Episode12:絶対なる公平

文字数 4,998文字

 ラスベガスの高級カジノホテル『砂漠の宝石』。今夜も主催者であるエマニュエル夫妻の結婚記念パーティーの二日目が開催される運びとなっていた。ビアンカ達は前日と同じように全くランダムで別々に会場に入場。二日目も入場の際にカップルでの接吻が求められたが、流石に二回目とあって初回と比べると慣れていたので、特にトラブルもなく全員無事に入場(・・)出来ていた。

 とはいえあくまで初回に比べればであって、ユリシーズとの接吻に際して喜びと共に甘い疼きを感じてしまうのは止められなかった。

 そんなこんなで一般の招待客を含めて全員が入場し、無事にパーティー二日目が始まった。しかし本番はここからだ。ビアンカの予想が正しければ、ヴァンサンは確実にここで仕掛けて(・・・・)くるはずだった。即ち……


『オホン! 皆さん、本日も私達のパーティーにご参加頂き誠にありがとうございます。しかし前日と同じような内容では皆様に飽きられてしまいます。そこで……夫と相談の上で(・・・・・・・)急遽、サプライズパーティーを開催させて頂く事としました』


「……!」

 壇上でマイクを握る司会役のシヴァンシカの言葉に、ビアンカはユリシーズと目配せして頷き合う。やはり彼女の予想は正しかった。サプライズパーティーという言葉に他の招待客達がざわめく。

『うふふ、期待通りの反応で企画した甲斐がありました。今夜は皆様に当ホテル『砂漠の宝石』が用意したアトラクション(・・・・・・・)をお楽しみ頂きたく準備を致しました』

 シヴァンシカが壇上で手を振るとそれが合図だったらしく、会場となっている広い中庭の両側(・・)にそれぞれ出入り口が開いた。

『今回の趣向を楽しんで頂くために、皆様にはここで男女(・・)に分かれて頂きます。男性の皆様(ジェントルメン)は向かって右側の入口へお入り下さい。夫のヴァンサンが皆様を先導致します』

 シヴァンシカはそう言って自身の左側に開いた出入り口を指し示す。続いて今度は反対側、自身の右側に開いた出入り口を指し示した。

『そして女性の皆様(レディース)は向かって左側の出入り口へお入り下さいませ。不肖この私めがご案内役を務めさせて頂きます』

 これも事前のブリーフィングで想定されていたケースだ。ヴァンサンはこの分断を利用して自らユリシーズを始末する気だ。だがあちらにはユリシーズだけでなく、アダム達も全員が揃っている状態だ。万が一にも心配はないだろう。むしろヴァンサンを逃さずに仕留めきれるかが鍵となる。

 ビアンカ達女性陣も全員揃っているが、当然ながら男性陣と比べると戦力的には甚だ心許ない。だが敵側も男性陣の方にリソースを集中する関係上、それほど手強い敵はいないものと思われる。なのでこちらを一網打尽にしてくる罠の類いを警戒すべきだろう。

 他の招待客達は戸惑いはあるものの楽しみも半分といった感じで、相方と笑い合いながら別れを告げてそれぞれ指定された出入り口の方に集まっていく。本来はこれが普通の反応だ。なのでビアンカ達はともかく、他のメンバー達は極力怪しまれないように周囲と同じような態度を取って別行動を取っていく。


「……じゃあ行ってくるぜ。いいか、くれぐれも油断はするなよ? ルイーザ達から絶対に離れるな」

「勿論よ。あなたこそ油断しないようにね」

 ビアンカも覚悟を決めてユリシーズと別れる。そしてシヴァンシカに案内されるまま会場から向かって左側の出入り口前に向かう。そこには既に他の女性陣も全員集まっていた。ルイーザ、ナーディラ、リンファ、そしてオリガの姿もある。ビアンカはさりげなく彼女らの近くに位置取りする。

「皆様、揃いましたか? それではこれから淑女の皆様だけが楽しめる極楽浄土の世界へご案内致します。どうぞ束の間の非日常をお楽しみ下さい」

 先頭に立って案内するシヴァンシカに従って、出入り口を潜っていく女性客達。当然ビアンカ達の番もすぐにやって来る。会場の反対側では同じように男性客達も案内された出入り口を潜っていく所だった。ここからは一時的にユリシーズ達と完全に分断される事になる。ルイーザ達がいるとはいえ正直不安は拭えない。だが……

(それを解った上で自分から臨んだんだから、今さら後に引く気はないわ。ユリシーズ、私に勇気を頂戴……!)

