第32話 やるせない

文字数 927文字

 今週は2泊3日で実家に行っていました。

 退院して1週間ほど経った父は、気力と筋力が衰えていた。気力は入院前よりもさらに。生きる(しかばね)とはこういうことか。生気が無い。ただ静かにソファーに腰を下ろし、視線はテレビへ。時おり下を向いて息をしては顔を上げる。

「どお?具合は……」

「あんま良くないなぁ」

 ここ数ヶ月、毎度毎度聞く返事。気落ちする。嘘でも良いから「今日は少し調子いい」って言ってくれないかなぁ。毎度毎度そんな気持ちになる。もはや気遣うなんて気持ちは死んでしまったか。その横に座る母は

「あーえらい(しんどい)、アタシは動けんながらも頑張って、おじいさんを介護してるよ。帰ってきた日は、大変だった。紙パンツからウ○チが漏れちゃってて、それを脱がせて、足に付いたのを1人で拭いて……」

 母は腰が曲がり、ヨチヨチ歩きしか出来ない。肝臓癌を患っている為か、直ぐに疲れてしまう。そんな状況でも父の粗相を1人で片付けた。弟嫁に助けを求めなかったのは、父が嫌がったのか?それとも……

 長生きした人生の最期くらいゆっくり過ごしたいと思っただろう。この現実を両親は想像出来ていただろうか。10年以上前に

「この先、動けなくなったら弟たちにお願いしなきゃいけないんだから、老後のこと、ちゃんと考えてね」

 私は確かに、そう言った。

「今からそんなぁ、大丈夫だよねぇ(笑)」

 母の返事は、私への気遣いだったか、それとも本心?私がもっと言うべきだったか。悔やまれてならない。ここまで高齢の両親が苦しみ、疲れ果てながら日々を送る時が来るとは。

 ここまできて、やっと、やっと弟嫁が重い腰を上げてくれた。父の退院を引き受けてくれたことを皮切りに、今は毎朝父の身体を拭き、衣類を替えてくれている。母が困った時も以前に比べて迅速になった。思う所はいろいろあったが、今はとにかく有難い。

 私は生きる気力を失くした父に

「Aさん(父の名)、悪いけど身体はもう少し動けるみたいだから、Kさん(母の名)を楽させるために、リハビリしてくれない?椅子から一度で立ち上がれるようにしようよ」

 父は静かに「はい」と応えた。

 何もしなくていいから。ただ生きてくれるだけでいいから。そう言える最期を想像していました。

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