第1話 少女はカードを手に入れる

文字数 3,800文字

「エンカウントモンスターズ」
 それは対戦型カードゲーム。
 三十年前にトランプグループの傘下にある玩具メーカーにより発売されたこのゲームは、テレビゲーム・アニメ・コミック・映画などメディアミックス化に成功すると爆発的な人気を遂げた。
 プレイヤーは「エンカウンター」と呼ばれ、優れたエンカウンターは企業の開催する大会で優秀な成績を収めるようになり、人々の注目を浴びた彼らまたは彼女らはスポンサーを得、あるいはネット配信される動画などで自ら収益を獲得するようになり、自称多少のプロが誕生した。
 あらゆる方面からプロエンカウンターが現れるようになり、一種の社会現象かを果たしたのだが、それは同時に不正にプロを名乗る輩を生み出すきっかけともなった。その他にも非合法な手段を用いて「エンカウントモンスターズ」にまつわる悪事を働く者も登場した。
 これらを監視・管理することを目的として結成されたのがエンカウンター管理委員会である。
 彼らは企業を母体としながらも警察その他の公的な組織との連携を可能にした。また、プロエンカウンターの資格を国家資格とすることでプロと自称プロとの違いをより明確にした。
 プロエンカウンターにはスポンサーがつくだけでなく、エンカウント(対戦)の映像自体が商品となり、「エンカウントモンスターズ」の教室を有料で行うこともできるようになった。逆を言えば資格のない者はスポンサーを得ることができず映像を有料にすることができない。教室を開くことも不可だ。
 プロエンカウンターは技術の進歩にともない、そのエンタテインメント性をよりいっそう高めることとなった。
 バーチャル空間でのエンカウントを可能にしたアルカナシステムの開発により、「エンカウントモンスターズ」はさらなる次元へと進化する。
 エンカウンターはもちろん観戦者たちも新たなエンカウントに熱狂した。
 それは年を追う毎に激しくなり醒めることなく現在に至っている。
 子供たちはスポーツ選手やアイドルを夢見るようにプロエンカウンターになることを夢見た。
 そして、ここに一人、プロを夢見る少女がいる。
 新堂ユウミ。
 この物語の主人公である。

 ★★★

 暗闇の中、一人の男が廃墟となった教会の聖堂に立っている。
 身長は180センチくらいだろうか。
 突然、天井から光が降り注ぎ、男を照らす。さながらスポットライトだ。まばゆい光に満たされ男の姿があらわになる。
 灰色の混じった黒髪が黒いシルクハットからはみ出ていた。角張った顔は浅黒い。意志の強さをうかがわせる太い眉と鋭い目。形の良い鼻、薄い唇。ヒゲは生やしていない。着ているのはタキシード。
 黒い蝶ネクタイも決まっている。
 男の左手には五枚のカード。
 スポットライトの光を帯びて艶やかに輝いている。
 やがて、男は右手を突き上げた。
「私のターン!」
 どこから現れたのだろう、一枚のカードが男の右手に現出する。
 男はそのカードをちらと見、声高に言った。
「私は魔法カード『マジックゲート』を発動! 手札にあるカテゴリー3以下のモンスター二体を同時に特殊召喚する」
 言って、男は左手から二枚のカードを右手で引き抜く。
 それらを前方に投げると白いローブと黒いローブを着た男たちが姿を現した。
 二人とも似たような背格好。ローブと対になる色のとんがり帽子を被っている。同じデザインの杖を持ち、その先端にはローブと同じ色の野球のボール大の球がついていた。
 シルクハットの男の右側に白いローブの男。
 左側に黒いローブの男。
 ローブの男たちのそばには白い数字が浮かんでいる。
 白いローブの男の数値は2500。
 黒いローブの男には500。
 シルクハットの男が声を張った。
「イッツ、ショータイム!」
 彼は左手のカードを右手に移し、白いローブの男に向かって投げる。
「魔法カード『カテゴリーチェンジ』を発動! 対象となったモンスターのカテゴリーを1から5のいずれかに変更する! これによりホワイトマジシャンのカテゴリーは3から5に上昇する!」
「ホワイトマジシャン」と呼ばれた白いローブの男が青白い光に包まれた。
 男は右手でホワイトマジシャンを示す。
「これでホワイトマジシャンはカテゴリー5になりました」
 次は黒いローブの男を示す。
「こちらのブラックマジシャンのカテゴリーは1です。これにより1から5までのゲート……」
 プツン。
 暗転。

