第6話 約束(アスカの父、渡瀬の視点)
文字数 2,510文字
「あれは、ライトニングマジシャン」
ユウミがミックス召喚した特殊モンスターの姿を見て、驚きのあまり渡瀬は声をもらす。
彼は自分の娘と師匠の家の子供の対戦を見守っていた。当初の予想通り娘のアスカがその力の差を見せつけ、ゲームの主導権を握っていた。
ブラックサバンナデッキはいわば即効型。大量のモンスターをフィールドに展開してたたみかけるように攻撃する。プライドの高いアスカにはおあつらえ向きと言ってもいいデッキだ。
そしてエンペラーレオ。
攻撃力もそうだがそのスキルも危険だ。リンボにあるブラックサバンナモンスターが多ければ多いほどその真価が発揮される。
たとえ反撃されてもそれすら攻撃の糧とする。
恐ろしい。
だが、そんなものを吹き飛ばすほどの力を持つ一枚のカード。
召喚素材の攻撃力を自身の力へと変える……。
「力押しとなればもちろん強力なカードとして有効じゃろうな」
渡瀬の隣でユウジロウが言った。
「使い方にもよるが切り札として申し分なかろう」
「しかし先生」
渡瀬はライトニングマジシャンがその杖に光球を宿らせる様を目にしながら応じた。
「あれはユウカさんの……」
「そうじゃな。兄貴には悪いと思っとるよ」
「いえ……シンタロウさんもきっと同じことをしたと思います」
「もう十五年じゃからな」
「そうですね」
ライトニングマジシャンの放った光球がエンペラーレオを破壊し、さらに威力を衰えさせることなくアスカに命中する。
渡瀬は息をのんだ。
叫び声を上げる娘。
久しぶりの敗北。
「……すごい」
無意識のうちに声にしてしまう。
「これがライトニングマジシャンの力!」
「初めてにしては上手く使えたようじゃのう」
「……それにあの姿は」
「晴れ舞台で見てみたかったのう」
ユウジロウが遠い目をしていた。渡瀬はゲームの終了を告げるブザーを聞きつつ考える。
ユウカさん……。
師匠であるユウジロウの兄シンタロウの一人娘。
彼女は……。
そして新堂ユウミ。
あの娘は……。
「ほれ、決着はついたぞ」
師匠の声にはっとする。
「先生、失礼します」
フィールドと外を区切るラインが消えたのを確認し渡瀬は娘へと駆け寄る。
激しい戦いであったとしてもこれはゲームだ。スポーツのように疲労や痛みをプレイヤーに感じさせたとしても現実ではない。
現実ではない、のだが。
「アスカ、大丈夫か」
娘の身体に触れる。ぐったりしていたが小さく呼吸しているのがわかった。親バカかもしれないがバーチャルバトルは脳への負担が大きいことでも知られている。
万が一がないとは限らない。
「う……うう」
低くうめき、ゆっくりとアスカが目を開ける。
この回復の早さなら心配ないな。
渡瀬が安心していると娘ががばっと身を起こした。
路面に倒れたせいで多少身体と服が汚れてしまったが被害はそれくらいだ。
アスカがたずねた。
「し、勝負は?」
「お前の負けだ」
こんな答えをしたのは何ヶ月ぶりだろう。
「嘘」
「嘘じゃない。お前は負けたんだ」
父親としてこのようなことを告げるのは辛かった。だが、長年「エンカウントモンスターズ」に関わってきた身としては、相手が誰であろうとはっきりさせねばならない。これは勝負の世界では避けられないのだ。
セミロングの赤毛についた埃を軽く手で払ってやる。
「だが、悪くない戦いだったぞ」
「……」
無言でアスカが頭を振り、その手を拒む。
駆け寄ってくる足音が聞こえた。
新堂ユウミだ。
勝者の余裕もあるのかもしれないが、彼女の表情に先ほどの怒りはなかった。むしろ対戦相手を気遣うふうでもある。
「えっと」
ユウミが言った。
「ちょっとやりすぎちゃったかな?」
「あなた、やっぱり頭悪いでしょ」
「なっ」
この悪態は予想外のようだ。
一度目をつぶり、アスカがふっと小さく笑んだ。
「けど、その頭悪い子に負けるなんて私もまだまだね」
