第41話 どうしてあなたがここにいるの?
文字数 2,563文字
「お姉ちゃん」
ユウミが焦げ茶色のリュックにデッキを仕舞おうとしたとき背後から呼びかけられた。
妙に聞き覚えのある声にはっとして振り向く。
小柄な女の子がいた。
栗色の髪を縦ロールにした可愛らしい女の子だ。前に会ったときとは違い、白地に水色のラインのついたセーラー服に対のスカートといった姿をしている。スカーフの色は黄色。県内でもトップクラスの私立中学校の制服だった。少々サイズが大きいが似合っているといえば似合っている。
「あ、これ私のコレクションの一つだよ」
征服に目がいっていたからかサキが聞かれもしないのに答える。そのあまりの自然な振る舞いにユウミは逆にどうしたものかと困ってしまった。
無論、関わらないのが身のためだとはわかっている。
だが、頭のどこかで警鐘が鳴っていた。
下手な動きをするのはまずい。
ユウミはたずねた。
「どうしてあなたがここにいるの?」
「チャンスはね、うかがってたの」
サキがにこりとした。
「私としてはいつでも襲いたかったんだけど一回負けてるから……悪には悪のルールがあるんだよ」
「なら、今日も襲えないわね」
ユウミが立ち上がろうとしたとき、別の声がした。
「うーん、それが襲えるのよ」
声の下ほうを向くとピンク色のワンピースを着た女性がいた。見た目は三十台半ばくらい。ややソバージュがかった栗色の髪とあどけなさを残す顔がサキを思わせる。
「子供のケンカに親が介入するみたいで気は進まないんだけど」
女性が微笑んだ。
「でも、きまりはきまりだから。サキより強い私が出張るしかないでしょ?」
「ママ、油断しないで」
「あら、私、エンカウントで油断したことってないわよ」
やばい。
ユウミは逃げようとして腰を上げる。
サキが耳元でささやいた。
「ママとエンカウントしてくれないと、ここを爆破しちゃうよ」
「はぁ?」
つい声が大きくなる。
慌ててサキが付け足した。
「あ、みんなにバラしても爆破するから」
「そ、そんなことしたらあなたたちも巻き込まれるじゃない」
「私たちがいなくても代わりはいるよ」
つまらなそうにサキが返す。
「そういう組織だから。それにしくじった私がこうしていられるのも奇跡みたいなものだし」
「サキちゃんはあの方に気に入られていたから」
と、女性。
思い出したかのように名乗った。
「あら嫌だ。自己紹介が遅れちゃったわ。私の名前は橘ユキ。サキの母親よ」
爆弾を仕込んだ割に緊張感が足りないユキにユウミは訝しがる。眉根を寄せているとサキが言った。
「そんな顔をしていても逃げられないよ。諦めてママとエンカウントして」
「本当にここを爆破する気?」
サキがうなずいた。
ユキがワンピースのポケットからデッキケースを取り出す。ピンク色のシンプルなデザインだ。
しかし、このケースは……。
「あら、気づいたかしら?」
ふふっとユキが笑む。
「これ自体が端末になってる最新型よ。お子様のお小遣いじゃ買えない代物ね」
「……」
不覚にもいいなぁと羨ましくなってしまった。デザインと色はあれだが。
それにしてもどうしよう。
ユウミはあたりに目をやる。対戦ブースはお店側と通路側の二カ所の出入り口がある。強引にここから出ようと思えば出られるかもしれない。
が、爆弾が嘘でなければドカンだ。
どの程度の威力か不明ではあるが被害は免れないだろう。たくさんの人が巻き添えになってしまうかもしれない。
ユウミは自分のデッキを見る。
サキの言葉が繰り返された。
悪には悪のルールがあるんだよ。
ここでサキの母親を倒せば何とかできる……かも。
ユウミはデッキを持つ手に力を込める。
告げた。
「わかったわ、エンカウントしてあげる」
★★★
「オープン・ザ・ゲーム」の対戦ブースには「エンカウントモンスターズ」用のバーチャルルームが併設されている。
ユウミはそこでエンカウントを行うことにした。ここなら思う存分プレイできるし爆弾のことも秘密にできるはず。誰も関わらせずにこの一件を終わらせたかった。
