第46話 母の退院

文字数 947文字

 重なる時は重なります。

 母が退院の日、私は年に一度の健康診断が午前中に入っていた。片腎になってから絶対に欠かさず、母の事がある以前から予約していた。医師の診察はもちろん、心電図、バリウム検査などが入ったミニドック。いつもなら検査後の予定は入れない。弟嫁にも言ったが、察してもらえなかった。下剤を飲んだ後のバリウムの排泄がいつ来るのかと気を揉む。私の自宅から母の病院までは高速道路を使うので、運転中にトイレを我慢するなど想像するだけで腹痛ものだ。幸い、それは出掛ける直前にやってきて事なきを得た。成仏したであろう父の助けかもしれない。

 高速道路を快

に走って、退院の予定時間ギリギリに到着。直ぐに待ちかねた表情の母が車椅子に乗ってやってきた。退院にあたり、担当医から容態の説明を受け、思っていた以上の深刻さに身が引き締まった。

 車椅子から自動車の後部座席に移動させるのに以前よりも時間がかかった。2週間ほどの入院が足の筋力を奪っていたが、座位は取れた。実家に向かう道中で

「もう、地獄。大部屋に入れられた時、夜中に誰かが叫んでいて、全然眠れんかったわ。いつ退院出来るかとばかり思って毎日を暮らしてきた……」

などと愚痴の嵐が炸裂。内弁慶で体裁ばかりを気にする母。医師も看護師も本音を聞いて驚くに違いない。ただただ聞き流し、運転した。私だって言いたい事は山ほどある。母を自宅に帰すまでに、どれだけの気苦労があったかと。言ったところで、なしのつぶて。母が理解出来るとは思えなかった。私は介護ベッドを入れた事、それは寝室ではなくリビングだと言う事、しばらく私が泊まる事などの業務連絡を話した。

 30分弱で実家に到着。弟嫁が玄関に顔を出したが手を出す事は無く、私が母をベッドに連れて行った。病院と同じようなベッドを見て

「こんなことしてくれんでも良かったのに……」

と。お金がかかる事を心配して、そう言った。幸い母名義の蓄えがあったので、弟や私が持ち出す心配は無いと伝えた。少し安心したような顔をしたがすぐさま

「せっかく残してあげようと思ったのに、こんな事で使わなくても……」

と。

「あなたのお金なんだから、あなたが使えばいい事なの!」

 たまりかねて、言い返してしまった。

 ここから未知の介護生活が始まりました。




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