「渡瀬さん……」
「アスカでいいわ。私に勝てたんだから、これはご褒美。まあ、まぐれなんでしょうけど」
「ま、まぐれじゃないもん」
「そういうことにしてあげる。私、こう見えて年下には優しいのよ」
年下というワードに引っかかったのか、ユウミの眉がぴくんと動いた。
「年下……って。あたしのこといくつだと思ってるの?」
「え? 中学生よね?」
「高校生なんだけど。来月には二年生だよ」
「嘘」
アスカが目を丸くした。
それがあまりにも可愛らしかったので渡瀬は口元を緩めてしまう。アスカににらまれるが知らぬふりをした。
「こんなちんちく……ううん、小さいのに私と同い年?」
「アスカちゃんもあたしと同じなんだ」
「……あれは? 何級なの?」
あれとはエンカウンターとしての階級のことだ。
E級からS級まであり、B級から公式大会に出られるようになる。さらにS級になればプロを名乗ることもできた。
ユウミが答えた。
「C級だよ」
「はぁ?」
大声。
「まぐれとはいえ、私を倒せる子がC級ですって?」
あからさまに不機嫌になるのが渡瀬にもわかった。ただでさえ負けず嫌いな娘なのだ。二つも階級が低い相手に負けたとあっては納得できるものもできまい。
よろけながらもアスカが立ち上がり、びしっとユウミに指を突きつける。
「あなた、もっと上を目指しなさい!」
「う、上って……」
「私は次の検定試験で準S級の資格を取るわ。そして必ず近い将来プロになる! あなたもそこまで追いつきなさい!」
ユウミが目をぱちぱちさせる。
アスカが続けた。
「公式大会でこの借りを返してあげる。いい? わかったら返事!」
「あ、はい」
「声が小さい!」
「はいっ!」
元気よく応じたことに満足したのかアスカがにこりとした。
ぽんぽんとユウミの頭を叩く。
「じゃあ、約束。私、待ってるから」
こうして見ているとまるで姉妹だな。
渡瀬はそう思い、二人のプロエンカウンターが公式大会のフィールドで相まみえる姿を想像した。
ユウミがミックス召喚した特殊モンスターの姿を見て、驚きのあまり渡瀬は声をもらす。
彼は自分の娘と師匠の家の子供の対戦を見守っていた。当初の予想通り娘のアスカがその力の差を見せつけ、ゲームの主導権を握っていた。
ブラックサバンナデッキはいわば即効型。大量のモンスターをフィールドに展開してたたみかけるように攻撃する。プライドの高いアスカにはおあつらえ向きと言ってもいいデッキだ。
そしてエンペラーレオ。
攻撃力もそうだがそのスキルも危険だ。リンボにあるブラックサバンナモンスターが多ければ多いほどその真価が発揮される。
たとえ反撃されてもそれすら攻撃の糧とする。
恐ろしい。
だが、そんなものを吹き飛ばすほどの力を持つ一枚のカード。
召喚素材の攻撃力を自身の力へと変える……。
「力押しとなればもちろん強力なカードとして有効じゃろうな」
渡瀬の隣でユウジロウが言った。
「使い方にもよるが切り札として申し分なかろう」
「しかし先生」
渡瀬はライトニングマジシャンがその杖に光球を宿らせる様を目にしながら応じた。
「あれはユウカさんの……」
「そうじゃな。兄貴には悪いと思っとるよ」
「いえ……シンタロウさんもきっと同じことをしたと思います」
「もう十五年じゃからな」
「そうですね」
ライトニングマジシャンの放った光球がエンペラーレオを破壊し、さらに威力を衰えさせることなくアスカに命中する。
渡瀬は息をのんだ。
叫び声を上げる娘。
久しぶりの敗北。
「……すごい」
無意識のうちに声にしてしまう。
「これがライトニングマジシャンの力!」
「初めてにしては上手く使えたようじゃのう」
「……それにあの姿は」
「晴れ舞台で見てみたかったのう」
ユウジロウが遠い目をしていた。渡瀬はゲームの終了を告げるブザーを聞きつつ考える。
ユウカさん……。
師匠であるユウジロウの兄シンタロウの一人娘。
