第13話 壊れていく母 ②

文字数 891文字

 夫婦にしか分からない事情はあると思うのですが、それはひとまず置いておいて。私は父に前夜の話を伝えました。

「そうか……ワシのこと、そんなに恨んどるのか」

 私は母が何をどう言ったか、覚えている限り詳しく父に話した。父はうつむき、両手のひらをゆっくりと表にしたり裏にしたりして、話の内容に耐えているようだった。その指先は触らなくても冷たさが伝わった。

 もうすぐ90歳になる老人に、伴侶から凄く恨まれている話など客観的に見たら残酷だろう。そう分かりつつも、私は敢えて父に言った。それは母の愚痴や悔しさを随分前から聞いていて、百歩譲っても父の母への対応は、身勝手なことが多いと思っていたから。

 私が許せないと思ったエピソードが幾つかある。例えば『知らん顔した電車での件』
私が出産してから子供たちが小学校に入るまでの間、母は2時間半かけて我が家に足を運んでくれた時期がある。到着は午前9時頃が多く、いつも両手にたくさんのお土産を持って来てくれた。母が家を出るのは6時台。ある日私は『そんなに早く出てこなくていいよ』と言ったことがあった。すると

「お父さんの車に乗らないと駅まで来られないから」

 会社勤めをしていた父は、実家の最寄りの駅まで車を使っていた。弟嫁はいたが、車で送ってもらうことなど既に出来る仲ではなかった。だから父の通勤時間と同じ電車に乗って来ていた。車から降りた父は駅のホームに入ると、サッサと母から離れ、母の荷物を持つこともなく電車に乗ったという。母は何度となく同じように来てくれたが、父は1度も荷物はおろか同じ車両にも乗ってくれなかったらしい。当時そんな淋しい思いをして来てくれていたことなど知る由もなく、後にこの話を聞いて、申し訳なさと、父の愛情の無さが深く刺さり、こうして書いている今も涙が出る。そして母は怒る度に父に訊くのだ。

「なんで、あの時、同じ車両にも乗らず、荷物も持ってくれなかったの?」

この問いに答えた父を見たことがない。

 私は父のズルさを何度も見ています。なぜ母が人生の末期にきて、悔しいと感じる気持ちが抑えられないのかを、もう少し書き残したいと思います。


 



 

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