Episode9:『視察』

文字数 3,335文字

 とりあえずビアンカとユリシーズの2人で州庁舎に入り知事のオフィスまで赴く。リキョウは外でどこか目立たない場所に隠れていてもらう。その代わりに透明化してビアンカの肩に乗った虹鱗が彼の『目』となる。

 彼等は堂々と知事のオフィスに乗り込んでいく。実は事前にアポイント(・・・・・)済みなのである。今彼等は大統領府のエージェントを名乗って、ウォーカー大統領の指示の下、国民党の知事や市長ら地方政治家に対する定期視察(・・)に訪れているという名目であった。

 これはダイアンが大統領に就任した際に、各州との連携を強化するという目的で実際に掲げられていた施策の1つでもあった。勿論可能な限りは大統領本人や副大統領などが赴くのだが、やはり多忙でスケジュール通りに回れない事もある為、その場合は代理としてエージェントを派遣することになっていた。

 なので実際にホワイトハウスから派遣(・・)されているビアンカ達は、堂々とアポイントを取って知事のオフィスを訪問できるという訳だ。勿論身分証や委任状の類いは事前に補佐官のレイナーが手配済みであった。


「やあ、よく来てくれたね。シンプソンだ。ウォーカー大統領が来れなかったのはとても残念(・・・・・)だが、私達はいつでも彼女を歓迎すると伝えてくれたまえ」

 すんなりとこの州のトップであるシンプソン知事と面会できたビアンカ達は彼と握手を交わす。ビアンカも今までは特に政治に興味が無かった為、他州の知事の顔や名前までは憶えておらず、今日その顔を初めて見た。

 まだ50にはなっていないと思われる、意外と若い知事だ。しかし何となく神経質そうな印象を受けた。先程の挨拶でダイアンの事に触れていたが、その時微妙に顔が引き攣っていたように見えた。

 ビアンカにもそれが解ったくらいなのでユリシーズも当然気付いた事だろう。


「ああ、宜しく、シンプソン知事。俺はアシュクロフト調査官、こっちはカッサーニだ。生憎大統領は都合が付かなかったので、今日は本当にただあんた達が支障なく業務を行えているかの確認だけだ。邪魔はしないし勝手に見させてもらうから構わず仕事を続けてくれ」

「あ、ああ、勿論だ。しかし……本当に君達が大統領府のエージェントなのかい? いや、勿論先程委任状は見せてもらったし疑う訳じゃないんだが、その……」

 シンプソンの視線は主にビアンカに向いていた。恐らく彼女があまりにも若いので信じられないのだろう。まあ彼がそう思う気持ちも解るので、ビアンカは特に不快に思う事も無くにっこりと微笑んだ。

新人(・・)で今日が初仕事なんです。まだ研修中の身なので本日は勉強させて頂きます」

「あ、ああ、そうか、研修中ね。なるほど……。そういう事なら納得だ。変に疑うような事を聞いて悪かったね。今日はしっかり勉強していくといい」

「はい、ありがとうございます、シンプソン知事」

 ビアンカも微笑んだまま知事と握手を交わす。とりあえずこれで舞台は整える事ができた。知事以外の所に赴く時もこれで行けるだろう。


 知事の許可を得たビアンカ達は遠慮なくオフィスを見渡していく。州庁舎の上層階にあるかなり広くて見晴らしの良いオフィスだ。パッと見るだけでも20人近くのスタッフが働いている。女性の姿もある。

「……!」

 そんなスタッフの中に1人、アジア系の人物がいた。いや、他にもアジア系と思しきスタッフはいたが、その人物は明らかに他のスタッフとは雰囲気が異なっていた。それで目を引いたのだ。

 何というか……立ち振る舞いに『隙』が無いのだ。無意識の挙動なのかも知れないが、ビアンカ自身も武術をやっているから何となく解った。あの人物が玄人(・・)であると。

 ユリシーズと目を合わせると、当然彼も気付いていたらしく頷いた。

「知事、あそこにいる東洋人の男性は? 前回の視察の資料には彼のような人物の情報は無かったと記憶しているが?」 

 ユリシーズがシンプソンに確認すると、彼は少し表情を強張らせた。


「え? あ、ああ……彼か。彼は(ワン)と言って、私の事務所の新しい補佐官なんだよ。とても優秀で重宝しているよ」


「ワン? 中国人か? 中国系アメリカ人ではなく?」

「ああ、そうだよ。……それが何か問題かね?」

「……いや、特に問題はないさ」

 警戒するような聞き方のシンプソンに、ユリシーズは肩を竦めてかぶりを振る。そしてビアンカに目線で合図する。彼女は頷いて、自分の肩に乗っている虹鱗があの中国人……王を見やすい位置にさり気なく移動する。

