第13話 彼女は勝利を確信する
文字数 1,962文字
風が吹き抜ける。
ふわりと栗色の縦ロールが揺れた。
女の子が軽く目を閉じ、風をやりすごす。
もうナイフによる脅迫はなかった。
有田はナイフを仕舞っていたし、女の子は人質という仮面を脱ぎ捨てている。
手にしているのは一組のデッキ。
アニメのキャラを想起させる可愛らしい声で女の子は言った。
「有田、そこに転がってるゴミをさっさと片づけて。これからお姉ちゃんと遊ぶのに邪魔だわ」
「はい、サキお嬢様」
恭しく有田が返事をすると、仰向けにのびている倉石に駆け寄った。
肩を貸し、引きずるように倉石をフィールドだった場所から連れ出していく。
つまり今ユウミが立っているのは「エンカウントモンスターズ」の領域にあらず。
ただの公園にすぎない。
ユウミははたと気づき、ブランコのほうを見る。
フクロウの姿はなかった。
それでも新たにエンカウント(対戦)を行うというのであればまたこの場は「エンカウントモンスターズ」のフィールドへと転じる。
そうなったら否応なく「サキお嬢様」と呼ばれた女の子と戦わねばならない。
サキが人質でないのならこれ以上ここに留まる理由はなかった。
それどころか、このままここにいたら「ライトニングマジシャン」のカードを奪われかねない。
サキの有田に対する態度でユウミは彼女の立場を悟った。
少なくともこの子は倉石や有田より上の人間だ。
カードハンターのボスかどうかまではわからないが……。
ユウミはちらとあたりを見る。
他に誰かがいるとしても、目に見える限りではどこにいるかは不明だ。
サキがエンカウントしようとしている。
チャンスは逃せない。
ユウミは無言で踵を返す。
アルカナシステムノ端末からデッキを回収すると、公園の出口まで一目散に走った。
背後でサキが呼び止めるのを完全無視して突っ走る。
小さな公園だ。不意さえつければどうにかなる。
出口まで8メートル。
6メートル。
4メートル。
2メートル……。
「おっと」
甘かった。
いきなり視界に影が現れ、ユウミの進路を塞ぐ。強引に腕をつかまれた。
抵抗するが相手のほうが強い。
力の差はどうにもならなかった。
ダークグレーのスーツを着たその男は痩せた身体に似合わず腕力がすごい。
ロン毛の優男の外見はたぶんこんなときに相手の油断を誘うにはうってつけだろう。
ユウミは元の位置に戻された。お世辞にも紳士的とは言えぬ乱雑さで転ばされる。
膝と腕が痛いが、それよりも勝手にデッキを持って行かれたほうが痛い。
優男がユウミのデッキをアルカナシステムの端末にセットした。
「一ノ瀬、ご苦労様」
サキの声がとても嬉しそうだ。
一ノ瀬が頭を垂れねぎらいに応じる。
「それじゃ、フィールドをお願いね」
無言で一ノ瀬がうなずいた。
どうやら倉石との戦いのときにフィールドを張ったのはこの男のようだ。
「そういえば自己紹介がまだだったわ」
サキが端末に自分のデッキをセットしながら言った。
「私の名は立花サキ。よろしくね、お姉ちゃん」
にこりとする。
その笑顔は可愛らしいのだが、これまでのわずかな時間でユウミはこの外見にだまされてはいけないと判じた。
ユウミの冷ややかな視線に気づいたのか、サキが首を傾げる。
「どうしてそんな目をするの?」
「嘘つき」
「え?」
「約束を守ってよ」
ムダを承知で言ってみた。
「さっきのエンカウントで勝てたらあたしを狙わないって言ったじゃない」
「ああ、あれね」
フィールドの立ち位置へと歩きつつサキが答える。
「守ってるじゃない」
意味がわからなかった。
「ご覧の通り私は自由だし、倉石はもう手出しできないわ」
「……」
これが彼女の理屈か。
どうやら覚悟を決めねばならないようだ。
「さ、つまらない話は終わりにしましょう」
サキの言葉を合図にフィールドが再展開される。
ユウミはブランコのほうをちら見するがフクロウの姿はない。
意識をエンカウントに向けた。
ここで勝てても解放される保証はない。
けれども、負けたくなかった。
「最初に教えてあげる」
これから開始する対戦がよほど楽しみなのかサキは上機嫌だ。
「私、こう見えて準S級資格者だから……負けても恥じゃないよ」
こんな子供が準S級?
