第19話 エンカウンター管理委員会委員長の雲成キム
文字数 2,338文字
どうしよう。
真っ先に頭に浮かんだのはこれだった。
ユウミが立ったまま固まっているとキムがわずかに微笑む。
年配男性の不意の微笑は緊張したユウミの心に何か作用したようだ。彼女は自分の顔が急に熱くなるのを自覚した。
「あ、あの、その……」
何と言ったらいいかわからない。
ただひたすらに自分が赤くなるのを意識した。
相手は父親ほどの年の男だというのに。
「……名刺は受け取ってはくれないかね?」
「あ、はい。すみません」
ぎこちない動きでユウミはキムの名刺を手にした。
「エンカウントモンスターズ」のカードと同じサイズだ。手触りこそ違えど馴染みのある大きさに不思議な感じがする。
名刺には「エンカウンター管理委員会」と「委員長雲成キム」それに連絡先が黒字で記されていた。
左上の隅にはエンカウントモンスターズノ公式マスコットでもある銀色の翼のフクロウが描かれている。
このフクロウは……そう『クゥ』だ。
あのとき公園で出会ったフクロウの名も『クゥ』だった。
ユウミが名刺から目を離さずにいるとキムがいぶかしがる。
「何か変かね」
ユウミははっとした。
「いえ、その」
「うん?」
「このフクロウ……」
言いかけて、やめる。
キムが信じてくれるかどうか疑問だったし、よく考えずとも初対面の相手に話す内容とも思えない。
代わりにこう聞いた。
「どうしてフクロウなんですか?」
すぐにキムが答えた。
「それは開発者からきているらしい。私も会ったことがないので詳細はわからないが、その開発者のあだ名が『フクロウ』だったそうだ」
「あだ名ですか……」
「フクロウが気になるかね」
「気になるというか……」
隠し事をしながら話すのは難しいなぁ……。
ユウミはもどかしさを抱きつつもたずねる。
「あの、それで私に話って何ですか?」
ああ、とキムが一声もらす。
「君もプロを目指すのかね?」
「はい、一応」
「一応?」
「おじいちゃん……祖父もプロエンカウンターですし、母もプロだったと聞いています。だからという訳ではありませんが、何となくあたしもプロになりたいなぁって……」
上目遣いにキムを見る。
無言。
こちらを見る目は怒っているようにも思える。
そんなつまらない動機でプロになれるほど甘くない、そう言われている気さえした。
「あの、べ、別にいい加減な気持ちじゃなくて」
「君は父親のことはどう思っているのかね」
「お父さん……父のことですか? えっと、あたし父のことそんなに知らないんです」
「そうか」
「父は普通の会社員だと祖父から教わりました。母とは結婚していなくて、あたしが幼いころに交通事故で亡くなったと……」
「交通事故」
「はい。その後、母もいなくなりました」
「……」
キムが目を閉じる。
何かを納得したかのように小さくうなずいた。
目を開く。
「両親がいなくて寂しくはなかったのかね?」
「そりゃ、ないと言えば嘘になります。けど、祖父もいますし」
「そうか」
急に部屋の外が騒がしくなった。
どんどん近づいてくる。
ときに怒鳴り声を交え、制止する声を無視して。
激昂しているのは誰か。
ユウミは彼の怒りの原因を想像し、きゅっと身を強ばらせた。カードハンターに狙われたのはどうしようもない事実だが、そんな目に遭った自分に隙がなかったわけではない。知らぬとはいえ極めて珍しいカードを持っていることを不特定多数のいる場所で話してしまったのだから……。
「ワシはあの子の保護者じゃぞ!」
一際大きな声がしたと思ったら、ユウジロウが複数の警官を押し退けて入室してきた。
薄緑色と黒の格子柄の和服を着ている。帯の色は黒い。
キムを見るなりユウジロウの眼光がさらに鋭くなった。
相対するようにキムが向き直る。
「これは新堂先生、お久しぶりです」
「そうじゃな」
声の怒気が増した。
「保護者のワシではなく、お前がここにいるとはな」
「アルカナシステムノ対戦データ自体は残りませんが、シークレットウルトラレアの使用情報はこちらに伝わりますからね。まして一日に三回もアルカナカードが使われたとあっては……」
「それだけの理由なら、お前ではなく下の物に任せてもおかしくなかろう」
「渡瀬プロの娘を倒した記録はありますから。彼女はまだ級こそ低いが将来を嘱望されているエンカウンターです。そんな彼女を破った無名の少女がいる、しかもアルカナカード持ち。私が興味を抱いても……」
ユウジロウが遮った。
「言っておくが、『ライトニングマジシャン』はもうユウミの物じゃ。カードハンターじゃろうが委員会じゃろうがこの子から奪うことは許さん」
「我々はカードを奪ったりはしません」
「どうかな? 委員会の椅子を用意してワシを説得しようとしているのはお前ではないのか?」
「委員会への誘いとカードの話は別です」
「どうじゃろうな、噂は耳にしているぞ。委員会がカード集めに躍起になっておるとな」
「確かに一部の委員が動いているのは知っています。ですが、決して総意ではありません」
ふむ、とユウジロウが一息ついた。
ユウミに問う。
「こやつにライトニングマジシャンをよこせと言われてないか?」
「言われてないよ」
即答した。
自分でもわからず、ユウミはキムを助けたい気分になっていた。ユウジロウの剣幕があまりにすごかったからかもしれない。
あと、キムを思うと胸の内がもやもやしてくる。
これは何だろう。
とても特別な感じがする。
ユウミは言った。