 王の方は何も気づいていないようだ。透明化してビアンカの肩に乗っている虹鱗の存在にも気付いた様子はない。ただ生来なのか鋭い目付きで彼女やユリシーズの方を何度か見やる事はあった。


 その後も視察(・・)を続けたが、当然というか王が何か怪しい動きをする事も無く、補佐官としての仕事を全うしていた。ビアンカ達も今ここで何か解るような事は期待していない。解るのは戻ってリキョウと合流してからだ。

 怪しまれない程度の時間が経った後、ユリシーズが再び合図してきた。もうここでの用事は終わったという合図だ。

「よし、そろそろ時間だな。今日はありがとう、シンプソン知事。あなた達の仕事ぶりはよく解ったよ。大統領にもしっかり伝えておくので安心してくれ。邪魔して悪かったな」

 ユリシーズがそう言うと、シンプソンはあからさまにホッとした様子で立ち上がって彼と握手を交わす。

「いや、とんでもない。こちらこそ大した出迎えも出来ずに済まなかった。くれぐれも大統領には宜しく伝えてくれたまえ。ミズ・カッサーニも」

「ええ、今日はとても勉強になりました。ありがとうございました、シンプソン知事」

 ビアンカも笑顔でシンプソンと握手を交わした。そして知事のオフィスを後にする2人。エレベーターの中で早速ユリシーズが顔を寄せてきた。


「どう思う? あの王って奴」

「私が見た限りでは()ね。でも確証はないから、やっぱりリキョウに確認しなきゃ」

「だな」

 彼もビアンカと同じ結論であったようだ。そしてそのまま1階に降りて州庁舎を出ると、近くにある公園に向かう。そこにリキョウが待っているはずだ。


 公園に行くと果たしてリキョウはベンチの1つに優雅に腰掛けており、ビアンカ達が近付いてくるのを認めて手を挙げた。

「ご苦労様でした、ミス・ビアンカ。とても良い働きでしたよ。お陰で知りたい事は大体解りました」

「そうなの? それは良かったわ」

 結構気を張っていたので、成果なしとか言われたらがっくり来てしまう所だった。


「ええ。虹鱗の目を通して見させて頂きましたが、あの王という男……確かに神仙でした。それも恐らくは中仙(・・)です」


「……!」

 中仙はいても数百人程度という、神仙部隊『紅孩児』の中核を為す存在だ。下仙とは違って仙獣を1匹は従えているという。

「無論この州のトップである州知事の目付役(・・・)ともなれば重要な役割ですから、中仙が配属されていても不思議はないのですが……。ふむ、これはもしかすると我々が思っているよりも規模が大きい作戦なのかも知れません」

「規模が大きい? つまりどういう事?」

「重要度が高い、と言い換えても良いですが。まあまだ知事のオフィスを確認しただけなので州務長官や司法長官、郡政委員達の所も確認してみないと何とも言えませんが……こうした直接工作に中仙が従事しているとなると、この作戦そのものを統括する司令官(・・・)として、いずれかの上仙(・・)が送り込まれている可能性もあるという事です。相手に上仙もいるとなるとかなり厄介です」

「……!」

 自信家らしいリキョウがこう言うからには上仙は本当に厄介な敵なのだろう。或いはカバールの構成員に匹敵するのかも知れない。


「まあ今の内からあれこれ言っても仕方ないだろ。まずはお前が言ってた通り、他の連中の所も確認してみようぜ。他は雑魚の下仙ばっかりかも知れねぇだろ?」

 ユリシーズの言うようにまずは敵の陣容を確認しないと何も始まらない。リキョウも珍しくユリシーズに同意するように頷いた。

「ええ、その通りですね。回る箇所が多いので数日ほど掛かると思いますが準備は宜しいですか?」

 そしてビアンカ達はその後数日かけて、アトランタとその近郊の政治家達のオフィス行脚を行う事となった。
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