Episode6:『パトリオット・アームズ』

文字数 4,172文字

 ワシントンDC。その地下にある核シェルター、通称『リバーシブルハウス』。その中にある大規模多目的ルーム。その広い部屋の中央で向き合う2人の女性(・・・・・)の姿があった。

 1人はユリシーズの眷属であり、現在はダイアンのSPとして身辺警護を任されているヒスパニック系の女性……の姿をした中級悪魔であるラミラ。そしてラミラと向き合うようにして立つのはスラッとした長身の黒人女性ルイーザであった。

 そして少し離れた場所で、彼女らを見守るように仁王立ちしている巨体の黒人男性の姿もある。今回のヴァージン諸島の任務には同行していないアダムである。

 部屋にいるのは彼等3人だけだが、その部屋を見下ろすように2階部分(・・・・)の別の部屋から強化ガラス越しに彼らを見ている何人かの人間の姿があった。

 合衆国大統領たるダイアン、そして議会図書館館長のアルマン、そしてもう1人壮年の白人男性が横に並んでいた。ダイアンの腹心であり現在のアメリカ国防長官(・・・・)であるケヴィン・ブラックウェルだ。他にもSPが何人か後ろに控えていた。


「閣下……では、始めて宜しいですか?」

「ええ、いいわ」

 アルマンが確認を取るとダイアンが頷いた。それを受けてアルマンは、下の部屋にいるアダムに合図を送る。アダムは頷くと、ルイーザに向き直った。

「……許可が出た。これはあくまでテストだ。緊張せずにリラックスしろ。あそこで見ているギャラリーは案山子とでも思っておけばいい」

「案山子って……あなたね」

 仮にも軍人であるアダムが大統領や国防長官を案山子呼ばわりするのが可笑しくて、それまで緊張で張りつめていたルイーザは少し楽になった気がした。

「思う存分やってみろ。無いとは思うが万が一危険な状況になった時はすぐ救援に入る。だから安心しろ」

「アダム……ええ、そうね。ありがとう。思い切りやってみるわ」

 実際アダムがこの場にいるのはその為であったが、改めて言葉にされる事でより安心を得たルイーザは、折角なのでこの機会を存分に楽しむ事にした。


「いつでもいいわ。始めて頂戴」

 ラミラに向き直った彼女が宣言すると、ラミラは頷いて両手を掲げ何か呪文のような物を唱え始めた。すると彼女の前に不定形の泥の塊のようなものが3つほど出現した。その泥塊はブルブルと震えると形を変え始め、やがて子供が粘土でこねくり回したような不格好な人型を作った。大きさも成人男性くらいだ。

 ラミラがルイーザを指差して何かを指示すると、その3体の泥人形はルイーザに向かって『手』を伸ばし、這いずるような感じで向かってきた。かなり不気味な光景だ。

 だがアダムが近くで見守ってくれている事で恐怖心は起きなかった。ルイーザは両手首に着けているブレスレット(・・・・・・)のうち、左手首のブレスレットに付いている突起を押し込んだ。

 すると知らない者が見たら目を疑うような光景が展開した。ブレスレットが変形(・・)し、彼女の左手の甲を覆い尽くした。一見籠手(ガントレット)のように見えるそれだが、先端から細い筒状の器官が突き出していて、それはどう見ても銃口(・・)のようにしか見えなかった。

 ルイーザがその『銃口』を迫ってくる泥人形の一体に向ける。手の甲に纏わった『銃』に引き金は無い。ルイーザは……心の中で念じた(・・・)。すると彼女の意思に応えるかのように、『銃口』から一条の光線が発射された。

「……!!」
(で、出た……! 本当に出たわ!)

 発射したルイーザ自身が一番驚いていた。『銃口』から発射された光線は、アダムが左腕の光線銃から発射する粒子ビームと酷似していた。ただしアダムのそれと比べると光線の直径(・・)は大分小さい物ではあったが。

 ルイーザが撃ち込んだ細い粒子ビームは最寄りの泥人形の身体を容易く貫通した。泥人形がよろめくが再び体勢を立て直して迫ってくる。ルイーザはその泥人形に、更なる追撃として同じ粒子ビームを連続して撃ち込む。

 何発目かで泥人形が形を維持できずに崩れ落ちる。だが残りの2体はその間にもお構いなしに距離を詰めてくる。ルイーザは今度は右手首のブレスレット付いている突起を押した。

 するとそちらのブレスレットも変形して右手の甲に覆い被さる。こちらは銃ではなく、先端が尖ったブレード(・・・・)のような形状になる。やはりアダムの右腕のブレードを小型化、軽量化したような形状で、長さは30センチほどか。

 ルイーザはその右腕のブレードを迫ってきた泥人形に向けて一閃する。泥人形の『首』が一撃で綺麗に切断されて転がり落ちた。だが『首』を失っても泥人形は構わず殴りかかってくる。

 ルイーザはその『腕』を避けると、やはり連続してブレードで斬りつける。一撃ごとに泥人形は形を失い、やがて完全に崩れ落ちた。これで2体。あと1体は……


「伏せろ!」

「……!!」

 アダムの警告。ルイーザは本能的に身を屈めた。その上を背後から泥人形の『腕』が薙ぐ。最後の一体は彼女が他の二体と戦っている間に迂回して背後に回り込んでいたのだ。慌てて体勢を立て直そうとするルイーザだが、それよりも泥人形が追撃してくる方が早かった。

