第27話 少女は友人を試験に巻き込む
文字数 2,596文字
「あたしプロになる!」
風見との対戦の数日後。
いつものように学校近くの喫茶店「マリーズカフェ」に来ていた新堂ユウミ(しんどう・ゆうみ)は幼馴染みの桂ハルキ(かつら・はるき)と友人の小松スズメ(こまつ・すずめ)の前で宣言した。
持っていた飲みかけのアイスキャラメルラテをどんっ! とテーブルに叩きつける。
フタにストローを刺しているからこぼれる心配もなかったし、コップもプラ容器だから割れるなんて微塵も思わなかった。
その場の勢いというかノリでちょっとした演出をしてみたのだが、どうやら目の前に並んで座る二人には今一つ受けが良くなかったようだ。
ハルキとスズメが目を合わせた。
どうする、この娘?
どうするって……どうしよう。
そんな声が聞こえそうで、ユウミは内心「やっちゃった」と後悔しつつもこのまま突き進むことにした。
こういうのは弱気になったら負けだ。
ユウミはさらに続けた。
「そのためにも来月の検定試験の勉強をしなくちゃいけないの」
「プロになるためにはS級にならないといけないよ」
と、ハルキが微笑みながらいう。
見慣れているとはいえ、その顔がイケてるのは認めざるを得ない。彼の隣でスズメがうっとりしているのをユウミはやむなしと判じた。
数秒してからスズメが何かを思い出したかのようにたずねてくる。
「ユウミ、あんた何級なの?」
ナイスな質問だ。
「えっとね」
ユウミは隣の椅子に置いてあった焦げ茶色のリュックを膝の上に移す。
内ポケットに収めたトランプグループの会員証を取り出した。
形状は交通用ICカードに似ている。エンカウンター(「エンカウントモンスターズ」のプレイヤーを意味する)なら誰でもこれを所持していた。
プレイ年数が長く経験豊富なユウミの会員証の色は青。
ハルキの会員証も青だ。
まだまだ初心者のスズメは白い。
よく見えるように少し掲げると、ユウミは会員証の右上を指さした。
「見て見て、あたしC級なんだよ」
「へぇ、すごいのね」
スズメが感心する。
亜麻色のツインテールをいじりながらではあるがそれは素直に褒めるのが照れくさいからだろう。
その証拠に切れ長の目を細めて恥ずかしがっている。
もう、スズメちゃんってば照れ屋さんだなぁ。
そんなスズメを可愛いと思いつつ会員証をリュックに仕舞っているとハルキが言った。
「まあ、一年間のエンカウント(対戦)の勝率が五割の成績なら、自動的にC級になれるからね」
「そうなの?」
「そうだよ、スズメちゃん」
ユウミは浮かれていた自分を心の中で小突く。「エンカウントモンスターズ」をよく知らないスズメにちょっと自慢できたがハルキは自分と同じくらいベテランエンカウンターなのだ。C級が実は頑張り次第でどうにかなる級であることもバレバレだ。
とはいえ、ここは動揺を悟られぬよう振る舞わねば格好がつかない。
ユウミはできるだけ声を弾ませた。
「町のあちこちでエンカウントしたかいもあるってね。おかげで二回に一回は勝てるようになったし」
口に出してからこれはあんまり他人様に話すほどのことではないかもしれないと気づく。
だが、もう遅い。
案の定、ハルキにつっこまれた。
「とてもプロを目指す奴の成績じゃないよね」
さすがハルキ。
痛いところを……。
ユウミがメンタル的な耐久力にダメージを食らっているとスズメにも言われる。
「あんた私にも苦戦したものね」
「うっ」
「僕とやっても勝てないことのほうが多いし」
「ううっ」
ユウミは薄い胸を押さえて眉をしかめた。
ハルキが追い討ちをかけてくる。
「それにB級からは筆記試験もあるし、ユウミには厳しいかもね」
この攻撃でユウミの耐久力が0になった。
バタンとテーブルに突っ伏す。
ただし、迷惑になるとイケないので飲み物は避けた。
「うぅぅ……だから勉強しないといけないって言ったのにぃ」
「ごめんごめん」
笑いながらハルキがアイスブレンドコーヒーを手に持つ。
よく見るとスズメもアイスティーを確保していた。
「でも、実戦形式でなくペーパー試験ならどうにかなるんじゃない? あんたエンカウントモンスターズに明るいでしょ?」
「筆記試験はエンカウントモンスターズのことだけが出るわけじゃないよ」
「え? そうなの?」
「あくまでもプロに本気でなろうっていう人のための試験だからね。B級から公式大会に出られるようになるし。ある程度の一般常識が求められてくるんだよ」
「……桂くん、詳しいのね」
そう。
ハルキはこういうことに詳しい。
ひょっとすると自分よりもずっとプロに近い位置にいるのではないかとたまに思ってしまう程だ。
「まあ、僕も受けるし」
「桂くんもプロになりたいの?」
「プロになるかどうかまでは決めてないんだ。ただ、公式大会の出場資格はほしいかな」
にっこりと笑みを返すハルキにまた見とれてしまったのかスズメが黙ってしまう。
全くもう、ハルキったら。
そのキラースマイルで何人墜とすつもりなんだか。
ユウミが無言でぼやいていると、ハルキがスズメに声をかけた。
「小松さん?」
スズメがはっとする。
慌てた素振りで彼女は言った。
「な、何でもないの。みんなすごいなぁーって思っただけだから」
ピコン!
