Episode12:上仙の力

文字数 4,582文字

「貴様、やはり神仙であったか! だが女を守る為に自らの仙獣を手放すとは馬鹿な男だ!」

 麟諷を出現させたもののすぐにビアンカの護衛に回したリキョウを見て、李が嗤う。そして自分のボディーガード代わりに連れていた下仙を嗾けてくる。また伏兵で現れた連中も一部がこちらに向かってきた。

「ふっ!!」 

 だがリキョウは驚異的な体術と『気』の力を発揮すると、襲い来る下仙達を寄せ付けずに次々と返り討ちにしていく。このまま彼が圧倒するかと思われたが……

「……っ!」

 彼の頭上を大きな影が覆った。リキョウが本能的に大きく跳び退るのとほぼ同時に、彼がいた空間を巨大な()が薙ぎ払った。


「ほう、やるな! 下仙どもでは相手にならんとは! だが私の仙獣(・・)である『羅号(らごう)』に勝てるかな!?」


 哄笑する李の横には、一頭の巨大な(ヒグマ)がいた。しかしまるで血に汚れたような赤黒い斑色の体毛に覆われており、その手の爪も普通の熊より長く凶悪そうな形状をしている。

 上仙ではないが仙獣を使役する能力はある。李志勇は中仙(・・)であったようだ。中仙は『紅孩児』において中核を為す存在だ。


 斑熊――羅号が恐ろしい咆哮を上げながら突進してきた。凄まじい速度だ。そして当然速度だけでなく……

「……!」

 振り下ろしてきた腕を躱す。羅号の爪撃はそのまま地面に衝突し、轟音と共に土砂が飛び散った。地面が大きく抉れて陥没していた。アレをまともに喰らったらリキョウと言えども只では済まないだろう。

「把ッ!!」

 守勢に回るのは不利と見たリキョウは素早く反撃に転じ、羅号に気を乗せた蹴りを叩き込む。だが熊は僅かに怯んだもののすぐに体勢を立て直して爪を薙ぎ払ってくる。

 リキョウの一撃をまともに受けても殆どダメージがないとは耐久力も相当なものだ。他に特殊な能力は無いようだが、その分フィジカルに優れた仙獣のようだ。

 であるならば本体(・・)の方を狙えばいい。リキョウは羅号の攻撃を避けるとそのまま動きを止めずに李に肉薄する。


「ふは! やはりそう来るか!」

「……!」

 だが李はリキョウの鋭い貫手をいなし、それどころか自身も気を上乗せした武術で反撃してきた。中仙は仙獣を扱えるだけあって、気を操る力も下仙とは比べ物にならない。リキョウといえども正面からの戦いでそう簡単に圧倒出来る相手ではない。それに加えて……

「っ!」

 背後に迫る息遣いと巨大な質量。危険な距離まで迫ってきた羅号が剛腕を振り下ろしてくる。リキョウはそれを危うい所で回避するが、そこに李が追撃してくる。そして李に対処していると再び羅号が死角から襲ってくる。

 仙獣との連携攻撃。どうやらこれが李の中仙としての戦闘スタイルであったようだ。リキョウも仙獣を使えばこの穴は埋められるだろうが、生憎麟諷は現在ビアンカの護衛で手が離せない状況だ。