「この人に嫌なこととかされてないからそんなに怒らないで」
真っ先に頭に浮かんだのはこれだった。
ユウミが立ったまま固まっているとキムがわずかに微笑む。
年配男性の不意の微笑は緊張したユウミの心に何か作用したようだ。彼女は自分の顔が急に熱くなるのを自覚した。
「あ、あの、その……」
何と言ったらいいかわからない。
ただひたすらに自分が赤くなるのを意識した。
相手は父親ほどの年の男だというのに。
「……名刺は受け取ってはくれないかね?」
「あ、はい。すみません」
ぎこちない動きでユウミはキムの名刺を手にした。
「エンカウントモンスターズ」のカードと同じサイズだ。手触りこそ違えど馴染みのある大きさに不思議な感じがする。
名刺には「エンカウンター管理委員会」と「委員長雲成キム」それに連絡先が黒字で記されていた。
左上の隅にはエンカウントモンスターズノ公式マスコットでもある銀色の翼のフクロウが描かれている。
このフクロウは……そう『クゥ』だ。
あのとき公園で出会ったフクロウの名も『クゥ』だった。
ユウミが名刺から目を離さずにいるとキムがいぶかしがる。
「何か変かね」
ユウミははっとした。
「いえ、その」
「うん?」
「このフクロウ……」
言いかけて、やめる。
キムが信じてくれるかどうか疑問だったし、よく考えずとも初対面の相手に話す内容とも思えない。
代わりにこう聞いた。
「どうしてフクロウなんですか?」
すぐにキムが答えた。
「それは開発者からきているらしい。私も会ったことがないので詳細はわからないが、その開発者のあだ名が『フクロウ』だったそうだ」
「あだ名ですか……」
「フクロウが気になるかね」
「気になるというか……」
隠し事をしながら話すのは難しいなぁ……。
ユウミはもどかしさを抱きつつもたずねる。
「あの、それで私に話って何ですか?」
ああ、とキムが一声もらす。
「君もプロを目指すのかね?」
「はい、一応」
「一応?」
「おじいちゃん……祖父もプロエンカウンターですし、母もプロだったと聞いています。だからという訳ではありませんが、何となくあたしもプロになりたいなぁって……」
上目遣いにキムを見る。
無言。
こちらを見る目は怒っているようにも思える。
そんなつまらない動機でプロになれるほど甘くない、そう言われている気さえした。
「あの、べ、別にいい加減な気持ちじゃなくて」
「君は父親のことはどう思っているのかね」
「お父さん……父のことですか? えっと、あたし父のことそんなに知らないんです」
「そうか」
「父は普通の会社員だと祖父から教わりました。母とは結婚していなくて、あたしが幼いころに交通事故で亡くなったと……」
「交通事故」
「はい。その後、母もいなくなりました」
「……」
キムが目を閉じる。
何かを納得したかのように小さくうなずいた。
目を開く。
「両親がいなくて寂しくはなかったのかね?」
「そりゃ、ないと言えば嘘になります。けど、祖父もいますし」
「そうか」
急に部屋の外が騒がしくなった。
どんどん近づいてくる。
ときに怒鳴り声を交え、制止する声を無視して。
激昂しているのは誰か。
ユウミは彼の怒りの原因を想像し、きゅっと身を強ばらせた。カードハンターに狙われたのはどうしようもない事実だが、そんな目に遭った自分に隙がなかったわけではない。知らぬとはいえ極めて珍しいカードを持っていることを不特定多数のいる場所で話してしまったのだから……。
「ワシはあの子の保護者じゃぞ!」
一際大きな声がしたと思ったら、ユウジロウが複数の警官を押し退けて入室してきた。
薄緑色と黒の格子柄の和服を着ている。帯の色は黒い。
キムを見るなりユウジロウの眼光がさらに鋭くなった。
相対するようにキムが向き直る。
「これは新堂先生、お久しぶりです」
「そうじゃな」
声の怒気が増した。
「保護者のワシではなく、お前がここにいるとはな」
「アルカナシステムノ対戦データ自体は残りませんが、シークレットウルトラレアの使用情報はこちらに伝わりますからね。まして一日に三回もアルカナカードが使われたとあっては……」
「それだけの理由なら、お前ではなく下の物に任せてもおかしくなかろう」
「渡瀬プロの娘を倒した記録はありますから。彼女はまだ級こそ低いが将来を嘱望されているエンカウンターです。そんな彼女を破った無名の少女がいる、しかもアルカナカード持ち。私が興味を抱いても……」
ユウジロウが遮った。
「言っておくが、『ライトニングマジシャン』はもうユウミの物じゃ。カードハンターじゃろうが委員会じゃろうがこの子から奪うことは許さん」
「我々はカードを奪ったりはしません」
「どうかな? 委員会の椅子を用意してワシを説得しようとしているのはお前ではないのか?」
「委員会への誘いとカードの話は別です」
「どうじゃろうな、噂は耳にしているぞ。委員会がカード集めに躍起になっておるとな」
「確かに一部の委員が動いているのは知っています。ですが、決して総意ではありません」
ふむ、とユウジロウが一息ついた。
ユウミに問う。
「こやつにライトニングマジシャンをよこせと言われてないか?」
「言われてないよ」
即答した。
自分でもわからず、ユウミはキムを助けたい気分になっていた。ユウジロウの剣幕があまりにすごかったからかもしれない。
あと、キムを思うと胸の内がもやもやしてくる。
これは何だろう。
とても特別な感じがする。
ユウミは言った。
「この人に嫌なこととかされてないからそんなに怒らないで」