第39話 フクロウはアルカナシステムの中で語る
文字数 2,898文字
夜。
ユウミは自分の部屋にいた。
ユウジロウは用事があって外出している。遅くなるからとスマホにメッセージが入っていたからユウミはレトルトで夕食を済ませていた。
今、彼女は簡易バーチャル端末を用いてアルカナシステムにアクセスしようとしている。
一人でも「エンカウントモンスターズ」をプレイできる簡素な装置だ。専用のゴーグルとグローブを着用し、家庭用端末にセットすれば部屋に居ながらにしてエンカウントをすることができる。アルカナシステムによって国内だけでなく海外のエンカウンターとも対戦できるし、数百種類のバーチャルキャラクター(つまりAI)とも戦うことができた。
もちろんここでの対戦も一定の条件を満たしていれば戦績として記録可能だ。
「でも、やっぱり実戦のほうが面白いんだよね」
独りごち、アルカナシステムに没入する。
視界が真っ暗になり、数秒ほどで一気に景色が変わった。
まるで宇宙にでも投げ出されてしまったかのような浮遊感。
無数の光が星々の如くきらめいていた。ときおり流れていく光の筋はさながら流れ星だ。
ユウミは右手で虚空に四角を描いた。
つツーッと光の線がなぞるように続き、そこにコンソールが現れる。
自分のアカウントとパスワードを入力した。
慣れた手つきで手続きを済ませると彼女は練習用のエンカウントスペースに進む。
広くて無機質な部屋に真っ白な床と壁。黄色く光るラインはいつでもエンカウントを開始してもいいといった具合にスタンバイ状態になっていた。いつもなら対戦相手を選んでバトルしていただろう。
が、今夜の目的はエンカウントではない。
そして、待つまでもなかった。
通常ならバーチャルキャラクターまたは対戦相手がいるはずの場所に、もはやお馴染みとなりつつあったフクロウが降り立っていた。
「クゥ」
「やぁ、ユウミ」
風間とのエンカウントのあとユウジロウはほとんど何も教えてくれなかったが一つだけ重要なことを話してくれていた。
それがクゥとのコンタクト方法だ。
なぜこのことを知っているのかは秘密とされたがそれもいつかはわかるかもしれない。とにかくユウミはこの数日間、毎日アクセスしてきたのだった。
コンタクト方法といっても毎回必ず会える訳ではないようだ。
今夜、このとき、ユウミはこのやり方で初めてクゥと接触できた。
「どうする? とりあえず一戦やっとく?」
軽い口調でクゥがたずねる。
ユウミは首を振った。
「それはまた別の機会に。それよりスズメちゃんに殴られて大丈夫だったの?」
「あ、それね」
フクロウが笑った……ような気がした。
「あれには参ったよ。まさか殴られるとは思わなかったし」
「痛い、の?」
「そりゃ、痛みは感じるよ」
感じるんだ……とユウミは胸の中でつぶやく。
「でも、どうしてあたしのときみたいに触れずにしようとしなかったの? カードハンターとやったときにはできたじゃない」
「あれはまだ君と波長が合っていたから」
クゥが応え、翼を広げた。
「けど、『魔術師(マジシャン)』のカードのせいもあるんだけど君の波長は変化してきている。たとえるなら体質が変わったためにこれまで効いていた薬が効きにくくなってきたみたいな感じかな」
それで風見戦では直接触れてきたのか。
「じゃあ、スズメちゃんは?」
「僕のこと見えていたけど、波長がちょっと異なっていたからたぶん……」
「たぶん?」
「いや、ここで言うのはやめておく。まだ確証もないし」
どういうことか、と疑問符が浮かぶが追求しても応えないだろうと一旦脇に置く。
質問を変えた。
「なら、サツキちゃんは? 彼女はどうにかできなかったの?」
「あれは無理」
即答された。
「彼女にはプルーパ……つまり『女教皇(ハイプリエステス)』がついていたし。あの状態で僕が何かをするなんて不可能だ」
「そもそも波長って何なの?」
「強いて言えば相性かな」
相性?
