Episode6:自由党の内実

文字数 3,798文字

 ニューヨーク都市圏には国際的な空の玄関口が複数存在している。そのうちの1つ、クィーンズ地区にあるジョン・F・ケネディ国際空港。アメリカ国内だけでなく世界中から毎日膨大な数の航空機が離着陸する、世界でも最大規模の空港である。

 その殆どが各種航空会社の所有する旅客機や貨物機の発着場となっているが、巨大空港の常として各種プライベートジェットの専用発着場も備わっていた。今回『エアフォース・ワン』はそのプライベート用の発着場に着陸していた。

 当然大統領専用機が着陸するに当たって航空管制が敷かれたが、その影響も最小限で済ますことが出来た。

 このあとダイアンは送迎の車に乗り込んで国連本部に向かう事になる。その警護にはアダムが付く。リキョウとイリヤは別口でニューヨーク州検事局に向かってカリーナと面会する予定だ。

 ビアンカ達に関しては特に予定が決まっておらず自由行動(・・・・)が許可されていた。しかしダイアンから、この街に住んでいる影響力と社会的地位の高い男性……つまりカバールの悪魔の容疑者候補(・・・・・)と目されている人物は何人かピックアップされていたので、まずはそれらの人物を洗っていく事になるだろうか。


「さて、ここからはしばらく別行動ね。まあユリシーズ達も付いてるから問題ないでしょうが……余計なヘマをして彼等の足を引っ張ったりしないようにね」

 発着場の滑走路上。既に大統領送迎用の車両がスタンバイしており、その前で振り返ったダイアンがビアンカに対して激励なのか何なのかよく解らない言葉を掛ける。それを受けてビアンカもニッコリと微笑んだ。

「ええ、勿論解っています。ご心配ありがとうございます。大統領こそ他の事に気を取られて目の前の仕事を疎かにしないようお気を付け下さい」

 同じように皮肉で返す。既に余人の目があるので『お母様』とは呼ばない。ダイアンがピクッと眉を吊り上げた。

「ふん……それこそ言われるまでもないわ。じゃあ……また会いましょう(・・・・・・・・)

「……! ええ、また」

 ビアンカは少し意外な思いで目を見開いた。しかしその時にはダイアンは既に車に乗り込んでしまっていた。アダムが苦笑した。

「まあ今はあれが精一杯だろう。……ではな、ビアンカ。大統領の身は俺が必ず守るから安心してくれ」

「アダム……ありがとう。宜しく頼むわね。あなたも気を付けて」

 彼ともしばらく別行動になる。既にリキョウとイリヤは検事局に向けて発っており、激励の言葉は掛けてあった。

「ああ、君もな」

 アダムは頷いて、ダイアンの乗る車に一緒に乗り込んだ。そしてビアンカ達が見送る前でダイアンの乗った車が走り出し、空港から抜けて摩天楼のある方角へと消えていった。ビアンカは車が視界から消えた後もしばらくその方角を見つめていた。


「……ほら、俺達もいくぞ」

 ユリシーズがやや気遣ったような静かな口調で促してくる。その後ろにはサディークもいる。彼は殊更明るい口調で呟く。

「あー、折角ニューヨークくんだりまで来たんだ。とりあえず何か美味いモンでも食いに行こうぜ。俺はあの屋台ってやつが気になってるんだよ。マンハッタンには沢山あるらしいじゃねぇか。おっと、ただし豚肉が入ったモンは食えねぇがな」

「お前な……観光に来た訳じゃないんだぞ」

「腹が減ってちゃ仕事も戦いもままならねぇだろ。仕事の前の腹ごしらえって事なら文句ねぇだろ? なぁ、ビアンカ?」

 眉を顰めて苦言を呈するユリシーズに構わずビアンカに水を向けてくる。ビアンカも何となくサディークの意図を察して、気持ちを切り替えると小さく笑った。

「ふふ、そうね。どっちみち明確な予定がある訳じゃないし……じゃあ少し遅めのランチと行きましょうか」

「お、いいねぇ! そう来なくちゃ!」

「ふぅ……ま、仕方ないか」

 ユリシーズも消極的に同意してくれる。彼等の中には互いに『こいつさえいなけりゃ……』という思いが明白にあったが、それを表に出すとまたビアンカが不機嫌になるので表面上は気にしていない風を装う。

 そんなちぐはぐな3人は、とりあえず今後の方針の話し合いも兼ねて昼食を摂れる場所を探して空港を後にするのだった。 


*****


「大統領、今更な話ですが……最高裁判事の承認には大統領の指名だけでなく、連邦上院での過半数(・・・)の承認が必要だったはず。カバールが支配する自由党が果たしてカリーナ女史を承認するのでしょうか?」

 ニューヨークの街中を通って国連本部へ向かう車両の中。ダイアンの警護として同乗しているアダムが、自身の内部機構(・・・・)を作動させて周囲への万全の警戒を期しながら、ダイアンに対して気になっていた事を聞く。彼の内部機構は半自律で作動させる事が出来るので、このように監視警戒と会話を並行して同時に行う事が出来るのだ。

