第2話 その喧嘩はあたしが買う!

文字数 3,089文字

「ユウミ、お前は構わんでいい」
「え?」
「ワシが応対する。お前はいなくていい」
 それが外出予定のある自分を気遣ってのセリフであるとわかっているのにユウミは少しさびしくなった。
 ユウジロウが玄関ドアの鍵を外すと、訪問者たちが遠慮の欠片も感じられぬ態度で入ってきた。
「お久しぶりです、新堂先生」
「ほう、まだワシを先生と呼ぶか」
 先に声を発したのはスキンヘッドの男だ。
「何年経とうと先生は私の先生ですよ」
 低音の渋い声だ。
「おかげで今もこうして同じ道を歩んでいられます」
「あ、そういうのはいい」
 まだ話したそうなスキンヘッドの男をユウジロウが手を振って制する。
「渡瀬がここに来た理由も察しがつくのでな」
「なら話が早いです……」
「悪いが答えはノーじゃ」
「なぜです? こちらの条件はすでに書面で示した通りなんですよ。決して悪い話じゃない……むしろ」
「委員会の椅子にふんぞり返っているのは性に合わんのでな」
 まだ外出せずにいたユウミにユウジロウが言う。
「もたもたせんで早く出んか!」
「でも、おじいちゃん」
 ユウミは嫌な予感がしていた。しまくっていた。
 見るからに祖父の機嫌が損なわれていくのがわかる。詳しいことまでは不明だが、祖父のプロエンカウンターとしての立場に何らかの変化を求められているのだと理解できた。
 クスクスと笑う少女の声。
 ユウミは少女を見る。
 顔は結構可愛い。
 背はユウミより高かった。155センチくらいだろうか。年もそれほど変わらないような気がする。
「ごめんなさいね」
 少女が非礼をわびる。
「噂に聞く新堂ユウジロウ先生もすっかりお年を召されたんだと思ったら、つい」
 嫌な笑いだ、とユウミは判ずる。頭の中で少女の顔に大きなバッテンをつけた。祖父が年をとってしまったのは事実だが、ことさらそれを指摘されねばならぬいわれはない。
 ましてよく知りもしない相手に言われたくない。
 ユウミの視線に少女はさらににやついてみせる。
「あら、気に障ったかしら」
「……」
にらみつけてやった。
「アスカ、そのへんにしておけ」
 渡瀬がたしなめた。
 アスカと呼ばれた少女は「はいはい」と軽く受け流す。
 その上で……。
「せっかくですし、新堂先生にお手合わせ願えないかしら」
 ひどく挑発的な目でアスカが言う。
 ユウミは唇を噛んだ。この無礼極まりない女の口を黙らせたい。
 ユウジロウがゆっくりと首を振った。
「すまんな、私闘はせんのじゃ」
「怖いんですか」
「よせ、アスカ」
「もう何年もまともにエンカウントしてないと聞きましたわよ」
「やめろ」
 渡瀬の顔に平静さが残っている。だが、語気には怒りがこもっていた。と同時に羞恥の色を察することもできた。
 対してアスカはにやけ顔を崩さない。彼女は黒いワンピースのポケットに手を入れ、黒光りするデッキケースを取り出した。模様はなくシンプルなデザインだ。
「私のブラックサバンナデッキなら、十分にお楽しみいただけると思いますわよ」
「アスカ! いい加減に……」
「ならあたしが相手になる!」
 渡瀬が叱りかけたとき、ユウミは身を乗り出した。
 ユウジロウへのあからさまな挑発、特にいかにもバカにした物言いに我慢の限度に達していた。
 侮辱されるのは堪えられない。
 ユウミはアスカに指を突きつける。
「勝負よ!」
 戦いを挑まれてもアスカは眉一つ動かさない。
「……あなた、頭悪いでしょ?」
「なっ」
「それとも自信過剰かしら? すでにA級視覚を持つ私に本気で勝てるとでも?」
 ふむ、とユウジロウが息をつく。
「まだ小娘のくせに生意気じゃな」
「先生、申し訳ありません」
 度重なる連れの非礼に渡瀬が恐縮しきっていた。それでも、強引に止めようとはしない。表情から本心は読み取れなかった。
 ユウミはむすっとしたままリュックからデッキケースを取り出す。
 桜色の箱の中央に銀色のフクロウのイラストが描かれたケースだ。
 ユウミは再度挑んだ。
「勝負よ!」
「うーん、私が戦いたいのはあなたのおじいさんなんだけど」
「おじいちゃんがあんたみたいな奴とエンカウントするわけないでしょ!」
「ユウミ、もういい」
「だって……」
「それにこやつとエンカウントするヒマはなかろう。本当に遅刻するぞ」
「……わかった」
 ユウミは一つ大きく呼吸するとデッキをパンツのポケットにねじ込んだ。代わりにリュックからスマホを手にする。
 手早く短縮番号をタップした。
 相手が出るとユウミは告げる。
「ごめん、ちょっと遅れる。後で合流するから先に行ってて」
 ユウミは通話を切った。
 スマホをリュックに戻し、またデッキをつかむ。
 決心はついていた。
 すぐにでも戦える。
「……本気?」
 アスカの問いにユウミは答えた。
「当たり前でしょ」