 覚悟を決めたビアンカは大きく息を吸って呼吸を整えると、迷いを断ち切るように大股で出入り口を潜っていった。


*****


「…………」
 ヴァンサンの案内で向かって右側の扉を潜った男性陣。その中には勿論ユリシーズの姿もあった。この扉を潜った瞬間からそこはすでに戦場(・・)だ。今この時だけは彼の頭からビアンカの事も消えた。

 扉を潜ってすぐは、照明の殆ど落とされた薄暗い通路であった。皆なんとなく無言で通路を進んでいく。だがユリシーズは既に気づいていた。昨夜のパーティーの時にも感じたあの微弱な魔力が先頭を歩くヴァンサンから発せられて、それに追随する招待客達全員の間に行き渡っている様子に。一般の招待客達にまた何かの影響を及ぼしているようだ。

 だがユリシーズは勿論だが、イリヤ達他のメンバーもこの程度の魔力で何かの影響を受ける事は無いだろう。ヴァンサンも恐らくこれ自体でユリシーズをどうこうするつもりはないだろう。これはほんの前準備(・・・)だ。その確信があった。

 薄暗い通路を抜けるとそこは、大きなステージが併設されたホールのような場所であった。このホテルのイベント会場を兼ねたメインホールで、普段はここで様々な催し物が開催される。だが今はやはり殆どの照明が落とされて薄暗く、人っ子一人いないので広い分余計に物寂しく見えた。

 ホールの中央までやってきたヴァンサンが足を止めた。


「さあ……ここならいいだろう。そろそろ始めようじゃないか。君もそのつもりだったんだろう?」

「……!」

 振り返ったヴァンサンがユリシーズに挑戦的な視線を投げかけてくる。それを受けて彼もまた不敵に笑い返す。

「へ、確かにな。だがいいのか? こんな公衆の面前(・・・・・)で、そんなあからさまな態度を取って」

「ああ、それなら心配ないさ。彼等は既に私の意のままに動く傀儡だからね」

「……!」

 ヴァンサンの言葉と同時に一般の招待客たちが一斉に(・・・)振り向いた。統一された不自然な動き。そして彼等の目は一様に茫洋とした意志のない目付きとなっていた。先程の通路で感じた魔力によって洗脳されているようだ。

 昨夜の軽い暗示状態とは違い、それなりに強力な魔力浸透による完全な洗脳状態。

「さあ、彼等は何も知らない被害者だ。彼等ごと私を攻撃するかい?」

 ヴァンサンが手を広げると、それに合わせて男性客達がユリシーズを包囲してくる。確かに操られているだけの彼等を無闇に殺す訳には行かない。しかしカバールの悪魔と戦いながら、能動的に動いてくる人質にまで対処は出来ない。その隙を突かれれば確実にユリシーズが不利だ。……彼一人であったなら。

 ユリシーズはニィ……と口の端を吊り上げた。ヴァンサンがそれを訝しむ間もあればこそ……


「バインドアンカー、射出」

「……!」

 何人かの招待客が微細な()のような物に絡みつかれて、まとめてその場に倒れ込んだ。しかしその網はそのまま彼等を拘束し続けている。勿論これを放ったのは……

「ふん、案外早く馬脚を現したな」

 サイボーグ軍人アダムだ。網を放った左手を収納(・・)しつつ鼻を鳴らす。事はそれだけには終わらない。

「ごめンなさい。ちょっと大人しくシててね」

 やはり何人かの招待客達がまとめて宙に浮いていた(・・・・・・・・)。何か目に見えない力で拘束されて吊り上げられているようだ。勿論超能力少年であるイリヤの力だ。拘束した人質達をまとめてホールの壁際まで移動させて軽い衝撃で気絶させる。

「侵毒・流転!」

 鋭い術言と共に薄紫の霧のような物が拡散し、それを吸い込んだ招待客達がバタバタと倒れる。声の主は勿論、仙獣『冥蛇』を身体に巻き付けた上仙リキョウだ。

「冥蛇の毒は強弱を自在に変化させられますので、人間相手ならこのように軽い麻痺毒で無力化させる事も容易なのですよ」

 涼し気な顔で説明するリキョウ。その彼の向こうで別の裂帛の気合いが放散される。

「ふんっ!!」

 強大な霊力(・・)の波動に当てられた招待客達は、彼等を洗脳していた魔力ごと吹き飛ばされて床に転がった。全員気絶しているようで動かない。

「はっ、ちゃんと手加減はしてあるから問題ないぜ」

 そう言って傲然と胸を張るのは勿論、強大な霊力を持つ超戦士サディークだ。当たり前だが常人を洗脳するレベルの魔力に曝されたくらいでどうにかなるような、ヤワ(・・)な面子は誰もいなかったようだ。