何ともぼんやりとした応えにユウミは首を傾げる。これだと他のカードにも合う合わないがあるみたいだ。
聞いてみた。
「他のカードにも相性があるの?」
「それは『物語』にもよるかな」
そういえば暦姉妹戦でも『物語』がどうのと言っていたっけ。
「あたしのカードにも『物語』があるの?」
「『魔術師』にもあるよ。もちろんあるとも」
クゥがバサッと翼を動かす。
「『魔術師』だけでなく全てのモンスターカードには』物語』が存在する。アルカナカードは特に物語性があるんだ。二十二種類のカードを揃えることで一つの『物語』が完成するようになっている」
「一つの『物語』って……」
「その中では互いに協力したり敵対したり師匠だったり弟子だったり……いろんな関係が存在する。この関係性はカードの所有者との相性にも反映しているよ」
となるとひょっとしてサツキとも相性が悪いのだろうか。
ユウミの顔に出たのかクゥが申し訳なさそうに告げた。
「残念だけど所有者にも影響が出ると思ったほうがいいね。あの『女教皇』の娘と仲良くしたかったかもしれないけど」
「そ、そうなんだ……」
少なからずショックを受けた。
けど、きっと何とかなるよね。
クゥが続ける。
「『魔術師』と相性が良いのは『隠者(ハーミット)』と『愚者(フール)』かな」
少し考える素振りをし、付け足した。
「あと』恋人(ラバーズ)』もそうかな、他にもなくはないけどちょっと微妙」
「何だか『魔術師』ってお友だちが少なそう」
「あ、絶対相性が悪いのは』女帝(エンプレス)』と『悪魔(デビル)』だから気をつけて」
「それこの先必ず遭遇するってフラグ立ててない?」
嫌な予感しかしなかった。
うん。
そのカードの所有者と戦わずに済むことを祈ろう。
「さて」
クゥが飛び上がった。
「そろそろおしゃべりはやめにしようか。あいつにここにいることがばれたらまずいし」
「あいつ?」
「ユウミ、『魔術師』のカードを守るんだ……あいつに渡してはいけない」
「だから、あいつって誰?」
問いかけるユウミの頭の上をクゥが旋回した。
「あいつは……自分の欲望のために全てのアルカナカードを集めようとしている」
どこかへ飛び去ろうとするクゥにユウミは呼び止めた。
「待って、ちゃんと質問に答えてよ! それにまだお母さんのこと聞いてない!」
「君のアルカナカードは必ずユウカと再会させてくれる……」
「クゥ!」
フクロウがいなくなった。
ユウミはアルカナシステムへのアクセスをやめ、ゴーグルとグローブを外す。いつもの自分の部屋だが何となく落ち着かなかった。きっとクゥとの対話のせいに違いない。
端末にセットしたデッキを取り、ライトニングマジシャンのカードを抜いた。
じっと見つめる。
このカードがいつかお母さんに会わせてくれるのだろうか。
今はクゥの言葉を信じたい。
「お母さん……」
ユウミはそっとカードにささやき、自分の胸に抱いた。
ユウミは自分の部屋にいた。
ユウジロウは用事があって外出している。遅くなるからとスマホにメッセージが入っていたからユウミはレトルトで夕食を済ませていた。
今、彼女は簡易バーチャル端末を用いてアルカナシステムにアクセスしようとしている。
一人でも「エンカウントモンスターズ」をプレイできる簡素な装置だ。専用のゴーグルとグローブを着用し、家庭用端末にセットすれば部屋に居ながらにしてエンカウントをすることができる。アルカナシステムによって国内だけでなく海外のエンカウンターとも対戦できるし、数百種類のバーチャルキャラクター(つまりAI)とも戦うことができた。
もちろんここでの対戦も一定の条件を満たしていれば戦績として記録可能だ。
「でも、やっぱり実戦のほうが面白いんだよね」
独りごち、アルカナシステムに没入する。
視界が真っ暗になり、数秒ほどで一気に景色が変わった。
まるで宇宙にでも投げ出されてしまったかのような浮遊感。
無数の光が星々の如くきらめいていた。ときおり流れていく光の筋はさながら流れ星だ。
ユウミは右手で虚空に四角を描いた。
つツーッと光の線がなぞるように続き、そこにコンソールが現れる。
自分のアカウントとパスワードを入力した。
慣れた手つきで手続きを済ませると彼女は練習用のエンカウントスペースに進む。
広くて無機質な部屋に真っ白な床と壁。黄色く光るラインはいつでもエンカウントを開始してもいいといった具合にスタンバイ状態になっていた。いつもなら対戦相手を選んでバトルしていただろう。
が、今夜の目的はエンカウントではない。
そして、待つまでもなかった。
通常ならバーチャルキャラクターまたは対戦相手がいるはずの場所に、もはやお馴染みとなりつつあったフクロウが降り立っていた。
「クゥ」
「やぁ、ユウミ」
風間とのエンカウントのあとユウジロウはほとんど何も教えてくれなかったが一つだけ重要なことを話してくれていた。
