第18話 フクロウの名はクゥ、そして……
文字数 2,570文字
ソードマジシャンがサキにとどめを刺してすぐ、パトカーのサイレンが近づいてきた。
ブーッと対戦の終了を知らせるブザーが鳴ると同時に一ノ瀬がフィールドの解除を待ちきれぬと言わんばかりの勢いで現れサキに駆け寄る。
サキに意識はあった。
二人は小声で言葉を交わし、何らかの決定を一ノ瀬が受けたようである。素早くサキのデッキを回収するとその余裕もあったはずなのにユウミのデッキには目もくれずにサキを背負って逃げた。有田も倉石を伴ってその場を離れている。
公演にはユウミだけが取り残された。
……いや。
正しくはユウミと一羽である。
フィールドの機能は失われているからか目に見える形ではフクロウはいなかった。
だが、ユウミの心に語りかけてきたのはあのフクロウの声だ。
「さっきのが実力だなんて思わないでね」
「思ってないよ」
ユウミは自分の身に起きたことをぼんやりとだが理解していた。
「少なくとも、あたしは最強のエンカウンターじゃない」
「認めちゃうんだ」
「だって、本当のことだし」
「自分の力量を過信しないのはほめてあげる」
「それ、偉そうで何か嫌」
「一応、僕のほうが年上なんだけど」
「……あなた、何者なの?」
「『エンカウントモンスターズ』の世界で生きるフクロウ……これだと納得できないみたいだね」
ユウミはジト目で見えないフクロウがいるであろう虚空を見つめた。
「モンスターとかじゃないんでしょ。どちらかというと初心者向けのナビみたいな」
「あはは、ナビは酷いな」
「で、何者なの?」
「アルカナシステムに取り込まれた天才」
「……ふざけてるの?」
「じゃあ、エンカウントモンスターズの精霊」
「真面目に聞いてるんだけど」
「うーむ」
ばさばさと翼を羽ばたかせる音がした。
「君は新堂ユウジロウ……いや、君のおじいさんから何も教えてもらっていないんだね」
「何持って何を?」
「ユウジロウらしいといえばらしいかな。でも、結局ライトニングマジシャンを君に託した」
「言ってることがわからないんだけど」
「はっきり言えるのは、あのカードは世界に一枚しかないってこと」
「え?」
「シークレットウルトラレアの中でもさらに特別ってことさ」
ユウミは数秒、息を忘れた。
そんな大事なカードをどうして?
パトカーのサイレンが間近で止まる。
公演の入口付近で赤色灯が回っていた。
またもバサバサ。
「あ、ちょっと!」
「続きはユウジロウに聞くといいよ」
見えないフクロウが飛び去ろうとしている。
ユウミにはそう思えた。
「まって、、まだお母さんの話が……」
「僕の名前はクゥ……」
ユウミの呼び止めも虚しくクゥが消えた。
★★★
誰かがサキたちのことを通報したらしい。
ユウミは警察に保護された。
リュックの中身はもちろん、学生証やトランプグループの会員証も調べられた。
エンカウントモンスターズのプレイ年数が長いユウミの会員証の色は青。交通用ICカードにも似た形状だ。表面の右上にユウミの有する級のCの文字が記してある。
つまりユウミはC級資格者。
公式大会には出場できないがショップや個人の開催する非公式の退会においてシード権などの優遇措置が認められる。
アルカナシステムは対戦モードをオフィシャルにしていないと対戦内容が記録されない。
倉石やサキとの戦いはオフィシャルではなかった。よってあの二人とのエンカウントはアルカナシステムに記録されていない。
当然二連勝にもかかわらずユウミの戦績には何も残らなかった。
……でも、あの二人とのエンカウントは半分あたしじゃなかったし。
「ダブルアンドハーフ」や「カテゴリーチェンジ」のカードをドローしたときの銀色の光。
自分ではありえない冷静な対処。
何よりも……。
「最強のエンカウンターはゲームを支配する……かぁ」
声に出すと恥ずかしくなってくる。
あんなセリフを自分の口から発しただなんて信じられない。
戦いの記憶そのものはあった。
倉石戦はもちろんサキ戦もちゃんと憶えている。
ただ、実感は薄い。
特にサキ戦の終盤はまるで別の誰かがエンカウントしているのをすぐそばで見ていた……そんな感じに近い。
あれは何だったのだろう?
