えられないような荒々しい咆哮。その主の意思に応えて麟諷が圧縮した空気弾を放つ。空気弾は冥蛇の毒霧と拮抗していた半透明の障壁にぶつかり、2体の仙獣の攻撃を同時に受けた障壁は粉々に砕け散った!

 そして冥蛇の毒霧が障壁を失った黄に逃げる間もなく浴びせかけられた。


「お、おぉ…周、主席……万歳……! ごぼぁっ!!」


 毒霧を浴びた黄は大量の吐瀉物と血液を吐き出しながら息絶えた。冥蛇の毒霧は即効性であり、まともに浴びたら応急処置の暇もなく憤死する。

 主人の死と同時に彼の仙獣達が消滅していく。それを見届けてリキョウは即座に3体の仙獣の召喚を解除した。


「かはっ……!!」

 途轍もない頭痛に襲われリキョウはその場に四つ這いで突っ伏す。そして激しく嘔吐した。頭の中と腹の中を子鬼が突き刺して回っているかのようであった。彼は意思の力を総動員して、気絶する事だけは辛うじて堪える。

 だが今の戦いで『気』の力を殆ど消耗してしまった。少なくともこの場ではもう仙獣の1体すら召喚できないだろう。

(いや……)

 正確にはまだもう1体、仙獣が召喚されたままになっている。ビアンカに張り付いている小さなカメレオン……虹鱗だ。リキョウは自らの仙獣と感覚をリンクさせる。

(……! 見つけた……!)

 どうやらまだビアンカに張り付いていてくれたらしい。下仙との戦いでは一時的に離れていたようだが、その後すぐに彼女の元に戻っていたようだ。お陰で彼女の居場所が分かった。その感覚に従ってこの『迷宮』を進めば、遠からずビアンカの元に辿り着けるはずだ。


「待っていてください、ミス・ビアンカ。すぐにそちらに伺いますので」

 リキョウは黄の死体を踏み越えて、激しい酸欠状態のような眩暈や痺れを強引に押し殺して、重い足を引きずりながら『迷宮』をゴールに向かって着実に進んでいった……

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