Episode19:暗躍の道化

文字数 3,857文字

「ふぅ…………ありがとう。ちょっと意外だったわ」

「気にしないで。こんな化け物達に利用されていた自分の馬鹿さ加減のせめてもの罪滅ぼしよ」

 ビアンカが礼を言うとルイーザは肩を竦めた。勿論それもあるがビアンカが意外と言ったのは、ルイーザが悪魔に対して臆することなく攻撃を仕掛けたという点にもあった。以前には暴漢相手にも立ち回ったというし、もしかしたら護身術か何かやっているのかも知れない。

 彼女らがウェパール1体を倒す間に、アダムはこの場に踏み込んできた悪魔達の殆どを殲滅していた。残るはダニーだけだ。


「さて、貴様がオルブライトと繋がっていた事は証明された。一度だけ忠告するぞ。大人しく投降してオルブライトが悪魔である事を証言しろ。そうすれば政府の監視付きという条件で命だけは助けてやる」

「お願い、叔父さん。こんな事はもうやめて」

 アダムの警告にルイーザも懇願するような口調で投降を促す。だが……

「無理だ! それが出来るならもうとっくにやっている! 全部手遅れなんだよ! 俺達は……俺は悪魔と契約してしまったんだ! もう後戻りなんて出来ないんだよ!!」

 ダニーが悲痛な表情で叫んだ。そして……彼の身体が変化(・・)を始めた。彼の人間としての輪郭が崩れ、不定形の肉の塊のような姿になる。その肉塊から手足の代わりに何本もののたうつ触手が飛び出した。そして肉塊の中央に巨大な臼のような口が出現する。

「お、叔父さん……何て姿に……」

「……中級悪魔アラボラスか。2人共下がっていろ」

 肉親の変わり果てた姿にショックを受けるルイーザを庇うようにアダムが前に進み出る。ビアンカは無言で頷いてルイーザの手を引っ張って後方へ下がる。中級悪魔クラスになると自分の手には負えないという自覚はあった。


『ゴァァァァァァァッ!!!』

 最早理性さえ失くしたのか、ダニー……アラボラスはその巨大な口から奇怪な咆哮を上げると、何本もの触手を一斉にアダムに叩きつけてくる。まるで鞭のように撓り先端が見えない程の速度で振るわれる触手の束。

 勿論人間が喰らったら一瞬で挽肉だ。そもそも躱す事さえ不可能だ。だがアダムは驚異的な身体能力と反射で触手の鞭を全て回避する。そして反撃に右腕のブレードを振るうと触手が容易く斬り落とされた。

「……!」

 だが触手は斬り落とされた傍からブルブルと震えると、物凄い勢いで肉が盛り上がって再生(・・)してしまった。そのまま何事も無かったように再び攻撃してくる。

「ち……キリが無いな。ならば本体(・・)ならどうだ?」

 アダムは触手の嵐を掻い潜りながら巨大な肉塊に光線銃を向ける。そこから発射された粒子ビームが肉塊を貫通して銃創を穿った。だが……その銃創も肉が盛り上がってきて一瞬で塞いでしまう。本体の方にも再生能力があるらしい。

「そんな……これじゃどうやって倒したら……!?」

 ビアンカが呻く。かつてのボルチモアでの戦いでも解るように、アダムは物理攻撃が効かない相手には相性が悪い。だが彼の顔に焦りの色はなかった。

「再生はしても、別に液体という訳ではない。ならばやりようはある」

 アダムはそう呟くと触手を躱しながら敢えて自分から肉塊に向かって突進する。すると肉塊がその大口を開けて溶解液のようなものを吐き出してきた。アダムは素早く横に跳んでそれを躱す。

 そして横に跳びながらも左腕の光線銃を、アラボラスの開いた口に向ける。粒子ビームがその口の中に吸い込まれた。

『ゴボァッ!? ギャアアァァァァァッ!!』

 聞くに堪えないような絶叫を上げてアラボラスがのたうち回る。あの口の中が弱点であったようだ。それまでアダムを正確に追尾していた触手群の動きが乱れて滅茶苦茶に振り回される。アダムにとっては大きな隙だ。

 その隙を逃さず彼の胸部に孔が開き、そこから大砲の銃口ような機関が展開した。

殲滅砲弾(デストロイ・ランチャー)、発射」

 胸部の大砲からバスケットボールくらいの大きさの光弾が発射される。光弾は下方向に放物線を描きながら飛び、アラボラスに直撃した。

『――――ッ!!!』

 ナパーム弾を遥かに上回る威力の砲撃をまともに喰らったアラボラスは、叫ぶ暇もなくその醜い身体を爆散させた。血や体液、肉片などが盛大に飛び散る。しかしそれらの残骸(・・)もしばらくすると空気に溶け込むようにして消滅していった。

