第16話 最強のエンカウンターはゲームを支配する

文字数 2,631文字

 ユウミの前に灰色のローブととんがり帽子を身につけた男が現れた。
 髪は白く、とんがり帽子から少しはみ出ている。
 手には野球のボールをさらに一回り大きくしたサイズの水晶玉。
 身体の横にある数値は1000。
 だが、このモンスターの力は攻撃力にあらず。
「テレポートマジシャンのスキル発動! デッキの一番上から三枚をリンボに送り、相手モンスター一体をゲームから除外する!」
「えっ!」
 サキが目を見開くがすでにユウミは宣言した後だ。
 ぶうん、とマドンナの姿が空間ごと揺れた。
 マドンナを中心として次元を転移させるのだ。
 しかし……。
「なーんてね」
 言ってサキがスキルを発動させる。
「リンボにあるマテリアルガールズ・レスキューのスキル発動! 自分フィールドのマテリアルガールズモンスターがゲームから除外されるとき、その効果を無効にし、さらに相手プレイヤーに1000のダメージを与える!」
「なっ」
 マドンナへの影響が消え、ユウミにダメージがいく。
 残り生命力は2200。
 期待していた手が失敗に終わり、ユウミは別の方法を考え始める。
『ガールズルール』のせいでカテゴリー2のテレポートマジシャンに相討ち覚悟で戦わせることもできない。
 マドンナは今度のターンで攻撃力2000だ。
 テレポートマジシャンを狙ってくるだろう。そうなれば1000のダメージは免れない。
 ユウミは再び手札を見る。
 ここで有効なカードはなかった。
 ……次のターンまで繋げるしかない。
「あたしはこれで……」
 バサッと羽ばたく音が聞こえた。
 え?
 ユウミは思わずその音の方に顔を向ける。
 ブランコの天辺にフクロウが舞い降りた。
 倉石とのエンカウントの最中に見かけたフクロウだ。
「……」
「何をよそ見してるの?」
 サキの声にユウミは向き直る。
「あなたあれが見えないの?」
 不思議そうに。
「言ってる意味がわからないよ、お姉ちゃん」
 首を傾げるサキにユウミは見えていないのだと判じた。
 ということは自分にしか見えていない?
「できることがないなら、おかしな時間稼ぎをするのはやめてさっさとターンエンドしてね」
 表情はにこやかなのに声には苛立ちが混ざっている。
 ユウミは一つ息をつき、言った。
「あたしはこれでターンエンド」
 すぐにサキが手を突き上げた。
「私のターン!」
 手に宿ったカードを握ったままサキが言う。
「スキルによりマドンナの攻撃力は二倍になる!」
 マドンナの攻撃力が1000から2000になった。
 ……次のターンで4000、さらに次は8000。
 ユウミは唇を噛んだ。
 どうにかしないと本当に対処できなくなる。
 サキがカードを放った。
「魔法カード『パワーダウン』を発動! デッキの一番上からカードを二枚リンボに送り、相手フィールドのモンスター一体の攻撃力を半分にする!」
「くっ」
「じゃあ、テレポートマジシャンを選ぼうかな、そのスキルは厄介だし」
 選択されテレポートマジシャンが緑色の光に包まれる。横の数値も赤く変色した。
 500。
 フフンとサキが機嫌良く胸を張る。次の行動はユウミにも予測できた。
「今よッ! マドンナでテレポートマジシャンを攻撃!」
 鞭がしなり、テレポートマジシャンを打撃する。
 一方的だった。
 ユウミは1500の生命力を失った。
 残り生命力は700。
 「私の価値ね!」
 サキが早くも勝利宣言する。
 ユウミはタイミングをうかがった。
 ちらとリンボに目をやる。
 サキが自分のリンボを指さす。
「マテリアルガールズ・リプレイのスキル発動! このカードがリンボにあるときに相手に戦闘ダメージを与えた場合、同じ数値のダメージを与える!」
 やばいっ!
 ユウミはすかさず対抗する。
「魔法カード『天使のわがまま』を発動!! あたしの生命力が0になる攻撃および魔法・スキルを無効にする!」
 これは危険な賭けだ。
 もしこれ以上の攻勢をかけられたら守る術がない。
 ユウミはごくりと唾を飲む。
 スキルを無効かされ、サキの顔が少し曇る。しかし、それだけだった。
 つまらなそうにサキが頭を振る。
 縦ロールが優雅に踊った。
「ま、いいわ。どのみちお姉ちゃんにマドンナを倒せないし……これでターンエンドよ」
 ここでどうにかしないと……。
 ユウミは前のターンで引いた『ミックス』を見ながら思った。
 ライトニングマジシャンを呼び出すことは可能だ。
 だが、今のままではカテゴリー4のライトニングマジシャンを戦わせることができない。
 ガールズルールの効果がある限り、どうすることもできないのだ。
 頼みの綱のテレポートマジシャンもすでにフィールドにない。もう一つのスキル(手札を一枚捨て、ゲームから除外されたモンスター一体をフィールドに特殊召喚する)ではマドンナを除外することもできない。
 どうする。
 どうする……。
「ねぇ」
 いきなりフクロウに話し掛けられてしまった。
 ユウミはとりあえず聞こえなかったことにする。
「ねえってば」
「……」
「無視しないでよ」
「……気が散るから話しかけないで」
「ユウカならこんな局面難なく乗り越えたよ」
 思いがけない名を耳にし、ユウミははっとした。
 ユウカ。
 お母さん。
 プロの女性エンカウンターでありながら、ユウミがまだ幼いころに突如行方不明になった人。
 ユウミはたずねた。
「お母さんのこと知ってるの?」
「ユウカはいつでも君を見守っている」
「生きてるの? どこにいるの?」
「それは……」
「ちょっとお姉ちゃん」
 あからさまに咎める口調でサキが割りこんだ。
「さっきから何独り言を言ってるの? 私とちゃんと遊んでよ」
 フクロウが羽根を広げた。
 銀色の翼。
 大きくて立派な翼だ。
「忘れないで、ユウカは……」
 大声がフクロウの言葉に重なった。
「お姉ちゃんってば!」
 うるさい!
 ユウミはサキに向き直る。
 フクロウが飛び立ち、上空を羽ばたいた。
 ユウミの中で急に何か自分でもよくわからないもやもやを感じた。突然こんなところで母の名を聞いたから無意識のうちに動揺したのだろうか。
 自然と口をついた。
「最強のエンカウンターはゲームを支配する!」
 右手を上げた。
「あたしのターン!」
 
 
 
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