「ふはは! 何なら仙獣を呼び戻すか!? その代わりに女が死ぬがな!」

 リキョウのジレンマを見抜いた李が哄笑し、更に攻勢を強めてくる。ビアンカの護衛に仙獣を割いている状態のリキョウに勝ち目はない。そう思うのが普通(・・)だ。だが……

「……ふぅ、あなた如きに同時召喚(・・・・)を使わざるを得ないのは癪ですが……背に腹は代えられませんね」

「何だと……?」

 瞠目する李に構わずリキョウは……青い大蛇『冥蛇(めいだ)』を召喚した。勿論ビアンカと共に戦っている麟諷はそのまま健在だ。 


「せ、仙獣を2体、だと……? ま、まさか貴様は……上仙!?」

「ようやく気付きましたか。さあ、降伏して情報を吐くなら命だけは助けて差し上げますよ?」

 恐れ戦く李に、リキョウは冷たく笑って威圧する。


「ぬぅぅ……ほざけ! 例え上仙であろうと、女に仙獣を1体割いている状態に違いはあるまい! ならば条件は互角だ。今の内に潰してやるっ!」


 目を吊り上げた李が、麟諷が下仙達を全滅させる前にと再び襲い掛かってくる。勿論それに合わせて羅号も咆哮を上げて突進してくる。

「同時召喚は気の消耗も早い。早期決着はこちらとしてもありがたい所ですね……!」

 リキョウが手を前に掲げると、それに合わせて冥蛇が大きく口を開けて牙を剥いた。すると蛇の口から紫色をした霧状の液体が放射状に噴き付けられた。その噴霧は突進して来ていた李と羅号を避ける間もなく包み込んだ。

「っ! ぬが……!? こ、これは……毒霧!?」

「確かに条件は互角ですが……戦いには相性(・・)というものが存在するのですよ」

 冥蛇の力、とくに広範囲に毒霧を散布する能力はフィジカルが高いだけの羅号には防ぎようがない。李自身が警戒して距離を取っていれば別だったかも知れないが、奴も焦って短期決着を付けようとした事が命取りになった。

 致命の猛毒は李にそれ以上の抵抗を許さずその命を奪い去った。主人の死によって巨熊も一声吼えるとただの『気』の塊に戻り、消滅していった。


「ふぅ……。情報は聞き出せませんでしたが、どのみち『紅孩児』のそれも中仙であった以上、口を割る事は無かったでしょうね」

 即座に冥蛇の召喚を解除しつつリキョウは嘆息した。『紅孩児』は骨の髄まで周国星主席によって教育統制されている。決して降参する事は無く、捕らえられた場合は自ら死を選ぶだろう。


 ビアンカ達の方も麟諷が暴れ回り、ビアンカ自身も下仙相手によく戦っていた。そこに自分達のボスである李の敗死が下仙達に追い打ちをかけた。リキョウも加勢した事によって程なくして下仙達も殲滅する事が出来た。


「思ったより手間取ってしまいました。お怪我はありませんか、ミス・ビアンカ?」

「え、ええ、何とかね。麟諷のお陰よ。ありがとう、リキョウ。でも……情報が得られなかったのは残念ね」

 戦闘が終わった事でホッと一息ついたビアンカも李の死体を見やって嘆息した。一体誰が彼等に自分達の事を教えたのか。その『協力者』とやら、そして李の裏にいた中国側の『黒幕』……。解らない事だらけだ。

「まあとりあえずはこの自治区への『供給ルート』を断てただけで良しとすべきでしょうか。無論時間を掛ければ新たな『元締め』が送り込まれてきてしまうでしょうが」

 リキョウの言葉にビアンカも頷く。確かにこの自治区への輸入(・・)を統括していた李が死んだ事によって、自治区の物資供給には混乱が生じるだろう。それはこの自治区の寿命(・・)を縮めるかもしれない。

「そう、ね。まずはこの自治区の解体を優先するしかないわね」

 後はアダムやサディークの方の成果に期待するしかない。リキョウは引き続きこの東区を監視して、その『協力者』や中国統一党に繋がる手掛かりを探る事となった。



*****



 倉庫跡から(レン)麗孝(リキョウ)と、彼が保護しているらしい白人の女が立ち去っていく。その光景を、仁に察知されない程度の距離から注視していた2人の人物(・・・・・)がいた。

「奴は……仁麗孝か。まさかこんな所で奴の顔を再び見ようとは……。アトランタで(ファン)を殺したのも恐らく奴の仕業か」

 そのうちの1人、中国の国家安全部第九局の局長(・・)である(ハン)俊龍(ジュンロン)は、二年以上前のあの亡命劇(・・・)でまみえたのを最後に久方ぶりに見るその男の姿に目を細めた。

「どうです、韓の旦那? 俺の言った通りだったでしょう? ま、(リー)の旦那はちょっと残念な事になっちまいましたが……これで俺の事もちょっとは信用して頂けますかね?」