「あ……!」

 無理な体勢でそれを躱した為にバランスを崩して尻餅を付いてしまう。そこに泥人形が覆い被さってくる。回避が間に合わないと悟ったルイーザは思わず身を固くして……

 ――泥人形の『上半身』が一瞬で消失(・・)した。見るとアダムが左腕の光線銃を露出させていた。彼の本物(・・)の粒子ビームの威力だ。

 アダムが2階部分のダイアン達を見上げる。ダイアンが頷いて手を挙げた。

『よし、そこまで! ご苦労様、ルイーザ』

 スピーカーからアルマンの声が響き、新たな泥人形を作り出そうとしていたラミラがその動きを止めた。



「ルイーザ、大丈夫か!」

「アダム……え、ええ、ありがとう。お陰で助かったわ。でも……かっこ悪い所見せちゃったわ。これじゃテストは失格ね」

 アダムが差し伸べた手を取って立ち上がったルイーザは顔を赤らめながらも、自嘲気味に呟く。既に彼女の両手の武器は元のブレスレットに戻っていた。アダムはかぶりを振った。

「いや、テストの目的はあくまで、その試作機(・・・)『パトリオット・アームズ』の性能検証だからな。君は充分役目を果たしてくれたよ。武器が君の意思(・・・・)に反応して敵を攻撃した。それ自体が重要な結果だからな。実際の攻撃力に関しても実証してくれた」

 ルイーザが両手首に装着しているブレスレット。これは今現在アメリカ軍と政府(大統領府)が共同開発している個人用携帯兵器(・・)の試作機であり、ルイーザがそのモデルケースに志願して採用されていた。

 彼女がモデルケースとなる事を許可された理由は多岐に渡るが、何より素材の提供元(・・・・・・)であるアダムが推薦に回ってくれた事が大きい。後は大統領であるダイアンの意向も勿論関係している。


「アダムの言う通りよ。テスト結果は上々だわ。そうよね、ケヴィン?」

 そのダイアンがアルマンや国防長官を引き連れて降りてきた。水を向けられた国防長官……ブラックウェルが何度も頷いた。

「そうですな。普段はブレスレットなど別の物に擬態(・・)させて携行でき、本人の意思でいつでも武器として展開可能で、破壊力殺傷力ともに充分で、なおかつ使用者と精神をリンク(・・・・・・)させてその本人にしか使えないようになっているので、敵に鹵獲される心配もない。まさに究極の汎用型個人携帯兵器です。素晴らしい成果ですよ。流石はローマ教皇庁(・・・・・・)。あなた方に協力を依頼(・・・・・)した甲斐がありました」

 それがルイーザの装備している『パトリオット・アームズ』の概要であった。この試作機はアダムの研究データや、彼から採取したサンプル(・・・・)などを元に生み出された物だ。

 軍の極秘研究によって作られたアダムだが、莫大な予算と人員、そして時間を投入しながら、最終的な成功例は彼一人であった。彼自身は極めて強力なサイボーグだが、兵士としても兵器(・・)としても運用性やコストパフォーマンスが悪すぎる。

 アメリカ軍の目的としては1人の超人を作り出す事ではなく、運用性汎用性の高い強力な兵士を量産(・・)する事にあった。言ってみればアメリカ軍や政府の本命(・・)はルイーザの持つ『パトリオット・アームズ』の方であり、アダムはあくまでその前段階(・・・)の『実験体』に過ぎないとさえ言えたかも知れない。

 アダムが造られる切っ掛けとなった『アンドロメダ計画』では、特に国家に対する忠誠心が高いプロフェッショナルの兵士が被験体として抜擢されていた。それは機密保持や暴走抑止のためだけでなく、そうした己の境遇に不満を抱かないようにという思惑もあった。


「そう言って頂けると……。でもその『精神のリンク』というのが中々の曲者でして、今の所成功例はこのルイーザの試作機だけなんですよね。でもそれがないとこの『パトリオット・アームズ』は武器として使えないので、量産化はもう少し時間が掛かるかもしれませんが……」

 手放しの絶賛にアルマンは少し恐縮したように頭を下げて、しかし希望的観測は述べずに事実を伝える。

「勿論よ、アルマン。無理に急いで中途半端な物を作っても意味がないわ。万全を期して頂戴。ルイーザでもう少し研究データを蓄積した『完成品』が出来たら、順次まずはデルタフォースなどの特殊部隊や、大統領護衛官(シークレットサービス)達を対象に使用者の幅を広げていく予定なので、そのつもりでお願いね」

「解りました。ありがとうございます、閣下」

 ダイアンの言葉にアルマンは恭しく一礼する。国のトップによる意思決定が行われている横で、ルイーザはアダムとこの『パトリオット・アームズ』の手応え(・・・)について話していた。


「でもこれ凄いわ、アダム! 私でもあんな戦闘力を……。これって私だけにしか使えない専用機(・・・)なのよね?」

「ああ、今の所はな。いや、例え量産に成功した後でも、それ(・・)はずっと君専用だ。他の人間には使えない」

「他の人間にも……。それってビアンカ(・・・・)にも?」

 ルイーザが少し意味深なニュアンスで問い掛けると、アダムが若干だが片眉を上げた。

「ああ、勿論……ビアンカにもだ」

「……! ふふ、そうなのね。つまりあなた(・・・)がくれた私だけへの『プレゼント』という事よね。大切にするわ、うふふ!」

 ルイーザは上機嫌に笑うと、休憩用のラウンジの方に走っていってしまった。アダムはその背中を見送りながら何とも言えない複雑な感情を自覚して嘆息するのだった…… 
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