ユキと一対一のシングルバトル。この対戦はユキの指示でサキが設定し、サキ戦同様オフィシャルな戦いとして記録されぬようセットされた。
「最初に言っておくわ」
立ち位置に向かいながらユキが挑発してきた。
「あなたのデッキでは私に勝てない」
「それはやってみないとわからないと思うけど」
「若い子はいいわね。恐いもの知らずで」
ユキが目を細める。
「まあ、痛い思いをするのも良い経験になるかもね」
ユウミは無視した。
アルカナシステムが支障なくプロセスを進めていき、ユウミたちの右手に五枚のカードが具現化する。ユウミは一枚ずつ確認すると左手に持ち替えた。
手札はかなりいい。
これなら初めからフルスロットルでいける。
「カードに恵まれたみたいね」
表情に出ていたらしい、ユキに指摘された。
「せいぜい楽しませてね。どうせ私のデイドリームバタフライデッキには敵わないけど……」
「ママもお姉ちゃんも準備はいい?」
スピーカーを通してサキの声がした。サキは対戦の邪魔にならぬようバーチャルルームの外にいる。エンカウント中は基本的に対戦者以外はフィールドに入れないようになっていた。
もし乱入すれば、そのエンカウンターには生命力に3000ポイントのペナルティが課されてしまう。
もっとも、この一戦に参加しようなどという者などいないのだが。
ユウミは無言でつぶやいた。
さっさと終わらせてやる。
マリーズカフェでハルキたちを待たせているのだ。
爆破も防ぐ。
カードも守る。
うん。
……一気にいくよっ!
返事がないのを了承と受け取ったのか、サキが宣言した。
「それでは、これよりママ対お姉ちゃんの試合を始めます。あ、これアンティルールだから」
ユウミとユキの声が重なった。
「「エンカウント!」」
**「アンティルール」とは特定のカードを賭けて戦うルールのことです。
これ、賭博行為になる場合があったりトラブルになったりすることがあるので、良い子はマネしないでね。
ユウミが焦げ茶色のリュックにデッキを仕舞おうとしたとき背後から呼びかけられた。
妙に聞き覚えのある声にはっとして振り向く。
小柄な女の子がいた。
栗色の髪を縦ロールにした可愛らしい女の子だ。前に会ったときとは違い、白地に水色のラインのついたセーラー服に対のスカートといった姿をしている。スカーフの色は黄色。県内でもトップクラスの私立中学校の制服だった。少々サイズが大きいが似合っているといえば似合っている。
「あ、これ私のコレクションの一つだよ」
征服に目がいっていたからかサキが聞かれもしないのに答える。そのあまりの自然な振る舞いにユウミは逆にどうしたものかと困ってしまった。
無論、関わらないのが身のためだとはわかっている。
だが、頭のどこかで警鐘が鳴っていた。
下手な動きをするのはまずい。
ユウミはたずねた。
「どうしてあなたがここにいるの?」
「チャンスはね、うかがってたの」
サキがにこりとした。
「私としてはいつでも襲いたかったんだけど一回負けてるから……悪には悪のルールがあるんだよ」
「なら、今日も襲えないわね」
ユウミが立ち上がろうとしたとき、別の声がした。
「うーん、それが襲えるのよ」
声の下ほうを向くとピンク色のワンピースを着た女性がいた。見た目は三十台半ばくらい。ややソバージュがかった栗色の髪とあどけなさを残す顔がサキを思わせる。
「子供のケンカに親が介入するみたいで気は進まないんだけど」
女性が微笑んだ。
「でも、きまりはきまりだから。サキより強い私が出張るしかないでしょ?」
「ママ、油断しないで」
「あら、私、エンカウントで油断したことってないわよ」
やばい。
ユウミは逃げようとして腰を上げる。
サキが耳元でささやいた。
「ママとエンカウントしてくれないと、ここを爆破しちゃうよ」
「はぁ?」
つい声が大きくなる。
慌ててサキが付け足した。
「あ、みんなにバラしても爆破するから」