 そんな俊龍に対してやや(へつら)った態度で話しかけるのはラテン系の容姿をした男、ペドロ・アルバレスであった。

 俊龍は不快気に顔を歪めた。

「ふん、李の替わりなどいくらでもいる。確かに貴様の情報通りであったが、肝心のその『凄腕の中国人』とやらがあの仁だというのは今ここで初めて知ったぞ?」

 俊龍の睨むような視線にペドロは両手を上げて降参の意を示すポーズを取る。

「勘弁して下さいよ、旦那。いくら何でもあの御仁の素性まではこの短期間で分かりっこありませんって。でもあの御仁はともかく……もう1人の白人女に関しては知ってますよ?」

「あの女か。あの仁が自分の仙獣を割いてまで守らせるとは……。一体何者だ?」

 俊龍の知る限り仁麗孝という男は、身を挺して女を守るようなタイプではない。女好きを公言して憚らない男ではあったが、それは愛というよりはお気に入りの玩具(おもちゃ)に対するような『好き』であった。

 それが自分の仙獣を護衛に当てて、結果として自分が李に対して不利になっていたというのに仙獣を呼び戻そうとしなかった。中国にいた頃の仁からすると考えられない行動であった。

(いや……)

 唯一、仁が敬愛していた(シー)正威(ジンウェイ)に対してだけは同じような行動を取ったかも知れない。となるとあの白人女性は、仁にとって正威にも劣らない存在という事になる。

(興味深いな……)

 もしかするとこれはかなり重要な情報かも知れない。そう思った俊龍はペドロに白人女性の素性を確認する。

「今は亡き黄の旦那から聞いてませんかね? カバールの悪魔達が血眼になって欲しがってる『天使の心臓』の話を」

「……確か無限の霊力を貯蔵していて、悪魔にとっては唯一無二のご馳走だとかいうアレか? ……まさか?」

 俊龍が目を瞠るとペドロは我が意を得たりと頷いた。


「お察しの通りで。あの女性――ビアンカこそがその『天使の心臓』の持ち主なんでさ。おまけに彼女は現アメリカ大統領ダイアン・ウォーカーと現ローマ教皇マクシミリアン4世の実の娘(・・・)。まあ『表の世界』も『裏の世界』も揺るがす超VIPですよ」


「……っ!! あの女が……『ファーストレディ』だと!?」

 今度こそ俊龍は本物の驚愕に目を剥いた。『ファーストレディ』の噂は勿論中国の国家安全部でも確認していた。だがその詳細までは確かめられていなかったのだ。

「……なるほど。それならあの仁があそこまで真剣に守るのも頷ける。これは使える(・・・)かも知れんな」

 とはいえ迂闊に外交カードに利用するには破壊力がありすぎる爆弾(・・)だ。下手な事をしてカバールを敵に回すのも問題がある。俊龍はとりあえずこの件は周主席の判断を仰いだ方が良いと考えた。この件は自分だけの手には余る。


「……仁の奴がここにいるという事は、大統領府がこの自治区問題に本気で対処し始めたという事。ならばどのみちここもそう長くはあるまい。私はここでの任務を中断し、一度本国へ帰投する」

「ええ!? そんな……それじゃわざわざこの情報を旦那に伝えた俺の働きはどうなるんで?」

 ペドロが哀れっぽい声で問いかけると俊龍は鼻を鳴らして、高価な宝石が詰まった袋を投げ渡した。

「そら、お前らのような人種にはこういう物の方がいいだろう。それとお前から得た情報だというのは周主席に伝えてやる。それで満足しろ」

「へへ……そういう事なら、今後ともご贔屓に」

 ペドロは一転して上機嫌に卑屈な笑みを浮かべて宝石袋を受け取った。だが俊龍がその場から立ち去ると、その表情を一変させて歯をむき出しにして嘲笑うような顔になる。


「はっ! 黄色猿のチンパンジーどもが。ちょっと金と力を持っただけの成金の分際で超大国気取りかい。滑稽な連中だねぇ。ま、その肥大した自尊心は精々利用させてもらいますがね」

 悪意を持って呟くとペドロはその場に蹲った。するとその姿が見る見る変化(・・)していき、数瞬後にはそこに一匹の野良猫が出現していた。猫は何かを探るように耳を動かし鼻をひくつかせると、自身も素早くその場から走り去っていった……
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