第12話 壊れていく母 ①

文字数 896文字

 どうしようもない事を諦めきれない母の姿を見て、途方に暮れました。

 「ゆうべ何を話しとったんだ?」

 病院の待合室で診察を待つ間に父がボソッと言った。前夜、父が寝た後、母と弟、私の3人で祖父母が残した着物について話し合っていた。祖父母が亡くなってから、もう随分経つ。祖父の着物はほとんど処分されたが、祖母の物は

に包まれ大事に保管されていた。母が袖を通したことは、おそらく無い。それを知っている弟が業を煮やし、母に片付けて欲しいと頼んだ。

「まあ、待って。いろいろ考える事が多過ぎて、今、考えられんから……」

と母が苛立つ口調で言った。

「だったら、いつになったら片付けるんだ!」

と弟も声を荒げた。私は間に入って現状を踏まえた解決策を話し合おうと2人をなだめた。すると母は

「私は手伝って欲しかったのに、何だかんだと理由をつけて手伝ってくれんかったから、こうなっちゃったんだ。私ばっかり悪く言われて……」

 手伝わなかったのは父。母に言わせれば、父は暇さえあれば趣味の水墨画ばかりして、母が頼んだ事には手抜きのような協力しかしてこなかったらしい。だから片付かなかったと。

「そんな事、今さら言ったって仕方ないだろ!
それで、片付けられるんか!」

と弟が怒鳴る。

「お爺さんの着物は、少しずつ切り刻んで、何回かに分けてゴミにして捨てたから、今度も私がそうするよ!切り刻んで……何で私ばっかり……」

吐き捨てるように言いながら、テーブルにあったお菓子の袋を投げようとした。私は咄嗟に

「もう、やめて!また、投げるの?」

と母を止めた。母は掴んだ袋をポトリと落とし、そばにあった広告の紙を掴んで投げた。弟は、その光景を初めて見たショックで唖然としたが『初めてのことじゃない』と弟に言うと、母は『そんなことを言うな』と言わんばかりの鬼の形相で私を睨んだ。私は弟に知ってほしかったから敢えて言った。両親の現状を。母の心の中を。そして父が母にやってきたことを。だから、今こうなっていると言うことを。母の憎悪は深い。他人事のように私に訊いた父をやるせなく思う。

 次回は、病院の待合室で前夜の話を父にした様子を書こうと思います。

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