もやもやしていた。
けど、なぜか懐かしさもあった。
感覚として懐かしい匂いというか温もりがあった。
あれは何なのだろう?
何なのだろう?
何なのだろう……?
ユウミがいる部屋のドアがノックされた。返事もしないうちにドアが開かれる。
制服姿の女性警官と見知らぬ男が入ってきた。
女性警官は二十代半ばくらい。セミロングの黒髪が照明によって艶やかな天使の輪を浮かべている。顔はまあまあ。背は隣の男より少し低い。
男のほうは見た目四十代から五十代。身長は180前後。ハルキとどちらが大きいだろう。
白いワイシャツに濃い灰色のネクタイ、ダークブラウンのスーツといった服装だ。一目で安物でないとユウミにもわかった。
男が厳しそうな表情でこちらを凝視している。顔立ちはアジア人のそれで端正ではあるが、日本人でないと思えた。
「君、席を外してもらえるか?」
男がそう言うが「規則ですから」とやんわりと断られる。
男の顔が険しくなったが、すぐにあきらめたように息をついた。
男が質問する。
「渡瀬の娘とエンカウントしたのは君だな」
「え……と」
アスカの顔と名前を思い出すのに時間がかかった。
「……はい」
「君が新堂先生の……ふむ」
「あの、おじいちゃんの知り合いですか」
「そうだな、向こうはどう思っているか知らないが」
肩をすくめる。
耳まで伸びた黒髪が照明の光でかすかに輝く。
口の端がわずかに緩んだ。
「えと、てっきりおじいちゃんが来るとばかり」
「もちろん新堂先生にも連絡をしてある。だが、彼より前に君と話をしておきたかった」
そこで男はスーツの内に手を入れ名刺入れを取り出すとそこから一枚抜いて残りを内ポケットに戻した。
「私は雲成キム(くもなり・きむ)、エンカウンター管理委員会の委員長をしている」
「え?」
間の抜けた声が出てしまった。
ブーッと対戦の終了を知らせるブザーが鳴ると同時に一ノ瀬がフィールドの解除を待ちきれぬと言わんばかりの勢いで現れサキに駆け寄る。
サキに意識はあった。
二人は小声で言葉を交わし、何らかの決定を一ノ瀬が受けたようである。素早くサキのデッキを回収するとその余裕もあったはずなのにユウミのデッキには目もくれずにサキを背負って逃げた。有田も倉石を伴ってその場を離れている。
公演にはユウミだけが取り残された。
……いや。
正しくはユウミと一羽である。
フィールドの機能は失われているからか目に見える形ではフクロウはいなかった。
だが、ユウミの心に語りかけてきたのはあのフクロウの声だ。
「さっきのが実力だなんて思わないでね」
「思ってないよ」
ユウミは自分の身に起きたことをぼんやりとだが理解していた。
「少なくとも、あたしは最強のエンカウンターじゃない」
「認めちゃうんだ」
「だって、本当のことだし」
「自分の力量を過信しないのはほめてあげる」
「それ、偉そうで何か嫌」
「一応、僕のほうが年上なんだけど」
「……あなた、何者なの?」
「『エンカウントモンスターズ』の世界で生きるフクロウ……これだと納得できないみたいだね」
ユウミはジト目で見えないフクロウがいるであろう虚空を見つめた。
「モンスターとかじゃないんでしょ。どちらかというと初心者向けのナビみたいな」
「あはは、ナビは酷いな」
「で、何者なの?」
「アルカナシステムに取り込まれた天才」
「……ふざけてるの?」
「じゃあ、エンカウントモンスターズの精霊」
「真面目に聞いてるんだけど」
「うーむ」
ばさばさと翼を羽ばたかせる音がした。
「君は新堂ユウジロウ……いや、君のおじいさんから何も教えてもらっていないんだね」
「何持って何を?」
「ユウジロウらしいといえばらしいかな。でも、結局ライトニングマジシャンを君に託した」
「言ってることがわからないんだけど」
「はっきり言えるのは、あのカードは世界に一枚しかないってこと」
「え?」
「シークレットウルトラレアの中でもさらに特別ってことさ」
ユウミは数秒、息を忘れた。
そんな大事なカードをどうして?
