Episode20:超常対決(Ⅰ) ~動と静

文字数 3,932文字

 スタテン島にあるフレッシュキルズ・パーク。その只中では現在、並の人間が介入する事は不可能な超常の戦いが二か所(・・・)で繰り広げられていた。

 そのうちの一方ではイスラムの聖戦士サディークと、ロシアの超能力者セルゲイの激闘の真っ最中であった。

「ぬぅ……らぁぁぁっ!!」

 気合と共に振るわれたサディークの曲刀から霊力の刃が射出される。当たれば人間の身体などスポンジより容易く両断される光の刃が凄まじい速度でセルゲイに迫る。だが当たる直前でセルゲイの身体が消えた(・・・)

「……!」

 そして次の瞬間にはサディークの後方、やや離れた場所にセルゲイが出現(・・)した。サディークの目を以ってしても見切れない程の超スピード……という訳ではない。文字通り本当に瞬間移動(テレポート)したのだ。

 流石の超戦士サディークも瞬間移動を見切る事は出来ない。彼の一瞬の隙をついたセルゲイが手を翳すと、サディークの足元にある草叢が何の火元も無いのに突如激しく燃え上がった。イリヤも使う事があるパイロキネシスだ。

「うお……!?」

 炎に巻かれそうになったサディークは慌ててその場から跳び退る。するとセルゲイはサディークの回避先に合わせて次々とパイロキネシスを放って着火していく。

「ちぃ……!」

 サディークは舌打ちしながら次々と立ち昇る火柱を回避するために、更に後退を続ける。まさか相手も超能力を無制限に使い続けられる訳ではないと思うが、その枯渇を待つのも現実的ではない。余り詳しく確認している余裕はなかったが、どうやらユリシーズの方も新たに現れた中国の工作員と戦闘に突入しているようだ。

 サディークのプライドに掛けてユリシーズよりも先に戦闘に勝利しなければならない。それだけでなく現在ビアンカの護衛がおらず彼女は無防備な状態という事で、この状況を他の敵に突かれるとマズい事になる。

 色々な意味で悠長に持久戦をしている暇は無かった。サディークは後退して火柱を回避しつつ霊力を練り上げる。

 本当は相手がテレポートで逃げるとしても『霊空連刃』を所構わず撃ちまくれば当てられる可能性があるが、こちらも霊力の消耗が激しい上にビアンカを巻き込んでしまう危険がある。なのでここは堅実(・・)に行くしかない。


 サディークはパイロキネシスの僅かな間隙を突いて強引に前に踏み込む。そしてセルゲイに一気に肉薄する。

「……!」

「オラッ!!」

 霊刀を振るうが、間一髪でテレポートによって回避された。だが彼は一切動きを止める事無く、再びセルゲイが出現した地点に向けて突撃する。当然向こうがそれを黙って見ているはずがなく迎撃してくる。

 戦闘の余波によって散乱した岩や木の瓦礫、そして近くにあったベンチなどのオブジェクトが一斉に浮き上がった。超能力のある意味で定番、サイコキネシスだ。だが定番=弱いではない。

 サディークに向けてそれらのオブジェクトが、文字通り四方八方から襲い来る。ただの瓦礫ではなく、セルゲイの卓越したESPによって加速して砲弾並みの威力となっている立派な凶器であった。これをまともに喰らったら、霊力によって身体強化しているサディークであっても大きなダメージは免れない。

「はっはぁぁぁっ!!」

 だが彼は逃げるどころか、逆に獰猛な笑いを上げながら更に加速した。凄まじい速度であらゆる角度から殺到する凶器を紙一重で躱しながら、一瞬たりとも動きを止める事無くセルゲイに肉薄する。

 しかし奴目掛けて振り下ろした曲刀は再び空を切った。離れた場所にセルゲイが出現する。サディークは再び突進する。同様の攻防が何度か繰り返された。


 すると業を煮やしたのかセルゲイが今度は多数のオブジェクト高速で旋回させて、まるで小規模な竜巻ような状態を作り出す。そしてその『竜巻』を正面からサディークにぶつけてくる。彼は一旦足を止めると、その『竜巻』目掛けて二振りの曲刀を振り上げ、得意技である『霊空連刃』を叩き込んだ。

「おぉぉぉぉぉっ!!」

「ぬぅぅ……!」

 サディークが高速で刀を振るう度に霊力の刃が連続して射出され、正面から『竜巻』とぶつかり合う。その威力と圧力の前に『竜巻』が押し返されそうになり、セルゲイも滅多に変わる事のない表情を歪めて全力のESPを『竜巻』に注ぎ、『霊空連刃』を押し込もうとする。

 セルゲイは更にパイロキネシスの力を加味して、『竜巻』を構成するオブジェクトを次々と発火させていく。それによって『竜巻』は更に『火炎竜巻』へと進化(・・)して、サディークの『霊空連刃』を明確に押し返し始めた。

「……!!」

 サディークはそこで初めて驚愕に目を瞠った。手加減などしていない。彼が全力を以って撃ち込んでいる『霊空連刃』が正面から力負けし始めているのだ。こんな事は初めてであった。


(いや……)