ユウミは内心驚いたが今度はばれぬよう腐心する。
口をきゅっと結び、サキを凝視した。
アルカナシステムが滞りなくプロセスを進め、ユウミの右手に五枚のカードが現出する。
サキが自分の手札を確認し、小さくため息をついた。
「ああ、ごめんね……やっぱりお姉ちゃんには私の『マテリアルガールズ』に勝てないよ」
ふわりと栗色の縦ロールが揺れた。
女の子が軽く目を閉じ、風をやりすごす。
もうナイフによる脅迫はなかった。
有田はナイフを仕舞っていたし、女の子は人質という仮面を脱ぎ捨てている。
手にしているのは一組のデッキ。
アニメのキャラを想起させる可愛らしい声で女の子は言った。
「有田、そこに転がってるゴミをさっさと片づけて。これからお姉ちゃんと遊ぶのに邪魔だわ」
「はい、サキお嬢様」
恭しく有田が返事をすると、仰向けにのびている倉石に駆け寄った。
肩を貸し、引きずるように倉石をフィールドだった場所から連れ出していく。
つまり今ユウミが立っているのは「エンカウントモンスターズ」の領域にあらず。
ただの公園にすぎない。
ユウミははたと気づき、ブランコのほうを見る。
フクロウの姿はなかった。
それでも新たにエンカウント(対戦)を行うというのであればまたこの場は「エンカウントモンスターズ」のフィールドへと転じる。
そうなったら否応なく「サキお嬢様」と呼ばれた女の子と戦わねばならない。
サキが人質でないのならこれ以上ここに留まる理由はなかった。
それどころか、このままここにいたら「ライトニングマジシャン」のカードを奪われかねない。
サキの有田に対する態度でユウミは彼女の立場を悟った。
少なくともこの子は倉石や有田より上の人間だ。
カードハンターのボスかどうかまではわからないが……。
ユウミはちらとあたりを見る。
他に誰かがいるとしても、目に見える限りではどこにいるかは不明だ。
サキがエンカウントしようとしている。
チャンスは逃せない。
ユウミは無言で踵を返す。
アルカナシステムノ端末からデッキを回収すると、公園の出口まで一目散に走った。
背後でサキが呼び止めるのを完全無視して突っ走る。
小さな公園だ。不意さえつければどうにかなる。
出口まで8メートル。
6メートル。
4メートル。
2メートル……。
「おっと」
甘かった。
いきなり視界に影が現れ、ユウミの進路を塞ぐ。強引に腕をつかまれた。
抵抗するが相手のほうが強い。
力の差はどうにもならなかった。
ダークグレーのスーツを着たその男は痩せた身体に似合わず腕力がすごい。
ロン毛の優男の外見はたぶんこんなときに相手の油断を誘うにはうってつけだろう。
ユウミは元の位置に戻された。お世辞にも紳士的とは言えぬ乱雑さで転ばされる。
膝と腕が痛いが、それよりも勝手にデッキを持って行かれたほうが痛い。
優男がユウミのデッキをアルカナシステムの端末にセットした。
「一ノ瀬、ご苦労様」
サキの声がとても嬉しそうだ。
一ノ瀬が頭を垂れねぎらいに応じる。
「それじゃ、フィールドをお願いね」
無言で一ノ瀬がうなずいた。
どうやら倉石との戦いのときにフィールドを張ったのはこの男のようだ。
「そういえば自己紹介がまだだったわ」
サキが端末に自分のデッキをセットしながら言った。
「私の名は立花サキ。よろしくね、お姉ちゃん」
にこりとする。
その笑顔は可愛らしいのだが、これまでのわずかな時間でユウミはこの外見にだまされてはいけないと判じた。
ユウミの冷ややかな視線に気づいたのか、サキが首を傾げる。
「どうしてそんな目をするの?」
「嘘つき」
「え?」
「約束を守ってよ」
ムダを承知で言ってみた。
「さっきのエンカウントで勝てたらあたしを狙わないって言ったじゃない」
「ああ、あれね」
フィールドの立ち位置へと歩きつつサキが答える。
「守ってるじゃない」
意味がわからなかった。
「ご覧の通り私は自由だし、倉石はもう手出しできないわ」
「……」
これが彼女の理屈か。
どうやら覚悟を決めねばならないようだ。
「さ、つまらない話は終わりにしましょう」
サキの言葉を合図にフィールドが再展開される。
ユウミはブランコのほうをちら見するがフクロウの姿はない。
意識をエンカウントに向けた。
ここで勝てても解放される保証はない。
けれども、負けたくなかった。
「最初に教えてあげる」
これから開始する対戦がよほど楽しみなのかサキは上機嫌だ。
「私、こう見えて準S級資格者だから……負けても恥じゃないよ」
こんな子供が準S級?
ユウミは内心驚いたが今度はばれぬよう腐心する。
口をきゅっと結び、サキを凝視した。
アルカナシステムが滞りなくプロセスを進め、ユウミの右手に五枚のカードが現出する。
サキが自分の手札を確認し、小さくため息をついた。
「ああ、ごめんね……やっぱりお姉ちゃんには私の『マテリアルガールズ』に勝てないよ」