ギフト

文字数 2,820文字

「そう言えば、千絵、暗算が超得意だって聞いたんだけど、ほんとなの?」
 大学の食堂で、生協の購買で買った天むすを食べながらコーヒーを飲んでいると、香菜が突然そんな話を始めた。
「超かどうかは分からないけど、得意だよ。でもなんで?」
「さっき生協で買い物した時に、決裁アプリの残高が足りなくてさ。足りない分を現金で支払いしようと思ったんだけど、後ろにすごい人が並んでたから、焦ってお財布が鞄の中で見つからなくってさ。最終的には見つかったんだけど、大恥もの。
 残高が少なくなってるのは分かってたから、頭の中で足りなくならないように計算してたつもりだったんだけど、その計算を間違っちゃったんだよね。で、そう言えば、誰かが千絵が暗算出来るって言う話をしてたなって思い出して」
「やっぱりあれ?子供の時にそろばん習ってたとか?」
 私には初耳で、普段の千絵とのイメージとギャップがあったので、ちょっと興味が湧いた。
「いや、そう言うわけじゃないんだけど。何となく、頭の中で計算できちゃうの。って言うか、自然に答えが浮かぶ。まあ、三桁くらいの暗算までだけどね」
「えー、でも、足し算、引き算だけじゃなくて、掛け算、割り算もできるんでしょ。凄い!!天賦の才能?いわゆるギフト的なやつだよね」
「そんな、大したことじゃないよ」
 そう千絵は謙遜したけれど、普段から大げさな香菜の意見に、私もこの時ばかりは賛成だった。三桁の掛け算の答えが自然に頭に思い浮かぶ絵をイメージしようとしても、私には想像すらできなかった。 
「あ、でもさ、ギフトって言うんだったら、香菜の絶対音感の方がすごくない?」
「え、香菜、絶対音感保持者なの!?」
 これまた初耳だった。
「うん、あれ言ってなかったっけ。まあ、別に隠すようなことでも自慢することでもないしね」
「でも、周りの音が全部音階で聞こえるんでしょ。良く分からないけど、かっこいい感がある」
「たしかに、絶対音感って、私の三桁の暗算ができるってやつより、芸術的でよりギフトっぽいよね」
 わざと真面目な表情を作った千絵のコメントに、私は軽く笑ってコーヒーを一口飲んだ。そして顔を上げると、千絵と香菜が、何かを期待するように私の方をじっと見ていた。
「で?」
 香菜が言った。
「で?」
「で、由香子のギフトは?」
「ギフトぉ?ないよそんなの。そうそうないからギフトなんじゃない。そんなギフト保有者が、しゅっちゅう出会うなんて、ドラマとかマンガじゃないんだから」
「違うって。ギフトって言うのは、すべからく全ての人に与えられてるものなんだって。ただ、気が付きやすいギフトとそうじゃないギフトがあるだけで。由香子にも絶対なんかギフト、あるはずだって」
 香菜の質問を一笑に付してごまかそうとしたが、千絵まで参戦してきて、なんか逃げられない感じになった。
「えー、ほんとないよ。暗算とか絶対音感とか、だからそういう他の人が持っていないような才能のことでしょ・・・」
 時間稼ぎで口を動かしながら、自分自身で大して期待もせず頭をフル回転させた。そしたら、一個だけヒットした。
「あ、」
「あ!?」
 ぐいと二人の顔が私ににじり寄ってきた。
「そんな、身を乗り出してもらうほどのことじゃないんだけど、あえて言えば、あえて言えばだよ、思いつくのは一つだけ」
「何なに!?」
「いやだから、そんな期待してもらうようなことじゃないから。ただ私さあ、出身が愛媛だから、子供の時から回りにみかんがたくさんあって、冬の間はほんとずっとみかんを食べ続けてる感じだったの、で、触っただけで美味しいみかんが分かるの」
「みかん・・・」
 二人の反応は微妙だった。
「何それ。ちょっと良く分からないんだけど、それってそれこそ愛媛の人なら誰でもできる、地域の伝統才能的なものじゃないの」
 まず、香菜が面白い言い回しの質問をしてきた。
「まあ、みんなみかんを食べることの経験値は高いから、多かれ少なかれ技術はあるんだろうけど、おばあちゃんとか弟とかが、私にみかんを選んでくれって言ってたから、他の人よりも精度は高いんだと思う」
「どんな感じで分かるの?」
 千絵の質問は、より実用的だった。
「なんかさあ、みかんを触ると、皮の厚みとか張りでさあ、みずみずしさとか甘みとかがぱっと分かっちゃうんだよね」
「ぱっと・・・」
「ぱっとねえ・・・」
 香菜と千絵は顔を見合わせ、そして、三秒後に爆笑した。
「だから、言ったよね。そんなギフト的なギフトなんて、持ってる人少ないって」
 出せと言われて出した、自分のギフト案を笑われて、私は大いに傷ついた。
「ごめん、ごめん。別に由香子のギフトを馬鹿にするつもりはないんだけど、なんて言えばいいか分からないけど、あまりに素朴なギフトだったから」
「そうそう、千絵が言う通り。なんかこたつで、みかんを手に取って難しい顔をしてる、子供のころの由香子を想像したら、あまりに可愛くて、つい」
「でもさあ、いつも美味しいみかんが選べるんだから良いよね」
 千絵の質問にはどこか取り繕うようなところがあったが、大人げないので、それには目をつむることにした。
「まあね。逆に給食当番でみかんを配るときは、いじわるな男の子には、わざと美味しくないやつを配ったりしてた」
「なるほど、そういう使い方もできるんだね。意外と実用的かも・・・、」
 そう言うと、千絵は少しトーンを変えて続けた。
「実は、暗算ってさあ、実用的な感じがするけど、そんな使う場面ないんだよね。あったとしても、今の時代、別にスマホの計算機使えばいいだけだし。って言うかさ、情報の授業で、表計算とかのワークあるじゃない。私、あれ、答えはすぐに分かるんだけど、エクセルで表が作れないから、いっつも赤点ギリギリなんだよね。このままだと、就職しても使えない女になりそうで、すごい嫌なの」
 ギフト保持者には人知れぬ悩みも漏れなくついて来るのか、香菜も完全な同意を示す表情を浮かべて続いた。
「分かる分かる。でも、そんなのまだましだよ。絶対音感なんて、周りの音が全部音階で聞こえるって、すごいめんどくさいんだよね。プラスはゼロ、というかむしろマイナス。いつも、余計な音が耳に入ってこないように、頑張ってるくらい。
 しかもさ、絶対音感だからって、音楽ができるわけじゃないしね。千絵も由香子も知ってるけど、私カラオケとかも別に上手じゃないでしょ。絶対音感なのに歌が上手じゃなくて、しかも、自分の下手さ加減がデジタルに分かるって、これって結構苦痛なのよ。その点、由香子のギフトはマイナスがないよね」
「たしかに、プラスだけだ。おばあちゃんとか弟にも感謝されてただろうし」
「なんか、将来の旦那さんとか子供に、みかんを選んであげてる幸せそうな由香子の姿が目に浮かんできた・・・」
 そして、心の底から悔しそうな表情で、口を揃えて二人は言った。
「結局、みかんかぁ」
 まんざらでもない気分だった。
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