第8話 カードハンターとの遭遇、狙われたものは……?
文字数 2,267文字
それは近道をしようと公園を突っ切ろうとしたときのことだった。
公園といっても頭に「第三」とつくくらいの小規模なものである。
むき出しの地面に二つしかないブランコ。鉄棒はあるがシーソーはない。砂場もなく噴水もなかった。
かろうじて近所の人たちが朝の体操をするのに適したスペースがあるものの、公園内での球技は禁じられている。
ベンチは申し訳程度に設置され、ユウミはときどき町内の老人や仕事をさぼっているふうのサラリーマンをここで見かけた。
今、ユウミの目の前にいる男もサラリーマンに見える。
白いワイシャツに銀色の丸い模様のついた紺のネクタイ、着慣れた感じのするダークグレイのスーツといった格好。がっしりとした体格で肉づきの良さがわかった。肌は白いが、不健康というわけではない。
髪は黒く丁寧に整われている。太い眉に鷹のような目、高い鼻、やや厚みのある唇。耳はそれほど特徴的ではない。
どこにでもいそうなタイプともいえた。
男はにこりとしてみせる。
「こんにちは、お嬢さん」
あやしい。
あやしすぎる……。
だが、ユウミは動けなかった。
男の背後には同じようにダークグレイノスーツを身にまとったひょろりとした男。こちらは髪を金色に染めている。それとも地毛だろうか。いやそんなはずがない。
「俺の名は倉石」
目の前の男が名乗った。そして後ろの男を顎で示す。
「で、あいつは有田」
「よろしくな、ちびっ子!」
軽薄そうに有田が言った。
……どうしよう。
ユウミは迷う。
うかつな真似をするのはまずいと頭の中で警鐘が鳴っている。
たぶん自分一人なら、一人だけならこの場から逃げ去ることもできたはずだ。
というか、そうしている。
それができないのは有田が右手に持つナイフの先にいる人物のせいだった。
誰かは知らない。
知らないが……。
「た、助けてぇ。怖いよぅ」
さんざん泣いたからか、声がかすれていた。
年は十歳くらい。小柄な身体は痩せていて、力加減を間違えたらポキンと折ってしまいそうだ。
栗色の長い髪を縦ロールにしている。顔は涙でぐちょぐちょだ。本来ならばかなり可愛いに違いない。目鼻立ちは整っているし、色白だし。
声もアニメ声でぐっとくる。
白いブラウスの上に見た覚えのある黒と青と黄色のチェック柄のブレザーを着ていた。プリーツスカートは緑色の縁どりがある紺。ソックスは白く黒い革靴を履いていた。
鞄の類は周囲に見当たらない。
そもそも春休みの時期に制服で行動しているなんて、どれだけ校則の厳しい学校なんだろう。
などとつい思い巡らせてしまう。
倉石の言葉がユウミをはっとさせた。
「俺たちはできれば穏便に済ませたいんだ」
「何を?」
「君、シークレットウルトラレアを持っているよね。俺たちはそういうものを集めているんだ」
「集めてるって……」
「カードハンターだよ。聞いたことない?」
「何それ」
とユウミは知らないふりをする。
嘘だった。
祖父から聞いたことがある。高価で売買されるレアカードを狙う悪い奴らだ。
こうやって個人を襲う輩もいればカードショップを襲撃する連中もいるらしい。
まあ、いきなり殴りかかってカードを奪おうとしないだけましか。
でも、人質とってるし。
悪人であるのは変わらないよね。
倉石が嘆息する。
「お子様相手は気がすすまないんだけど。これも仕事だから」
どうしよう。
泣いて怯えている子供を放って逃げるなんてできない。
ユウミは思った。
助けなきゃ。
この子はあたしのせいでこんな目に遭っているんだから……あたしが助けないと。
倉石が右手を上げる。
他にも仲間が潜んでいるのか、周囲に「エンカウントモンスターズ」のフィールドが展開された。
まだ、ユウミはデッキをセットしていない。
が、この状況で自分が何をするべきか理解できた。こんなことは初めてではあるものの、意外なくらいこれを受けいれている自分がいてむしろそちらのほうが驚きであった。
倉石が告げる。
「君が俺に勝てばあの子を解放してやろう。俺ももう君のカードを狙わない」
「勝てばいいんだ」
ユウミはリュックからデッキを取り出す。
「……もし、あたしが人質を無視して逃げたら?」
「人としての本質を疑うね。そんな最低な奴に礼を尽くす必要はない。強硬手段に移らせてもらう」
なるほど。
ユウミはデッキをアルカナシステムの端末にセットした。
倉石のエンカウンターとしてのプライドを信じるしかない。
見ると有田と女の子はフィールドのぎりぎり外にいた。立ち位置を計算していたのかもしれない。
嘗めてはいけない相手のようだ。
対戦の準備が進み、ユウミの右手に五枚のカードが現れる。
倉石の右手にも五枚のカード。
ユウミは念を押した。
「あたしが勝ったらあの子を放してくれるのよね」
「ああ」
「私のことも狙わない?」
「約束する。俺は狙わない」
「……すぐに終わらせるから」
倉石がふっと笑う。
「それは楽しみだ。せいぜいがんばってくれよ、ユウミちゃん」
ユウミは顔をしかめた。
確定だ。
この男、マリーズカフェでハルキの後ろの席にいた奴だ。
二人は距離をとり、身構える。
ユウミは人質にされた女の子に向かって小さくうなずいた。
