第29話 それぞれの感情 ③

文字数 981文字

 「入院したくなったら、いつでも言ってください」主治医にそう言われていたことを思い出しました。

 主治医不在を告げられた私はダメ元で、泌尿器科に電話を繋いでもらった。看護師さんに父の状態を告げ、入院出来ないかと頼んだ。通常は主治医の診察の後に入院という流れらしいが、窮状を察してくれて、主治医に連絡を取ってくれることになった。その後、何度か電話のやり取りがあり、最終的に主治医が別の医師に診察を頼んでくれて、入院が出来るという返事をもらった。

 私は前回の診察の後に、入院出来る準備をしていた。主には下着や紙パンツの購入、洗面用具や食器類などだが、揃えるのに案外時間がかかった。全ての物に記名もしなくてはならない。それは母に頼んでおいた。それらを2つのバックに分け、再度見直して準備完了。

 早朝、出勤した弟は出掛ける前に

「オヤジ、元気になって戻ってこいよ!」

と声を掛けた。
父が玄関に立った時に弟嫁が呼ばれ、父は孫宛ての入園祝いの祝儀袋を渡した。弟嫁は

「すみません」と静かに受け取った。

母は「行ってらっしゃい」

と声を掛けただけだった。

 父が車に乗る時には、母も弟嫁の姿も無かった。何だかあっけない出発だった。出掛ける前に弟嫁から

「手伝うことがあれば付いて行きます」

との申し出があったが『1人でも大丈夫』だと断った。弟嫁に対する今までの複雑な思いと自分の考えの甘さから出した返事だった。だが、この返事が後の私に少々の灸を据えた。

 病院の玄関先で父を車椅子に乗せようと思ったら車椅子は出払っていて、父を待合室まで歩かせ、入院用の2つのバックと紙パンツを車から降ろした。その後、運良く車椅子が借りられ、父を乗せたまでは良かったが……ここで車椅子と荷物を同時に運べないと気づく。弟嫁に来てもらえば良かった……アタフタと動く私に父も

「Aさんに頼めば良かったな……」と。

その後、看護師さんのサポートで何とか窮状を切り抜け、入院前の検査(心電図、レントゲン、血液検査)を終えて診察へ。医師は入院前提で話をしてくれ、詳しく聞かれたのは、現在の食事状況と入院中に食べられるお粥の硬さぐらいだった。

 病棟の入口に着くと看護師さんが

「もう、ここでお別れだけど娘さんに挨拶しないの?」

と聞いてくれたが、父は身体が辛かったのか無言。そのままスーッと私の元から去って行った。

 あっけなかったです。
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