第25話 夢見る少女は決意する

文字数 2,422文字

「クゥ、これはユウミの試合じゃ!」
 ユウジロウが怒鳴る。
「邪魔をするな!」
 その怒気に威圧されたのかユウミの左肩が急に軽くなる。
 バサバサバサバサバサバサバサバサ……。
 さっきよりも低い位置をクゥが旋回する。
「邪魔だなんてひどいな」
 あのフクロウの声が聞こえた。
「僕は守ろうとしているだけだよ」
「それが邪魔じゃと言っておるのじゃ! そんなこともわからんのか!」
「え? な、何ですか?」
 風見がいきなりの展開に戸惑ったらしく目をぱちぱちさせる。
 その手にもうカードはない。
 あたりを見回した。
「誰かいるんですか、先生」
 不意にユウミは思った。
 そうだ、まだあたしのターンは終わっていない。
 バトルの最中だが、できることはあった。
 クゥでもなければ他の誰でも泣い、自分自身が導き出した答え。
 再度、風見の手札をみる。
 手札は0。
 いける。
 ユウミは手札を抜いた。
「魔法カード『天使の帰還』を発動! 生命力を半分支払って、ゲームから除外されたリメンバーマジシャンを特殊召喚する!」
 ユウミの生命力が25になる。
 フィールドに突然現れるセピア色のローブをまとった細身の魔法使い。
 手に持っているのはバスケットボール大の水晶玉。
 ユウミはスキルを行使する。
「リメンバーマジシャンのスキル! 自分または相手のリンボにある魔法カードを選択し手札に加える。その後、相手は一枚ドローする!」
 ユウミの選ぶカードは決まっていた。
「ま、まさか……」
 風見の顔が青ざめる。
 ユウミは言った。
「あたしが選択するのは『ダブルアップアタック』」
 右手に魔法カードが収まった。
「さあ、あなたのドローよ」
「くっ……」
 風見が右手を上げる。
 苦々しげに。
「ドロー!」
 現出する一枚のカード。
 それが何なのかユウミにはわからない。
 が、たとえどんなカードを引いていたとしても、もはや後戻りはできなかった。
 ユウミは続ける。
「魔法カード『ダブルアップアタック』を発動! ライトニングマジシャンの攻撃力を二倍にしてもう一度攻撃可能にする!」
 女魔法使いの身体がよりいっそう光り輝く。
 神々しいまでのその姿は魔法使いではなく女神を思わせるほどになっていた。
 攻撃力は21200。
 風見が何かをあきらめたように目を伏せながら首を振った。
 指をパチンとさせ、ユウミは告げる。
「いくよっ! ライトニングマジシャンでエメラルドドラゴンを攻撃!」
 女魔法使いがドラゴンに杖を向ける。
 その先端には光球。
 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ……。
 光球がこれまでで最も大きなものとなる。
 フィールドが夜の草原だというのにそれを忘れさせる光量だ。
 ユウミは一呼吸おき、叫ぶ。
「ライトニングマジック!」
 杖から放たれる光球。
 バチバチとスパークしながらエメラルドドラゴンへと向かう。
 これがユウミにできる最後の攻撃であった。
 祈る思いで光球の軌道を見つめる。
 光球は勢いを失うことなくエメラルドドラゴンに着弾した。猛烈な音を立てて電撃が薄緑色の竜の全身を包み込む。苦悶の咆哮を上げながらその姿が滅んでいった。
 だが、光球はエメラルドドラゴンを貪ったくらいでは消えない。
 むしろ貪欲さを増したかのように風見に襲いかかった。
 刹那。
 風見がカードを切る。
 光球が彼を飲み込んだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 身体をのけぞらせ風見が断末魔にも似た声を発する。
 ビクビクと体を震わせる影が光の中にあった。
 やがて光が消失し、仰向けに倒れた風見が残る。
 身体中が焦げ、服もぼろぼろだ。
 生命力の数値が0になった。
 ジ・エンド。
 ……ではあるが。
 声。
「魔法……カード……『ワード……オブ……ペイン』発……動」
 突如、ユウミに雷撃が落ちた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ★★★

「……ミ、ユウミ!」
 誰かが身体を揺すっている。
 倦怠感にも近いだるさを覚えつつ、ユウミは小さくうめいた。
 誰だろう?
 放っておいてくれないかな?
 聞こえてくるのは男の声。
 ……キム委員長?
 真っ先に彼の顔が頭に浮かんだ。
 でも……。
「ユウミ、しっかりせい!」
 違った。
 軽く失望するが、それはすぐに薄れた。
「『ワードオブペイン』は自分が受けたものと同じ数値のダメージを相手に与えますからね」
 別の男の声。
「それに予期せぬダメージだったみたいですし。僕よりショックが大きかったようですね」
「勝ちを確信しておっただろうからのう」
「僕もあのカードを引いていなければ引き分けにできませんでしたよ」
 ああ……。
 ユウミは理解した。
 自分は勝てなかったのだ。
 ライトニングマジシャンの最大の力をもってしてもプロを下すには至らなかった。
 ……まだまだだな、あたし。
 ふうと息をつき、ユウミはゆっくりと目を開ける。
 心配そうに見下ろすユウジロウの顔があった。
 ユウミは言葉を絞り出す。
「おじい……ちゃん」
「ユウミ、気づいたか」
 ユウジロウが安堵し、微笑みかける。その奥でやはりほっとした様子の風見の姿があった。
「あのね……おじいちゃん」
「今はいい、無理をするな」
 構わず、続けた。
「あたし……プロになる」
 そう。
 なりたい、ではなく、なる。
「なりたい」は願望。
「なる」は決意。
 ユウミは自分の力を知り、さらなる成長を望んだ。
 より高いステージに立たなければ、弱いままの自分で終わってしまう。
 そんなのは嫌だ。
 強くなりたい。
 いや、強くなる。
 もっともっと強くなる。
「あたし、プロになる」
 夢見る少女は決意を込めて宣言するのであった。
 
 
 
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