パトカーのサイレンが間近で止まる。
公演の入口付近で赤色灯が回っていた。
またもバサバサ。
「あ、ちょっと!」
「続きはユウジロウに聞くといいよ」
見えないフクロウが飛び去ろうとしている。
ユウミにはそう思えた。
「まって、、まだお母さんの話が……」
「僕の名前はクゥ……」
ユウミの呼び止めも虚しくクゥが消えた。
★★★
誰かがサキたちのことを通報したらしい。
ユウミは警察に保護された。
リュックの中身はもちろん、学生証やトランプグループの会員証も調べられた。
エンカウントモンスターズのプレイ年数が長いユウミの会員証の色は青。交通用ICカードにも似た形状だ。表面の右上にユウミの有する級のCの文字が記してある。
つまりユウミはC級資格者。
公式大会には出場できないがショップや個人の開催する非公式の退会においてシード権などの優遇措置が認められる。
アルカナシステムは対戦モードをオフィシャルにしていないと対戦内容が記録されない。
倉石やサキとの戦いはオフィシャルではなかった。よってあの二人とのエンカウントはアルカナシステムに記録されていない。
当然二連勝にもかかわらずユウミの戦績には何も残らなかった。
……でも、あの二人とのエンカウントは半分あたしじゃなかったし。
「ダブルアンドハーフ」や「カテゴリーチェンジ」のカードをドローしたときの銀色の光。
自分ではありえない冷静な対処。
何よりも……。
「最強のエンカウンターはゲームを支配する……かぁ」
声に出すと恥ずかしくなってくる。
あんなセリフを自分の口から発しただなんて信じられない。
戦いの記憶そのものはあった。
倉石戦はもちろんサキ戦もちゃんと憶えている。
ただ、実感は薄い。
特にサキ戦の終盤はまるで別の誰かがエンカウントしているのをすぐそばで見ていた……そんな感じに近い。
あれは何だったのだろう?
もやもやしていた。
けど、なぜか懐かしさもあった。
感覚として懐かしい匂いというか温もりがあった。
あれは何なのだろう?
何なのだろう?
何なのだろう……?
ユウミがいる部屋のドアがノックされた。返事もしないうちにドアが開かれる。
制服姿の女性警官と見知らぬ男が入ってきた。
女性警官は二十代半ばくらい。セミロングの黒髪が照明によって艶やかな天使の輪を浮かべている。顔はまあまあ。背は隣の男より少し低い。
男のほうは見た目四十代から五十代。身長は180前後。ハルキとどちらが大きいだろう。
白いワイシャツに濃い灰色のネクタイ、ダークブラウンのスーツといった服装だ。一目で安物でないとユウミにもわかった。
男が厳しそうな表情でこちらを凝視している。顔立ちはアジア人のそれで端正ではあるが、日本人でないと思えた。
「君、席を外してもらえるか?」
男がそう言うが「規則ですから」とやんわりと断られる。
男の顔が険しくなったが、すぐにあきらめたように息をついた。
男が質問する。
「渡瀬の娘とエンカウントしたのは君だな」
「え……と」
アスカの顔と名前を思い出すのに時間がかかった。
「……はい」
「君が新堂先生の……ふむ」
「あの、おじいちゃんの知り合いですか」
「そうだな、向こうはどう思っているか知らないが」
肩をすくめる。
耳まで伸びた黒髪が照明の光でかすかに輝く。
口の端がわずかに緩んだ。
「えと、てっきりおじいちゃんが来るとばかり」
「もちろん新堂先生にも連絡をしてある。だが、彼より前に君と話をしておきたかった」
そこで男はスーツの内に手を入れ名刺入れを取り出すとそこから一枚抜いて残りを内ポケットに戻した。
「私は雲成キム(くもなり・きむ)、エンカウンター管理委員会の委員長をしている」
「え?」
間の抜けた声が出てしまった。