 勿論ユリシーズ自身も魔力の波動で周囲の招待客たちを無力化していた。これで洗脳されていた招待客達は残らず無力化できた。


「さあ、人質作戦は失敗だな根暗野郎。完全に悪魔だと判明した時点でお前は超法規的措置の対象だ。覚悟は出来てるだろうな?」

「ふ……なるほど。他にもネズミが潜んでいるだろうとは思っていたから、今のは最初からその炙り出しが目的だったのだよ。その成果は充分あったようだ」

 ユリシーズ含め5人もの超戦士に逆に包囲されたヴァンサンだが、特に焦る様子もなく陰気な薄笑いを浮かべる。動揺を隠して強がっているという様子には見えない。

「はん! 随分な自信だな? 自惚れも過ぎると寿命を縮めるだけだぜ?」

 自身こそ傲岸不遜を絵に描いたようなサディークが鼻を鳴らす。だが確かにヴァンサンの態度は不可解だ。 

 カバールの構成員達に明確な上下関係はない。それはつまり強さ(・・)においてそこまで優劣の差がないという事を意味している。そして今までの経験上、ユリシーズ達であれば二人以上いれば確実にカバールの悪魔を仕留める事が出来ている。ましてや今は五人全員が揃っている状況だ。ヴァンサンには万が一にも勝ち目はないはずだ。それともヤツはこちらの戦力すら読めない愚か者なのだろうか。


「……私はカバールにおいて決して最強ではない。というより決して最強になれない(・・・・)と言った方が正確か」

「何だと?」

 ユリシーズが眉根を寄せるが、ヴァンサンは構わずに話し続ける。

「だが……同時に決して最弱でもない。これも最弱になれない(・・・・)というのが正しいが」


「繰り言に付き合う気はない。向こう(・・・)も心配だ。さっさと終わらせるぞ」

 アダムが光線銃を展開してヴァンサンに向ける。確かに反対側の扉を潜っていった女性陣の事が気にかかる。他の面々も手早く決着をつけようと闘気を漲らせる。アダムがいち早く攻撃を仕掛けようとして……

「まあそう慌てる事もない」

「……っ!?」

 アダムは自分の真後ろ(・・・)から聞こえてきたヴァンサンの声に目を瞠って、反射的に振り返りざまに光線銃を向ける。するとそこには確かに陰気な笑みを浮かべるヴァンサンの姿が。だが……

「馬鹿な……!?」

 最初は超スピードなりテレポートなりで一瞬で移動したのかと考えたが、ヴァンサンは元々の位置にも(・・)いた。勿論ユリシーズら他の面々も唖然とするが、そんな彼等の至近距離にも……

「な……!」

「っ! こイつ……!」

 アダムだけでなく、イリヤの側にも、リキョウの側にも、そしてサディークの側にもヴァンサンがいた(・・・・・・・・)元からいた(・・・・・・)ヴァンサンも含めて『5人』のヴァンサンがその場に出現していた。丁度こちらと同じ数だ。

「「「「「パーティーはこれからが本番なのだ。主催者(ホスト)として存分に君達をもてなそうじゃないか」」」」」

 5人のヴァンサンが同時に喋った。そしてその5人から等しく(・・・)強烈な魔力が発散される。

「これは……幻影の類いではなさそうですね!」

「ああ、こいつら全員……本物(・・)だ」

 リキョウもサディークも厳しい表情で臨戦態勢となる。勿論アダムもイリヤも同様だ。ユリシーズの元にも最初からいたヴァンサンが向かってくる。


「「「「「私は相手を映す鏡。敵の戦力が多ければ多いほど、それに比例(・・)して私の力も増す……。さあ、この『絶対なる公平(アブソルートフェア)アムドゥキアス(・・・・・・・)の真髄、存分に味わいたまえ」」」」」


「ち……予想外の能力だが、こうなったらやるしか無いな!」

 カバール相手ならどんな不測の事態もあり得る。ユリシーズは覚悟を決めて魔力を全開にすると、黒炎の剣を作り出してヴァンサン……アムドゥキアスに斬り掛かっていく。勿論周囲では既に他の面々も戦闘に突入していた。

 『結界』に覆われたイベントホールにおいて、5対5の超常決戦が始まった!
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