「そ、そんなことしたらあなたたちも巻き込まれるじゃない」
「私たちがいなくても代わりはいるよ」
つまらなそうにサキが返す。
「そういう組織だから。それにしくじった私がこうしていられるのも奇跡みたいなものだし」
「サキちゃんはあの方に気に入られていたから」
と、女性。
思い出したかのように名乗った。
「あら嫌だ。自己紹介が遅れちゃったわ。私の名前は橘ユキ。サキの母親よ」
爆弾を仕込んだ割に緊張感が足りないユキにユウミは訝しがる。眉根を寄せているとサキが言った。
「そんな顔をしていても逃げられないよ。諦めてママとエンカウントして」
「本当にここを爆破する気?」
サキがうなずいた。
ユキがワンピースのポケットからデッキケースを取り出す。ピンク色のシンプルなデザインだ。
しかし、このケースは……。
「あら、気づいたかしら?」
ふふっとユキが笑む。
「これ自体が端末になってる最新型よ。お子様のお小遣いじゃ買えない代物ね」
「……」
不覚にもいいなぁと羨ましくなってしまった。デザインと色はあれだが。
それにしてもどうしよう。
ユウミはあたりに目をやる。対戦ブースはお店側と通路側の二カ所の出入り口がある。強引にここから出ようと思えば出られるかもしれない。
が、爆弾が嘘でなければドカンだ。
どの程度の威力か不明ではあるが被害は免れないだろう。たくさんの人が巻き添えになってしまうかもしれない。
ユウミは自分のデッキを見る。
サキの言葉が繰り返された。
悪には悪のルールがあるんだよ。
ここでサキの母親を倒せば何とかできる……かも。
ユウミはデッキを持つ手に力を込める。
告げた。
「わかったわ、エンカウントしてあげる」
★★★
「オープン・ザ・ゲーム」の対戦ブースには「エンカウントモンスターズ」用のバーチャルルームが併設されている。
ユウミはそこでエンカウントを行うことにした。ここなら思う存分プレイできるし爆弾のことも秘密にできるはず。誰も関わらせずにこの一件を終わらせたかった。
ユキと一対一のシングルバトル。この対戦はユキの指示でサキが設定し、サキ戦同様オフィシャルな戦いとして記録されぬようセットされた。
「最初に言っておくわ」
立ち位置に向かいながらユキが挑発してきた。
「あなたのデッキでは私に勝てない」
「それはやってみないとわからないと思うけど」
「若い子はいいわね。恐いもの知らずで」
ユキが目を細める。
「まあ、痛い思いをするのも良い経験になるかもね」
ユウミは無視した。
アルカナシステムが支障なくプロセスを進めていき、ユウミたちの右手に五枚のカードが具現化する。ユウミは一枚ずつ確認すると左手に持ち替えた。
手札はかなりいい。
これなら初めからフルスロットルでいける。
「カードに恵まれたみたいね」
表情に出ていたらしい、ユキに指摘された。
「せいぜい楽しませてね。どうせ私のデイドリームバタフライデッキには敵わないけど……」
「ママもお姉ちゃんも準備はいい?」
スピーカーを通してサキの声がした。サキは対戦の邪魔にならぬようバーチャルルームの外にいる。エンカウント中は基本的に対戦者以外はフィールドに入れないようになっていた。
もし乱入すれば、そのエンカウンターには生命力に3000ポイントのペナルティが課されてしまう。
もっとも、この一戦に参加しようなどという者などいないのだが。
ユウミは無言でつぶやいた。
さっさと終わらせてやる。
マリーズカフェでハルキたちを待たせているのだ。
爆破も防ぐ。
カードも守る。
うん。
……一気にいくよっ!
返事がないのを了承と受け取ったのか、サキが宣言した。
「それでは、これよりママ対お姉ちゃんの試合を始めます。あ、これアンティルールだから」
ユウミとユキの声が重なった。
「「エンカウント!」」
**「アンティルール」とは特定のカードを賭けて戦うルールのことです。
これ、賭博行為になる場合があったりトラブルになったりすることがあるので、良い子はマネしないでね。