 思い出したくもないが、正確には過去に一度だけある。【ペルシア聖戦士団】の位階第1位の戦士アフメットと模擬戦をした時に、全力の『霊空連刃』を破られた事があった。それはかの組織の位階第1位を決める為の試合でもあった。

 サディークは自身の得意技が破られた動揺を誤魔化すようにおどけた態度で、最初から第1位の座に興味はないとアフメットに勝ちを譲った(・・・)のであった。だがそれは彼の虚勢であり、そのまま試合を続けていても自分が負けていただろうという確信があった。

 それを周囲に悟られるのを避ける為に勝ちを譲った体を装ったのだ。しかし他ならぬアフメットには自分の虚勢を見抜かれていたはずだ。その時の屈辱は、負け知らずであった天才のサディークの胸の奥に決して消えないしこりとなって燻り続けていた。


(もうあの時のような屈辱は御免だ。俺はもう……絶対に誰にも負ける気はねぇ!!)

「ぬおぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 苦い記憶を思い出したサディークは目をカッと見開くと、自らの限界まで霊力を振り絞る。ここまで霊力を文字通り絞り出して戦うのは、正真正銘生まれて初めての事であった。だがそれによって彼の『霊空連刃』はこれまでにない強度と切れ味を増していく。

「……っ!」

 一度は敵の技を押し戻した『火炎竜巻』が再び押し返されそうになり、セルゲイもまた驚愕してその目を見開いた。そして自身もESPの力を限界まで引き出して『火炎竜巻』の圧力を強める。

「ぬぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「かぁぁぁ……!!」

 『霊空連刃』と『火炎竜巻』が完全に拮抗状態となるが、双方退く気はなく、互いに相手の技を斬り裂き呑み込もうと意地の押し合いになった。


 そして……互いの技が同時に限界を迎えて、中央で激しい光と熱の爆発を引き起こしながら消し飛んだ。


「「……ッ!!」」

 目も眩むような閃光の爆発が2人の視界を一時的に遮る。だがサディークはむしろそれを攻撃のチャンスと捉えて、視界が効かない光の中を相手の気配のみを頼りに斬り掛かる。

 しかしセルゲイもさる者。敵の攻撃が来ると予測して、自身の回りを念動の障壁で覆う。テレポートは使わない。視界が封じられている中で無理にテレポートを使うと、座標(・・)の指定に失敗する危険性が高いからだ。

 果たしてサディークは効かない視界で正確にセルゲイの位置を探り当てて、斬撃を振り下ろした。しかしその攻撃はセルゲイの障壁に弾かれる。その攻撃があった方向からサディークの位置を予測したセルゲイが反撃に念動波を飛ばす。

 サディークは本能的な反射でその念動波を躱して跳び退った。やがて光が収まり視界が戻ってくる。

「ふぅ……はぁ……。へへ……やるじゃねぇか、てめぇ。こんなに楽しい戦いは初めてかも知れねぇぜ」

 掛け値なしの全力で戦って尚決着がつかない相手。根っからの戦闘好きである彼は今、戦いの高揚と熱狂を存分に味わっていた。



 一方で戦いはあくまで任務の一環と割り切っているセルゲイとしては、自分が全力で戦っても尚排除できない相手がいる事は想定外であり、激しい苛立ちと不快感に顔を顰めていた。

(……部下達を呼び寄せて一気に決着をつけるか)

 今回の任務に当たって同行していた【トリグラフ】の部下達は、この公園に邪魔者が入ってこないように周囲を固める役割を担っていた。『ファーストレディ』を確保する事自体は自分一人で充分だと判断していたのだ。

 だがこうなったら作戦を変更するまでだ。周囲を封鎖している部下達を全員呼び寄せて、この目の前の邪魔者を一気に排除するのだ。

 部下達は全員一種類のESPのみを扱えるベータ級のサイ能力者だ。一対一ではこの目の前のアラブ人には到底敵わないだろうが、集団となれば話は別だ。しかも互角であるセルゲイと戦っている最中に部下達の加勢が入るのであれば、流石にこの男も対処しきれずに必ず致命的な隙を晒す事だろう。

 作戦変更を決断したセルゲイは、部下達に向けて広範囲の思念波を拡散する。この思念波は『全員集合』の合図だ。これを受けた部下達は一切の疑問を差し挟まずにこの場に集まって来るだろう。後は全員でこの邪魔者を排除するだけだ。

 だが……

(……どうなっている? 部下達からの反応がない?)

 セルゲイは怪訝に眉を顰めた。彼の思念波を受けたら即座に『承諾』の反応を返す事が定められているはずなのに、その反応が返ってこない。あり得ないが『反対』や『疑問』という訳でもなく、反応自体が何も返ってこないというのは明らかにおかしい。


「オラぁっ!! まだまだ、こっからが本番だぜぇっ!」

「……! ちぃっ!」

 だが何も気づいていないサディークが再び斬り掛かってきたのでセルゲイとしてもそれに対処せざるを得ず、不可解な事態を追及している余裕がなくなった。

 互いに全力を出し切り消耗戦となった戦いは、未だに決着がつく気配を見せなかった……
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