待っててね、すぐ助けるから。
ユウミと倉石の声が重なった。
「「エンカウント!」」
公園といっても頭に「第三」とつくくらいの小規模なものである。
むき出しの地面に二つしかないブランコ。鉄棒はあるがシーソーはない。砂場もなく噴水もなかった。
かろうじて近所の人たちが朝の体操をするのに適したスペースがあるものの、公園内での球技は禁じられている。
ベンチは申し訳程度に設置され、ユウミはときどき町内の老人や仕事をさぼっているふうのサラリーマンをここで見かけた。
今、ユウミの目の前にいる男もサラリーマンに見える。
白いワイシャツに銀色の丸い模様のついた紺のネクタイ、着慣れた感じのするダークグレイのスーツといった格好。がっしりとした体格で肉づきの良さがわかった。肌は白いが、不健康というわけではない。
髪は黒く丁寧に整われている。太い眉に鷹のような目、高い鼻、やや厚みのある唇。耳はそれほど特徴的ではない。
どこにでもいそうなタイプともいえた。
男はにこりとしてみせる。
「こんにちは、お嬢さん」
あやしい。
あやしすぎる……。
だが、ユウミは動けなかった。
男の背後には同じようにダークグレイノスーツを身にまとったひょろりとした男。こちらは髪を金色に染めている。それとも地毛だろうか。いやそんなはずがない。
「俺の名は倉石」
目の前の男が名乗った。そして後ろの男を顎で示す。
「で、あいつは有田」
「よろしくな、ちびっ子!」
軽薄そうに有田が言った。
……どうしよう。
ユウミは迷う。
うかつな真似をするのはまずいと頭の中で警鐘が鳴っている。
たぶん自分一人なら、一人だけならこの場から逃げ去ることもできたはずだ。
というか、そうしている。
それができないのは有田が右手に持つナイフの先にいる人物のせいだった。
誰かは知らない。
知らないが……。
「た、助けてぇ。怖いよぅ」
さんざん泣いたからか、声がかすれていた。
年は十歳くらい。小柄な身体は痩せていて、力加減を間違えたらポキンと折ってしまいそうだ。
栗色の長い髪を縦ロールにしている。顔は涙でぐちょぐちょだ。本来ならばかなり可愛いに違いない。目鼻立ちは整っているし、色白だし。
声もアニメ声でぐっとくる。
白いブラウスの上に見た覚えのある黒と青と黄色のチェック柄のブレザーを着ていた。プリーツスカートは緑色の縁どりがある紺。ソックスは白く黒い革靴を履いていた。
鞄の類は周囲に見当たらない。
そもそも春休みの時期に制服で行動しているなんて、どれだけ校則の厳しい学校なんだろう。
などとつい思い巡らせてしまう。
倉石の言葉がユウミをはっとさせた。
「俺たちはできれば穏便に済ませたいんだ」
「何を?」
「君、シークレットウルトラレアを持っているよね。俺たちはそういうものを集めているんだ」
「集めてるって……」
「カードハンターだよ。聞いたことない?」
「何それ」
とユウミは知らないふりをする。
嘘だった。
祖父から聞いたことがある。高価で売買されるレアカードを狙う悪い奴らだ。
こうやって個人を襲う輩もいればカードショップを襲撃する連中もいるらしい。
まあ、いきなり殴りかかってカードを奪おうとしないだけましか。
でも、人質とってるし。
悪人であるのは変わらないよね。
倉石が嘆息する。
「お子様相手は気がすすまないんだけど。これも仕事だから」
どうしよう。
泣いて怯えている子供を放って逃げるなんてできない。
ユウミは思った。
助けなきゃ。
この子はあたしのせいでこんな目に遭っているんだから……あたしが助けないと。
倉石が右手を上げる。
他にも仲間が潜んでいるのか、周囲に「エンカウントモンスターズ」のフィールドが展開された。
まだ、ユウミはデッキをセットしていない。
が、この状況で自分が何をするべきか理解できた。こんなことは初めてではあるものの、意外なくらいこれを受けいれている自分がいてむしろそちらのほうが驚きであった。
倉石が告げる。
「君が俺に勝てばあの子を解放してやろう。俺ももう君のカードを狙わない」
「勝てばいいんだ」
ユウミはリュックからデッキを取り出す。
「……もし、あたしが人質を無視して逃げたら?」
「人としての本質を疑うね。そんな最低な奴に礼を尽くす必要はない。強硬手段に移らせてもらう」
なるほど。
ユウミはデッキをアルカナシステムの端末にセットした。
倉石のエンカウンターとしてのプライドを信じるしかない。
見ると有田と女の子はフィールドのぎりぎり外にいた。立ち位置を計算していたのかもしれない。
嘗めてはいけない相手のようだ。
対戦の準備が進み、ユウミの右手に五枚のカードが現れる。
倉石の右手にも五枚のカード。
ユウミは念を押した。
「あたしが勝ったらあの子を放してくれるのよね」
「ああ」
「私のことも狙わない?」
「約束する。俺は狙わない」
「……すぐに終わらせるから」
倉石がふっと笑う。
「それは楽しみだ。せいぜいがんばってくれよ、ユウミちゃん」
ユウミは顔をしかめた。
確定だ。
この男、マリーズカフェでハルキの後ろの席にいた奴だ。
二人は距離をとり、身構える。
ユウミは人質にされた女の子に向かって小さくうなずいた。
待っててね、すぐ助けるから。
ユウミと倉石の声が重なった。
「「エンカウント!」」