 ★★★

「ユウミ、いつまでテレビを見ておる!」
 白髪の男がまだテレビの前から動こうとしない少女を叱った。
 ユウミと呼ばれた少女は畳に唐草模様の座布団を敷いて座っている。
 数秒。
 諦めたように大きくため息をつくと、ユウミは男に振り返った。
「……もうちょっと見たかったのに」
「そんなもん帰ってからにせい。約束の時間に遅れるじゃろうが」
「はーい」
 ユウミは立ち上がる。148センチという身長は来月から高校二年生になるというのに変わりそうにない。黒い髪はショートで癖っ毛のためか毛先がはねていた。
 丸い目に形の良い鼻、薄い唇。顔のラインは丸みがあるが太っているわけではない。痩せすぎず太りすぎず。胸と身長の成育はこれからだ。
 これから、のはず。
 白いシャツに薄いピンク色のパーカー、ライトグリーンのパンツといった服装ですぐ脇には焦げ茶色のリュックを置いている。
 ユウミは立ち上がるとリュックを手にした。
「ほいじゃ、行ってきますか」
 わざとらしく肩をすくめる。
 リュックを背負おうとすると白髪の男が言った。
「待て、その前に渡す物がある」
「何? お小遣いでもくれるの?」
 ユウミが期待のこもった目で見ると、男は着ていた着物の懐に手を突っ込んだ。
 一通の白い封筒を取り出す。
 濃い灰色と紺の格子模様の着物に封筒の白さが映えた。
 男は細身だが背が高い。低身長のユウミにとっては数少ない希望要素の一つだ。
 新堂ユウジロウ。
 ユウミの身内でプロのエンカウンターである。
 ユウジロウの浅黒くてごつごつした手から封筒をユウミは受け取る。迷いもせずに封を切った。
「お前が欲しがってた奴もあるぞ」
 ユウジロウが鋭さのある目を細めて微笑む。くしゃりとした顔は角張っていて額が広い。濃い眉には白さが目立つ。丁度いいサイズの鼻と唇。
 ユウミは封筒の中にある数枚から一枚のカードを目にすると、喜びの声をあげた。
「ライトニングマジシャン!」
 カードにはその名称と属性・強さの目安となるカテゴリーとモンスターの種類およびスキル(能力)といったカード情報・攻撃力が記されている。
「ライトニングマジシャン」はユウミがかなり前から祖父にせがんでいたモンスターカードだった。
 それがここにある。
「え? いいの? これ、いいの?」
「構わん。この前C級に昇級したお祝いだ」
「……それって、お小遣いとかでも良くない?」
「何じゃ、そいつはいらんか?」
 不服そうにユウジロウが眉をひそめる。
 ユウミは慌てて首を振り、カードと封筒を後ろに隠した。せっかくもらったものを返せとか言われてはたまらない。
 でも、とユウミは思う。
 どうして急にこんな……。
 考えているとユウジロウが指摘した。
「嬉しいのはわかるが、時間はいいのか?」
 ユウジロウの声にユウミははっとする。
 彼女はリュックからデッキケースを取り出すと「ライトニングマジシャン」のカードとデッキ(五十枚一組のカードの束のこと)の中の一枚と交換した。
 デッキをケースに戻し、封筒とともにリュックに突っこむ。
 軽く身なりをチェックした。
 うん、だいたい大丈夫。
「じゃあ、おじいちゃん行ってくるね」
「ああ、気をつけてな」
 早足で玄関に向かう。板張りの廊下を進むとそこが玄関だ。靴箱に傘立て、もう何年も使われていないゴルフバッグや観葉植物用のプランターが置かれている。
 下駄や革靴に並んでユウミのスニーカーがあった。白地に空色のラインというシンプルなデザインだ。
 そのスニーカーを履こうとしゃがんだとき、玄関の呼び鈴が鳴った。
「あ、はーい」
 つい応じてしまいユウミはまずいと思い直す。
 相手が誰だかわからないのに応対してはダメだと祖父に言われていたのに返事をしてしまった。
 とはいえ、玄関に鍵はかかっている。防犯モニターで確認してからでもいいだろう。
 そう思って立ち上がり、廊下の壁に埋め込まれた防犯モニターを見る。カラー画像の中には見知らぬ二人がいた。
 一人は体格の良いダークスーツ姿の男。スキンヘッドで彫りの深い顔をしている。
 もう一人は少女だった。
 こちらは赤毛のセミロング。ほっそりした顔の輪郭。長く薄い眉に涼やかな目、やや高い鼻、小さな口、尖り気味な耳。表情にはちょっと冷たい印象があった。
 着ているのは黒いワンピース。左胸に小さなバッチをつけていた。デフォルメされたライオンの顔のデザインで、色は金色。
 黒い服に金のバッチがやけに目立っていた。
 奥からユウジロウがやって来る。防犯モニターの画面を見るなりふむと鼻を鳴らした。
 一言。
「あやつではないな」
 
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み