 あまりビアンカの事を話題にしない方が良いという判断もあって、敢えて仕事(・・)の話を振ったという側面もある。ダイアンが苦笑するように口の端を歪めた。

「本当に今更ね。私は勝算(・・)が無ければ最初から動かないし、上院で却下できる確信があるならカバールの連中も焦ってこの指名を妨害しようとはしないでしょ?」

「それは……」

 そう言われれば確かにその通りだ。つまりダイアンはカリーナを上院で承認させる自信があるという事だ。

「私がこの指名に勝算があると判断したのは、あなた達のお陰でもあるのよ?」

「我々の?」


「シアトルでガープという悪魔を斃したでしょう? 奴の人間としての立場(・・・・・・・・)は何だった?」


「……!!」

 アダムは目を見開いた。ガープは人間としてはイーモン・オルブライトという自由党の上院議員(・・・・)であった。

 上院は過半数を自由党が取っていると言ってもその差は僅差である。そこにイーモンの事故死(・・・)によって自由党の議席が一つ減った。無論まだ後任の議員が決まっていないのでこの先どうなるかは不明だが、少なくとも現在は自由党と国民党の議席数の差はほぼ無いに等しい状態だ。

「しかしそれでも副大統領を含めてようやく同数です。過半数を取るにはどうしても自由党からの造反(・・)が必要になりますが」


「私がそれを解っていないと思う? 勿論既に根回しは済んでいるわ。自由党の……女性議員(・・・・)達に対して、ね」


「……!」

 当然だが自由党の上院議員を全員カバールの構成員やその眷属……つまり男性(・・)で占める訳には行かない。100年前ならいざ知らず、現代のしかもこの先進国アメリカでそんな事は不可能だ。ましてや自由党はリベラルを標榜しているので尚更女性議員の比率にも気を遣わねばならないだろう。

 そういう背景もあり自由党の上院議員50名のうち、20名近くは女性議員で占められていた。そして悪魔はカバールの構成員たる上級悪魔は勿論、その眷属である中級悪魔なども全て男性しかなれないので、女性であるという時点で少なくとも悪魔ではないという保証は得られる訳だ。 

「彼女らは思想的にはリベラルで私とは相容れない部分が多いけど、少なくとも人間(・・)よ。彼女達の中には今のカバールが支配する党の現状に、内心で懸念や不満を抱いている者も多いわ。私はそれを見抜いて彼女らと会談し、説得して回っていたのよ。……ボルチモアのアディソン市長(・・・・・・・)にも協力してもらってね」

「……!? あのアディソン市長ですか?」

 アダムがビアンカと共に赴いた最初の任務で邂逅した自由党所属の女性市長だ。ダイアンが首肯した。

「そう、そのアビー・アディソン市長よ。あなた達とアマゼロトとの戦いで操られて人質に利用された彼女は、一早くカバールに対して距離を置くようになっていたからね。同じ自由党所属の政治家である彼女の実体験(・・・)に基づく言葉は、元々カバールに対して不審や不満を募らせていた女性議員達の心に楔を打ち込むには充分だったわ。全員とは行かないでしょうが、彼女達の何割かはカバールの影響力を削ぐ今回の指名、確実に承認に回るはずよ。これもまたあなた達のお陰と言えるかも知れないわね」


「……御見それしました」

 国民党の議員達も全員がダイアンに賛同する議員ばかりではないが、今回のカリーナの指名はカバールに対する為の措置である事は明らかなので、ほぼ全員が承認に回るのは間違いない。なるほど、そのような状況ではカバールが指名阻止に躍起になるのも頷けるというものだ。

 どうやら自分程度が懸念する必要は全く無かったらしい。そう自省したアダムは素直にダイアンの手腕を賞賛する。ダイアンは苦笑しつつ肩を竦めた。

「まあイーモンにしてもアビーにしても、元はと言えばあなた達のお陰だからね。あなた達と……あの子(・・・)の、ね」

「……!」

 ダイアンが自分からビアンカについて言及するのは珍しい。やはり内心では娘の努力や功績を認めてはいるのだろう。ただそれを素直に態度や言葉に出せないだけだ。アダム達からすればもどかしい限りだが、こればかりは第三者が口を出す訳にもいかない。


「……! ほら、そんな話をしているうちに着いたわ。さあ、向こうはあの子達に任せて私は私の仕事をしないとね」

 いつの間にか目的地である国連本部ビルの間近まで到着していたようだ。ダイアンが少しホッとしたように露骨に話題を変えた。だが彼女の言う通り、大統領としての表の仕事も疎かにして良い訳ではない。

 気になっていた懸念が払拭されたアダムもまた意識を切り替えて、公務に励む大統領の警護という任務に集中するのであった……
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