 事件の発端となったキース・フロイトの弟にしてルイーザの叔父でもあった哀れな男の最後であった。


「叔父さん……」

 その最後を見届けてルイーザは一筋だけ涙を零した。

「終わったな……。2人共怪我はないか?」

「ええ、私達は大丈夫よ。ありがとう、アダム」

 ビアンカは頷いてアダムの元に駆け寄る。ルイーザも付いてきた。


「その身体……あなたは一体何者なの、アダム? それにあなたもあの飛蝗の怪物を一撃で斃した力は……」

 戦闘が終わって落ち着くとルイーザに当然の疑問が浮かぶ。今の戦闘を見られているので隠しようがない。

「……俺は一種のサイボーグだ。軍の研究で作られた……といってもロボットではない。意志や自我もあるし感情もある。その辺は人間と何も変わらん」

「それは……ええ、確かにそうみたいね。あなたは人間だわ」

 ルイーザは首肯した。元々アダムの人となりを信頼して自分の専属護衛にしようとしたくらいだ。彼の立ち振る舞いが彼自身の物であるという事は理解している様子だ。

「私はそう大したものじゃないわ。このグローブやシューズにあいつらを倒す力が込められてるのよ。このチョーカーもね。私自身の力って訳じゃない」

 ビアンカは自分の装備を指し示す。それから彼女はルイーザに笑い返す。

「でも……あなたも大したものだったわ。それこそこういう装備も無しに、あの悪魔達相手に初見で動けるとは思わなかったわ。お陰で助かったわ」

 素直に認めて礼を言った。ルイーザの思わぬ援護のお陰で勝てたのは事実であった。

「気づいたら身体が動いてただけよ。それに子供の時からキックボクシングをやってて喧嘩に明け暮れてた時期もあったし……こう見えて修羅場にも慣れてるのよ」

「へぇ、キックを? 私はカラテよ。いつか勝負してみたいわね。あ、勿論グローブとかは抜きでね」

「まあ……それは楽しみね」

 2人の女は互いに笑い合った。2人の立場を考えればそれは叶わぬ夢かも知れなかったが、彼女らはそれを解った上で敢えてそんな約束をしたのだ。


「さあ、とりあえずここを出よう。ルイーザ、君の処遇(・・)とオルブライトの件についてどうするか決めねばならん。リキョウ達も呼んでくるべきだな」

 街の有力者達が全員消えた事で、ただでさえ混沌としていたこの自治区は急速に崩壊していくだろう。
 
「そうね……いよいよ夢の終焉ね。皆、悪夢から醒めるのよ。私がメディアの前で正式にこの自治区の解散(・・)を宣言するわ」

 ダニーも死んだ今ならそれが出来るはずだ。ルイーザは既に決意しているようだった。3人はそのまま『ユニコーン』の外に出た。すると店の外に座っていた1匹の野良犬(・・・・・・)がのそっと立ち上がって近づいてきた。

 だが当然悪魔でもないただの犬が近づいてきてもビアンカ達は勿論、アダムでさえも特に気に掛けることはなかった。そして……


「――おっと、まだゲームは終わっちゃいませんぜ?」


「ッ!?」

 突然聞こえてきた男の声と、ビアンカ達の苦鳴に振り返ったアダムの目が見開かれる。そこには衣服を纏わずに、代わりに全身が黒っぽい剛毛に覆われた1人の男が、ビアンカとルイーザの首をそれぞれ片腕で抱え込んで捕らえていた。

 2人は必死にもがいているが男は相当な怪力らしく、まるで意に介した様子がない。男の身体は剛毛に覆われているが顔は露出しており、そしてアダムはその男の顔に見覚えがある事に気づいた。

「お前は……あの時の酔っ払いか? 確かペドロとか言ったな?」

 ラテン系の若い男。自治区に入ったばかりの彼等に近づいてきて、あれこれと情報を提供してくれた人物だ。だがどうもそれは作為的なものであったらしい。

「憶えててくれて光栄ですぜ、旦那。俺の情報は役に立ったでしょう? ま、情報を渡してたのはアンタ達だけじゃなくて自警団の連中にもですが。アンタ達が大統領のスパイだと教えてやったんですが結局返り討ちに遭ったようで、ホント使えない連中ですよ」

「ダニーが言っていたタレこみというのは貴様か。一体何者だ? それにその姿……。どうやって俺にも気づかれずに彼女達に接近した?」

 問いかけるが素直に答えるとは思っていない。少しでも会話に意識を逸らさせて隙を窺うのが目的だ。だがペドロは口の端を吊り上げた。

「その手には乗りませんぜ、旦那。それにアンタの相手は俺じゃない。ここに『天使の心臓』がいる事は既にあちらさん(・・・・・)にも教えてあるからねぇ。ほら、どうやらお出まし(・・・・)のようですぜ?」

「……!!」

 その瞬間、この駐車場全体を濃密な魔力が覆った。これは『結界』だ。そしてこれほど広範囲で質の高い『結界』を張れる存在は限られている。


「ふん……メキシコの犬(・・・・・・)の言う事など半信半疑であったが……どうやら本当に『エンジェルハート』のようだな。まあ、よくやったと褒めておこう」


「……っ! イーモン・オルブライト……!」

 アダムが弾かれたように振り向いた先には……壮年の白人と黒人のハーフ(ムラート)の男が佇んでいた。仕立ての良いスーツに身を包んでいる。

 それは全米で100人しかいないアメリカ合衆国連邦上院議員の1人……ワシントン州選出のイーモン・オルブライトその人であった!
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