不意にユウミの頭の上に大きな豆電球が光る。
これはいいアイデアだと即断した。ユウミは身を起こしぐいっとテーブルに乗り出す。
「じゃあ、スズメちゃんも受けようよ!」
「へっ?」
「ねっ、ねっ、受けよ! そして三人で大会に出よっ!」
「あ、いや、だって、私は」
腰が引けてるスズメをユウミは逃がしたりしなかった。彼女はさらに畳みかける。
「いきなりB級からって人もいるから安心して。おじいちゃんなんてA級から始めたってよく自慢してるし」
「そ、そういう問題じゃ……そもそも私、大会とかに出るつもりは……」
「はい決定! 一緒にがんばろうね!」
ユウミはぱちぱちと拍手しスズメの受験を歓迎した。
それをあたたかな目でハルキが見守っている。いや、おそらくはこの状況を楽しんでいるのだろう。
こうしてユウミはスズメを試験に誘い……もとい巻き込んだのであった。
風見との対戦の数日後。
いつものように学校近くの喫茶店「マリーズカフェ」に来ていた新堂ユウミ(しんどう・ゆうみ)は幼馴染みの桂ハルキ(かつら・はるき)と友人の小松スズメ(こまつ・すずめ)の前で宣言した。
持っていた飲みかけのアイスキャラメルラテをどんっ! とテーブルに叩きつける。
フタにストローを刺しているからこぼれる心配もなかったし、コップもプラ容器だから割れるなんて微塵も思わなかった。
その場の勢いというかノリでちょっとした演出をしてみたのだが、どうやら目の前に並んで座る二人には今一つ受けが良くなかったようだ。
ハルキとスズメが目を合わせた。
どうする、この娘?
どうするって……どうしよう。
そんな声が聞こえそうで、ユウミは内心「やっちゃった」と後悔しつつもこのまま突き進むことにした。
こういうのは弱気になったら負けだ。
ユウミはさらに続けた。
「そのためにも来月の検定試験の勉強をしなくちゃいけないの」
「プロになるためにはS級にならないといけないよ」
と、ハルキが微笑みながらいう。
見慣れているとはいえ、その顔がイケてるのは認めざるを得ない。彼の隣でスズメがうっとりしているのをユウミはやむなしと判じた。
数秒してからスズメが何かを思い出したかのようにたずねてくる。
「ユウミ、あんた何級なの?」
ナイスな質問だ。
「えっとね」
ユウミは隣の椅子に置いてあった焦げ茶色のリュックを膝の上に移す。
内ポケットに収めたトランプグループの会員証を取り出した。
形状は交通用ICカードに似ている。エンカウンター(「エンカウントモンスターズ」のプレイヤーを意味する)なら誰でもこれを所持していた。
プレイ年数が長く経験豊富なユウミの会員証の色は青。
ハルキの会員証も青だ。
まだまだ初心者のスズメは白い。
よく見えるように少し掲げると、ユウミは会員証の右上を指さした。
「見て見て、あたしC級なんだよ」
「へぇ、すごいのね」
スズメが感心する。
亜麻色のツインテールをいじりながらではあるがそれは素直に褒めるのが照れくさいからだろう。
その証拠に切れ長の目を細めて恥ずかしがっている。
もう、スズメちゃんってば照れ屋さんだなぁ。
そんなスズメを可愛いと思いつつ会員証をリュックに仕舞っているとハルキが言った。
「まあ、一年間のエンカウント(対戦)の勝率が五割の成績なら、自動的にC級になれるからね」
「そうなの?」
「そうだよ、スズメちゃん」