それがクゥとのコンタクト方法だ。
なぜこのことを知っているのかは秘密とされたがそれもいつかはわかるかもしれない。とにかくユウミはこの数日間、毎日アクセスしてきたのだった。
コンタクト方法といっても毎回必ず会える訳ではないようだ。
今夜、このとき、ユウミはこのやり方で初めてクゥと接触できた。
「どうする? とりあえず一戦やっとく?」
軽い口調でクゥがたずねる。
ユウミは首を振った。
「それはまた別の機会に。それよりスズメちゃんに殴られて大丈夫だったの?」
「あ、それね」
フクロウが笑った……ような気がした。
「あれには参ったよ。まさか殴られるとは思わなかったし」
「痛い、の?」
「そりゃ、痛みは感じるよ」
感じるんだ……とユウミは胸の中でつぶやく。
「でも、どうしてあたしのときみたいに触れずにしようとしなかったの? カードハンターとやったときにはできたじゃない」
「あれはまだ君と波長が合っていたから」
クゥが応え、翼を広げた。
「けど、『魔術師(マジシャン)』のカードのせいもあるんだけど君の波長は変化してきている。たとえるなら体質が変わったためにこれまで効いていた薬が効きにくくなってきたみたいな感じかな」
それで風見戦では直接触れてきたのか。
「じゃあ、スズメちゃんは?」
「僕のこと見えていたけど、波長がちょっと異なっていたからたぶん……」
「たぶん?」
「いや、ここで言うのはやめておく。まだ確証もないし」
どういうことか、と疑問符が浮かぶが追求しても応えないだろうと一旦脇に置く。
質問を変えた。
「なら、サツキちゃんは? 彼女はどうにかできなかったの?」
「あれは無理」
即答された。
「彼女にはプルーパ……つまり『女教皇(ハイプリエステス)』がついていたし。あの状態で僕が何かをするなんて不可能だ」
「そもそも波長って何なの?」
「強いて言えば相性かな」
相性?
何ともぼんやりとした応えにユウミは首を傾げる。これだと他のカードにも合う合わないがあるみたいだ。
聞いてみた。
「他のカードにも相性があるの?」
「それは『物語』にもよるかな」
そういえば暦姉妹戦でも『物語』がどうのと言っていたっけ。
「あたしのカードにも『物語』があるの?」
「『魔術師』にもあるよ。もちろんあるとも」
クゥがバサッと翼を動かす。
「『魔術師』だけでなく全てのモンスターカードには』物語』が存在する。アルカナカードは特に物語性があるんだ。二十二種類のカードを揃えることで一つの『物語』が完成するようになっている」
「一つの『物語』って……」
「その中では互いに協力したり敵対したり師匠だったり弟子だったり……いろんな関係が存在する。この関係性はカードの所有者との相性にも反映しているよ」
となるとひょっとしてサツキとも相性が悪いのだろうか。
ユウミの顔に出たのかクゥが申し訳なさそうに告げた。
「残念だけど所有者にも影響が出ると思ったほうがいいね。あの『女教皇』の娘と仲良くしたかったかもしれないけど」
「そ、そうなんだ……」
少なからずショックを受けた。
けど、きっと何とかなるよね。
クゥが続ける。
「『魔術師』と相性が良いのは『隠者(ハーミット)』と『愚者(フール)』かな」
少し考える素振りをし、付け足した。
「あと』恋人(ラバーズ)』もそうかな、他にもなくはないけどちょっと微妙」
「何だか『魔術師』ってお友だちが少なそう」
「あ、絶対相性が悪いのは』女帝(エンプレス)』と『悪魔(デビル)』だから気をつけて」
「それこの先必ず遭遇するってフラグ立ててない?」
嫌な予感しかしなかった。
うん。
そのカードの所有者と戦わずに済むことを祈ろう。
「さて」
クゥが飛び上がった。
「そろそろおしゃべりはやめにしようか。あいつにここにいることがばれたらまずいし」
「あいつ?」
「ユウミ、『魔術師』のカードを守るんだ……あいつに渡してはいけない」
「だから、あいつって誰?」
問いかけるユウミの頭の上をクゥが旋回した。
「あいつは……自分の欲望のために全てのアルカナカードを集めようとしている」
どこかへ飛び去ろうとするクゥにユウミは呼び止めた。
「待って、ちゃんと質問に答えてよ! それにまだお母さんのこと聞いてない!」
「君のアルカナカードは必ずユウカと再会させてくれる……」
「クゥ!」
フクロウがいなくなった。
ユウミはアルカナシステムへのアクセスをやめ、ゴーグルとグローブを外す。いつもの自分の部屋だが何となく落ち着かなかった。きっとクゥとの対話のせいに違いない。
端末にセットしたデッキを取り、ライトニングマジシャンのカードを抜いた。
じっと見つめる。
このカードがいつかお母さんに会わせてくれるのだろうか。
今はクゥの言葉を信じたい。
「お母さん……」
ユウミはそっとカードにささやき、自分の胸に抱いた。