 ★★★

「エンカウントモンスターズ」
 それは対戦型カードゲーム。
 そのプレイヤーを人は「エンカウンター」と呼ぶ……。

 ★★★

 ユウミたち四人は外に出ていた。
 ユウジロウの説得にユウミは応じなかった。渡瀬もアスカに謝罪させようとしたが無理だった。
 互いに引くことのできぬ若いエンカウンターに残された道はエンカウント(対戦)のみ。
 「うちの町のほとんどがアルカナシステムの管理下にあって助かるのぅ」
 ユウジロウが言った。この戦いに否定的ではあったがユウミの決意に折れる形となっていた。
「簡易的ですが、トランプグループのバーチャルルームと似たプレイができますからね」
 渡瀬もまたアスカに謝らせることができずにいたことを気にしているふうであった。
 二人がフィールドの外で話をするのをユウミは聞いていた。この町のあちこちに設置されたアルカナシステムの端末に自分のデッキをセットする。この端末でカードの内容を読み込み、シャッフルし、ゲームにおける疑似体験を可能にする。
 専用の施設とは異なり映像の解像度も臨場感も劣るが机上の対戦よりも何十倍いや何百倍もゲームを楽しめるように出来ていた。
 ユウミとアスカが十メートルほど距離をおいて対峙する。
 自動的にこの周囲の道路に交通規制がなされた。これはアルカナシステムが警察の交通システムとリンクしているからできることだ。
「念のために言うけど」
 とアスカ。
「負けても泣かないでね」
「泣くわけないでしょ」
 渡瀬が端末を操作したらしく、フィールドにうっすらと黄色い枠が浮かんだ。
 双方の前に十カ所ずつのモンスターまたは魔法を配置するスペース、使用済みあるいは破壊されたカードを捨てる「リンボ」と呼ばれる捨て場がフィールドに区別された。
 最初から持てる五枚の手札が右手に現れる。端末で読み取られたデッキのカードは自動的にシャッフルされ、プレイヤーの手元には一番上から順に配られるようになっているのだ。
 ユウミは右手のカードを左手に移しながらその内容を確認する。
 マジシャンズデッキ。
 ユウジロウからもらったばかりの「ライトニングマジシャン」がいるデッキ。この一枚を加えたために別のカードを一枚外さなければならなかった。
 テストなしのぶっつけ本番。
「二人とも準備はいいか」
 渡瀬の声にユウミとアスカがうなずく。
 ユウミの手に力がこもった。
「ではこれより、新堂ユウミと渡瀬アスカの試合を始める」
 ユウミとアスカの声が重なった。
「「エンカウント!」」
 
 
 
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