第40話 頼まれていたカードが入荷したよ!

文字数 2,575文字

「頼まれていたカードが入荷したよ」
 その知らせがユウミのスマホに届いたのは暦姉妹との戦いから二日後のことだった。
 ユウミの行きつけのカードショップ「オープン・ザ・ゲーム」の松戸(まつど)店長からだ。
「オープン・ザ・ゲーム」は風上駅のすぐ傍にある県内でも有数の商業施設、通称「トランプタワー」の中にある。売り場面積もさることながら取り扱っているカードゲームの種類も豊富で当然のことながら「エンカウントモンスターズ」は店内の大部分を占めるように陳列されていた。
 松戸店長は今年三十二歳。色白で背も高くもやしみたいな男である。ユウミのカード仲間からはそのあまりの肌の白さと長身から「もやし」ではなく「白アスパラ」と呼ぶ者もいるくらいだ。
 目鼻立ちは悪くない。
「いまいち残念というか、何かもったいないんだよね」
 独りごち、ユウミはバス停そばの入り口からトランプタワーに入る。「オープン・ザ・ゲーム」で目当てのカードを手に入れたらちょっとだけ他のカードを探って、それからマリーズカフェに向かうつもりだった。
 エントランスでユウミは足を止める。
 売り場案内や商品広告と並んで一枚のポスターが貼られていた。二人の若い男たちが互いに睨み合うように対峙して身構えている。左手には五枚のカード。二人の後ろにはアイドル然とした少女たちがさながら騎士に身を守ってもらう姫のように不安そうな面持ちで男たちを見守っていた。
 どうやら今日の十一時と十五時に「エンカウントモンスターズ」のエキシビジョンマッチをこのトランプタワーの特設会場で行うようだ。
 四人とも見覚えのある顔であった。全員プロエンカウンターで、テレビで試合を中継されたことのある人たちだ。
「あ、ツグミさんもいるんだ」
 ポスターの下部に記された他の対戦予定に知った名前を見つける。半年くらい前からテレビでも見かけるようになった新人プロエンカウンターだ。どうやら現役の大学生らしいがプロフィールはほとんど明かされていない。鳥をイメージしたマスクをつけていて素顔はわからないがかえってそこを「ミステリアスで素敵!」と評価するファンも多かった。
 ミックス・エクストラ・ゲートの全ての特殊モンスターを操り、ときにはベテランのプロエンカウンターを圧倒するプレイスタイルはユウミも一目置いている。
 そっかぁ、ツグミさんも出るんだ。見たいなぁ。
 しかし残念ながらそんな余裕はない。
「エンカウントモンスターズ」の資格検定試験の勉強をするためにマリーズカフェで集まろうと呼びかけたのは他ならぬ自分なのだ。
 ぽりぽりと頭をかく。
「ま、どっちにしても遅刻しちゃうんだけどね……」
 でも、前から探していたカードだけに一国も早く入手したかった。
 ハルキとスズメちゃんには少しだけ待っていてもらおう。
 一応、二人には用事があるので遅刻すると伝えていた。
 だからといってエキシビジョンマッチを見に行ったりはしないが。
 そこまで図々しくない。
 回転ドアを抜けて奥に進むといきなり声をかけられた。
「あの、すみません」
 ゆるふわの黒髪の女性だった。
 優しそうな目に小さな鼻と口、ほんのりと赤く塗られた唇が妙に艶っぽい。身長は170センチほどか。すらりとしていて着ているクリーム色のスーツと相まって凜々しさを感じさせた。片手にスマホを持ち、やや不安げに問いかけてくる。
「外で男の人を見かけませんでしたか? 背丈は185センチくらいで、痩せていてたぶん真っ黒なパーカーを羽織っているはずなんですけど」
 そんな人……いたっけ?
「ええっと、いなかったと思いますけど。それにあたし、バス停から直でここに来たから……」
「あ、それじゃわかりませんよね」
 女性は頭を下げた。
「お時間取らせてすみませんでした。それじゃ、失礼します」
「はぁ……」
「全くもう、つーくんたらどこに消えたんだか」
 ぶつぶつとつぶやきながら女性が回転ドアを抜けていく。
 ユウミは何となく気になってそれを見ていたが、すぐにはっとして歩を進めた。
 ぼんやりしていたらダメだ。
 カードを物色する時間が減っちゃう。

 ★★★

「オープン・ザ・ゲーム」はトランプタワーの三階にある。
 エスカレーターを降り、百円ショップを横目に通路を歩いた先にお店はあった。白アスパラな店長に挨拶して目的のカードを購入するとユウミはスマホで時間を確かめる。
 うん、やっぱり約束の時間は無理。
 とはいえ、せっかくここまで来たのだからちょーっとだけいいよね?
 そそくさとシングルカード(パック売りでなく一枚ずつ売られている)の売り場へと向かう。ショーケースの中は宝石箱……ではなくたくさんのカードが並べられていた。値段はまちまちだが、パックで買うよりはずっと高い。レアリティのあるものほど高値に設定されている。無論この中にアルカナカードなどあるはずもなかった。
「うーん、ビッグバード系のカードはあんまりないなぁ」
 ユウミが眺めていると隣の痩せた若い男が嘆息した。
 180……いや185センチはあろう高身長である。血色の良い肌に亜麻色で耳を隠すほどの長髪。意志の強そうな太い眉が印象的だ。
 顔はまあまあ。書くパーツの配置は悪くない。美男子かと問われれば返答しにくいが不細工かというと違うと言える。
 緑色のシャツに真っ黒なパーカーとジーンズ、赤いラインのある紺色のスニーカーといったいでたちだった。
 ん?
 心に引っかかるものを感じたがその正体の不明瞭さに追求を諦める。
「『エクストラフォース』が九千円て、そりゃ高いだろ」
 誰に言うとでもなく男が文句をたれる。
「あ、ハミングバード・バーミリオンインコがあるじゃん。これ、あいつにやったら喜ぶかな。ホワイトデーのプレゼント遅れた穴埋めってことで」
 どうやらエンカウンターの彼女さんがいるようだ。
 ちょっとだけ微笑ましく思いながらユウミは目に付いた一枚を買うことにする。
 松戸店長に頼んでガラスケースを開けてもらい、そちらも精算した。
 店内にある対戦ブースでユウミは新しく加えた二枚とこれまで愛用してきたカードを「ごめんね」と胸の内で謝りつつ入れ替えた。
 
 
 
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