第48話 リンボに仕込まれていたカード

文字数 2,360文字

 女帝のマライアに取り憑かれたユキの生命力はあと2000。
 彼女のフィールドにいるのはアルカナカードの一つ。
「女帝(エンプレス」)の物語を持つカード。
 デイドリームバタフライ・女帝のマライア。
 その攻撃力は本来の2500から0に減じられている。
 対するは覆面プロエンカウンターのツグミ。
 現在の生命力は200。
 フィールドにいるのは彼のエースモンスター。
 ビッグバード・刹那の荒鷲。
 元々の攻撃力は3000だがスキルによって5500にまで引き上げられている。
 生命力だけならユキのほうが上。しかし、この状況でバトルとなればたちまちマライアは撃破されユキも生命力を全て失って敗北する……そんなゲームの流れを予測するのは容易だった。
 勝てる。
 手札はなく、フィールドのモンスターもおらず、生命力も100しかないユウミにとってもツグミの勝利はぜひとも成し遂げてもらいたいものになっていた。
 万が一ツグミがユキを仕留めきれなければターンはユウミに回ってくる。
 ユウミが何もできずにターンエンドすれば次はユキだ。
 ユキは……マライアは間違いなく倒したはずのデイドリームバタフライたちを復活させてくる。
 それは阻止しなければならなかった。
 ユウミは声に出していた。
「ツグミさん、マライアを!」
「OK、すぐに終わらせる」
 片手を上げてツグミが応える。空中で待機中の刹那の荒鷲は命令さえあれば即座にマライアを餌食にしてくれるはずだ。
 クスクス。
 何がおかしいのか、ユキが肩を震わせて笑いだした。
 彼女の手札は0。
 リンボにある未確認のモンスターが気になるところだがユキが追い詰められているのは疑いようもなかった。
 バサバサッ!
 ツグミの乱入ですっかり忘れていたクゥの存在をユウミは今になって思い出す。
 空を見上げるとクゥは自分の真上にいた。
 無言で旋回している。
 クゥもこの戦いの行く末を見守ることにしたのだろうか。
 くぅ、邪魔だけはしないでね。
 ユウミが心の中でつぶやいていると、ツグミが動いた。
「魔法カード『セカンドアタック』を発動、戦闘の終えている刹那の荒鷲をもう一度攻撃可能にする!」
 ユキにリアクションはない。
 刹那の荒鷲が青白い光に包まれた。これでこのターンの四回目の攻撃を仕掛けることができる。
 敵はもちろん女帝のマライア。
 ユキが腕組みし、余裕の笑みで荒鷲を見つめている。再び真っ黒なオーラが彼女から立ち上った。闇よりずっと漆黒の黒。「女帝」であるマライアの『物語』がどれだけの物語性を秘めているかわからないけれど、ユウミはその深淵を覗き込みたいとは思わなかった。
 ジュリア、つまりライトニングマジシャンではマライアに勝てない。
 そう言われたことは悔しいが、今の自分にどうにかできるとも考え難い。方法があるというならぜひとも教えてもらいたかった。
 ツグミがややオーバーアクションでマライアを指差す。
「これで決まりだっ! 刹那の荒鷲でマライアを攻撃!」
 滞空していた荒鷲が一気に急降下する。その先にいるのは豪奢なティアラを被った貴婦人。
 マライアがロッドを振り回して防ごうとしたがいとも簡単に荒鷲はその防御を突き崩した。迷いも情けもなく貴婦人の首を鋭い嘴で突き貫く。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 絶叫しながらマライアが四散する。
 刹那の荒鷲は攻撃を緩めない。
 そのまままっすぐユキに突撃した。
 腕組みしたままのユキに命中し、やはり首に嘴を食い込ませる。ユキは荒鷲もろとも後ろに飛ばされた。目を大きく見開き、口を半開きにして仰向けに倒れる。
 一仕事こなしたといったふうな素振りで刹那の荒鷲が自分フィールドに帰還した。
 ユキの生命力が0になる。
 ……が。
 突如、その身体が金色の光を纏った。
「嘘」
 ユウミは声をもらした。
「まさか」
 0になっていたユキの生命力が1000に回復する。
 ゆっくりとした動作でユキが起き上がった。その顔には苦痛ではなく快楽の色。クスクスといった笑いが嘲笑に変わっていく。
「あなた、勝ったと思ったでしょ? ね、思ったでしょ?」
 ツグミが無言でいると、ユキはなおも嗤った。
「リンボにあるデイドリームバタフライ・聖女のテレサのスキル。私の生命力が0になったとき、このカードをゲームから除外して発動する。私は生命力を1000回復してゲームに復帰する」
「こらーっ!」
 スピーカーの声が響いた。
「何なのそれ、そんなずるいカード仕込んでおくなんて卑怯じゃない!」
 ユキが返した。顔にはマライアの顔が重なって見える。
「あらあら、おかしなこと言うのね。ちゃんとルールは守っているわよ」
「あーもう、これだからリンボ使いは……!」
「カモメ」
 静かにツグミが制した。
「もういい、そのへんにしとけ」
「だって、つーくん……」
「これは戦術だ。彼女は悪くない」
 ユウミはじっとツグミを見つめた。たとえ相手が悪い奴でも尊重すべきところは尊重する。ツグミのプロエンカウンターとしての姿勢が垣間見えたようであった。
 ふっとユキが笑みを小さくする。
 その目には敬意がこもっていた。
「あら、あなた意外といい男ね。ただの格好つけかと思っていたわ」
「そりゃどうも」
「私のターンが来たらもう少し本気で相手にしてあげる」
 ツグミが肩をすくめた。
 ため息。
「やっぱり、悪役はみんな言うことが一緒だな」
 そして、ツグミがユウミに顔を向ける。
 軽く頭を下げた。
「すまない、あとは君次第だ」
「えっ」
 ツグミの言葉にびっくりするユウミであった。
 
 
 

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