第28話 それぞれの感情 ②

文字数 828文字

 今まで何度となく父からのSOSを受けてきました。でも今回はいつもとは違う……そう感じたのです。

 ここ数日の間、私は父の声や話し方を気にしながら電話に出ていた。今までの声は体力が少しずつ落ちているものの、気力の無さばかり感じられ、私の判断では『まだ大丈夫かな』と思わせる声だった。

 でも、今日は違った。いつかは来ると思った声だった。WBCで浮かれた気持ちは、随分前に記憶した出来事のようになった。父は「明日、来てくれればいい」と言ったが、万が一に備えたかったので、その日のうちに実家へ向かった。

 実家に着くと、いつも通りソファーの定位置に座っていた父は時おり前屈(まえかが)みに。

「呼吸しづらい……」

そう言って、元の姿勢に戻した。母は

「私の誕生日までは、頑張って言ったんだけど……」

 数日前、父は90歳を迎えた。昨年の暮れに「もう、今年いっぱい持つかどうか分からん」と弱気になった父に「とりあえず、3月の誕生日までは頑張ろうよ。90歳まではいこうよ」そう励ましてきて、父は達成してくれた。今年に入り食欲は激減し、最近では飲食する度に嘔吐しそうになる状態まで来ていた。2日後は母の誕生日だった。母の気持ちも理解できたが、父の身体は限界を越えている気がした。

 夜、弟が帰宅するのを待って両親と弟、私の4人で入院の有無を話し合った。以前の投稿でも書いたとおり、入院は今生の別れを意味する。それを承知の上で、入院を決めた。弟は

「とりあえず、入院して栄養を付けて来いよ。まだ、ひ孫と遊びたいだろ?孫の結婚も見たいだろ?」

と精一杯であろう励ましの言葉をかけた。それに応えて父も

「まだ、こんなとこで死ねんわな」

と笑って答えた。それぞれの胸の内は言葉だけでは計り知れない。

 翌朝、病院の開始時間に主治医へ連絡をしてからと思い電話を入れると……

「本日、泌尿器科は先生のご都合で休診です」

 『えっ?入院出来ないの?』

 この期に及んで、父にもう少し自宅で頑張れとはとても言えませんでした。

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