彼女は……。
そして新堂ユウミ。
あの娘は……。
「ほれ、決着はついたぞ」
師匠の声にはっとする。
「先生、失礼します」
フィールドと外を区切るラインが消えたのを確認し渡瀬は娘へと駆け寄る。
激しい戦いであったとしてもこれはゲームだ。スポーツのように疲労や痛みをプレイヤーに感じさせたとしても現実ではない。
現実ではない、のだが。
「アスカ、大丈夫か」
娘の身体に触れる。ぐったりしていたが小さく呼吸しているのがわかった。親バカかもしれないがバーチャルバトルは脳への負担が大きいことでも知られている。
万が一がないとは限らない。
「う……うう」
低くうめき、ゆっくりとアスカが目を開ける。
この回復の早さなら心配ないな。
渡瀬が安心していると娘ががばっと身を起こした。
路面に倒れたせいで多少身体と服が汚れてしまったが被害はそれくらいだ。
アスカがたずねた。
「し、勝負は?」
「お前の負けだ」
こんな答えをしたのは何ヶ月ぶりだろう。
「嘘」
「嘘じゃない。お前は負けたんだ」
父親としてこのようなことを告げるのは辛かった。だが、長年「エンカウントモンスターズ」に関わってきた身としては、相手が誰であろうとはっきりさせねばならない。これは勝負の世界では避けられないのだ。
セミロングの赤毛についた埃を軽く手で払ってやる。
「だが、悪くない戦いだったぞ」
「……」
無言でアスカが頭を振り、その手を拒む。
駆け寄ってくる足音が聞こえた。
新堂ユウミだ。
勝者の余裕もあるのかもしれないが、彼女の表情に先ほどの怒りはなかった。むしろ対戦相手を気遣うふうでもある。
「えっと」
ユウミが言った。
「ちょっとやりすぎちゃったかな?」
「あなた、やっぱり頭悪いでしょ」
「なっ」
この悪態は予想外のようだ。
一度目をつぶり、アスカがふっと小さく笑んだ。
「けど、その頭悪い子に負けるなんて私もまだまだね」
「渡瀬さん……」
「アスカでいいわ。私に勝てたんだから、これはご褒美。まあ、まぐれなんでしょうけど」
「ま、まぐれじゃないもん」
「そういうことにしてあげる。私、こう見えて年下には優しいのよ」
年下というワードに引っかかったのか、ユウミの眉がぴくんと動いた。
「年下……って。あたしのこといくつだと思ってるの?」
「え? 中学生よね?」
「高校生なんだけど。来月には二年生だよ」
「嘘」
アスカが目を丸くした。
それがあまりにも可愛らしかったので渡瀬は口元を緩めてしまう。アスカににらまれるが知らぬふりをした。
「こんなちんちく……ううん、小さいのに私と同い年?」
「アスカちゃんもあたしと同じなんだ」
「……あれは? 何級なの?」
あれとはエンカウンターとしての階級のことだ。
E級からS級まであり、B級から公式大会に出られるようになる。さらにS級になればプロを名乗ることもできた。
ユウミが答えた。
「C級だよ」
「はぁ?」
大声。
「まぐれとはいえ、私を倒せる子がC級ですって?」
あからさまに不機嫌になるのが渡瀬にもわかった。ただでさえ負けず嫌いな娘なのだ。二つも階級が低い相手に負けたとあっては納得できるものもできまい。
よろけながらもアスカが立ち上がり、びしっとユウミに指を突きつける。
「あなた、もっと上を目指しなさい!」
「う、上って……」
「私は次の検定試験で準S級の資格を取るわ。そして必ず近い将来プロになる! あなたもそこまで追いつきなさい!」
ユウミが目をぱちぱちさせる。
アスカが続けた。
「公式大会でこの借りを返してあげる。いい? わかったら返事!」
「あ、はい」
「声が小さい!」
「はいっ!」
元気よく応じたことに満足したのかアスカがにこりとした。
ぽんぽんとユウミの頭を叩く。
「じゃあ、約束。私、待ってるから」
こうして見ているとまるで姉妹だな。
渡瀬はそう思い、二人のプロエンカウンターが公式大会のフィールドで相まみえる姿を想像した。