ユウミは浮かれていた自分を心の中で小突く。「エンカウントモンスターズ」をよく知らないスズメにちょっと自慢できたがハルキは自分と同じくらいベテランエンカウンターなのだ。C級が実は頑張り次第でどうにかなる級であることもバレバレだ。
とはいえ、ここは動揺を悟られぬよう振る舞わねば格好がつかない。
ユウミはできるだけ声を弾ませた。
「町のあちこちでエンカウントしたかいもあるってね。おかげで二回に一回は勝てるようになったし」
口に出してからこれはあんまり他人様に話すほどのことではないかもしれないと気づく。
だが、もう遅い。
案の定、ハルキにつっこまれた。
「とてもプロを目指す奴の成績じゃないよね」
さすがハルキ。
痛いところを……。
ユウミがメンタル的な耐久力にダメージを食らっているとスズメにも言われる。
「あんた私にも苦戦したものね」
「うっ」
「僕とやっても勝てないことのほうが多いし」
「ううっ」
ユウミは薄い胸を押さえて眉をしかめた。
ハルキが追い討ちをかけてくる。
「それにB級からは筆記試験もあるし、ユウミには厳しいかもね」
この攻撃でユウミの耐久力が0になった。
バタンとテーブルに突っ伏す。
ただし、迷惑になるとイケないので飲み物は避けた。
「うぅぅ……だから勉強しないといけないって言ったのにぃ」
「ごめんごめん」
笑いながらハルキがアイスブレンドコーヒーを手に持つ。
よく見るとスズメもアイスティーを確保していた。
「でも、実戦形式でなくペーパー試験ならどうにかなるんじゃない? あんたエンカウントモンスターズに明るいでしょ?」
「筆記試験はエンカウントモンスターズのことだけが出るわけじゃないよ」
「え? そうなの?」
「あくまでもプロに本気でなろうっていう人のための試験だからね。B級から公式大会に出られるようになるし。ある程度の一般常識が求められてくるんだよ」
「……桂くん、詳しいのね」
そう。
ハルキはこういうことに詳しい。
ひょっとすると自分よりもずっとプロに近い位置にいるのではないかとたまに思ってしまう程だ。
「まあ、僕も受けるし」
「桂くんもプロになりたいの?」
「プロになるかどうかまでは決めてないんだ。ただ、公式大会の出場資格はほしいかな」
にっこりと笑みを返すハルキにまた見とれてしまったのかスズメが黙ってしまう。
全くもう、ハルキったら。
そのキラースマイルで何人墜とすつもりなんだか。
ユウミが無言でぼやいていると、ハルキがスズメに声をかけた。
「小松さん?」
スズメがはっとする。
慌てた素振りで彼女は言った。
「な、何でもないの。みんなすごいなぁーって思っただけだから」
ピコン!
不意にユウミの頭の上に大きな豆電球が光る。
これはいいアイデアだと即断した。ユウミは身を起こしぐいっとテーブルに乗り出す。
「じゃあ、スズメちゃんも受けようよ!」
「へっ?」
「ねっ、ねっ、受けよ! そして三人で大会に出よっ!」
「あ、いや、だって、私は」
腰が引けてるスズメをユウミは逃がしたりしなかった。彼女はさらに畳みかける。
「いきなりB級からって人もいるから安心して。おじいちゃんなんてA級から始めたってよく自慢してるし」
「そ、そういう問題じゃ……そもそも私、大会とかに出るつもりは……」
「はい決定! 一緒にがんばろうね!」
ユウミはぱちぱちと拍手しスズメの受験を歓迎した。
それをあたたかな目でハルキが見守っている。いや、おそらくはこの状況を楽しんでいるのだろう。
こうしてユウミはスズメを試験に誘い……もとい巻き込んだのであった。