解答
文字数 2,822文字
ゲームという駒の中で真に与えられた役職は犯人。だがそれはあくまでもゲームの中の話であって、一歩でも盤上から外に出れば探偵となる。だから浅葱は、全ての謎に答える必要があった。
ほとんどの答えは用意できた。最初からこの紙を開けていれば理解できていたほどの稚拙なトリック。種を明かしてしまえば、砂上の城のように波にさらわれていく夢幻の真実。浅葱は今こそ、語り掛ける。どこかで聞いているであろう犯人に。犠牲となった弱き探究者達への弔いに。
「原初の謎、ウィンチェスターから届いた挑戦状。茉莉と杏が喧嘩をした時、あんたは花瓶から花を抜き取って、二人に差し出した。挑戦状を入れたのはその瞬間だ。こんな下らない手品、度外視してもよかった。だけどこれがあんたにとっての警告だったんだろ。黒須紗良を自白させるための準備だったんだ」
馬宮の事件前から、犯人は既にトランプのカードを全員に配っていた。行き過ぎた茶番だと切り捨てた者は、カードの中身を見ない。実際に見た人間は誰一人としていないだろう。
重要になってくるのは、真達と同じ席に座っていたのは共犯者の若杉亜里沙だったという点ともう一つ、子供の言い争いが起きて注目されなければ、羊皮紙を入れる瞬間を目撃できたであろう点。犯人はまさか、人の心までもを操って自分に有利な立場を形成したとでもいうのか。
「リミーの性格上、杏を放っておけないのは分かっていた。大会でリミーの行動を観察し、杏と茉莉どっちとも仲良くしていると知ったあんたは、三角関係に似た構図ができていると気付く。経緯は知らないが、茉莉が怒りっぽいというのを知っていたんだろ、だからあの席になるように誘導した。杏が家族といるのが嫌だからって早く食堂に来るのを見越して、リミーと二人で座るだろうと想像通りの結果になった。もし茉莉が
当初の方法で事が上手に運んだならば、それに越したシナリオはない。
続くは第一の、馬宮の事件だ。真は刀で胴体を切り裂くように、真実に刃を深くめり込ませていった。
「証拠が残らなければ、誰も気付かなかっただろうよ。だがあんたにとってこれはゲームだ。だからわざと見つからせたんだろ、幻覚剤をな」
杏は真が何を言わんとしているのか察して、怯えた目をした。犯人の、人情を利用したおぞましい計画に息を呑まずにはいられなかった。
犯人の定義は、自らの手で人を殺害するというもの。
「部屋の中は密室。銃弾は床に埋められ、銃殺ではないのは明らかだった。だが馬宮さんは、銃によって殺されたんだ。俺が銃を撃たなければ死ななかった」
三つある殺人の中で最も難解であり、完璧な密室殺人。真犯人という肩書に塗り替えられた「患者」だからこそできる魔法。
この事件が切っ掛けで、真は外部犯である可能性の大きさを強く感じていた。証拠も何も残らない方法で密室を作り、隠し通路や扉が真犯人を隠しているのだと簡単な推理に逃げていた。真だけではなく、英も同じだ。知り合ってまだ一日も経っていない他人同士だが、同じ晩食を共にした他人。そう簡単に疑えるはずがない。部屋に駆けつけた三人以外は誰一人として食堂を出ていないし、駆け付けたのも三人。三人の誰でも犯人ではないのだとしたら、犯人が十六人の中にいるとは誰も考えられない。
「俺はついさっき、自分に幻覚剤を打った。とんでもない薬物だったさ。身体中に虫が這いよって痒くなり、それに襲われる恐怖感。いくら警察でも恐怖心は拭えなかっただろうな。それに加え、馬宮さんは幻覚剤を打たれたと自覚してなかった可能性が大きい。じゃなけりゃ、自分で鏡を割ってまで皮膚を傷つけないだろうよ」
部屋の中で聞こえた蒼佑の勇ましい声は、一人で幻覚と戦っている声だった。部屋の中が散らかっていたのもその名残り。
「扉が閉まる音だけでも爆撃されたような振動が身体中に響いた。その状況で銃声が聞こえたら、人は簡単に死ぬだろう。ショック死だ」
ショック死。銃で自分が撃たれたと錯覚したか、爆音が心臓の鼓動を止めたのかは不明。だが犠牲になる条件は十分に整えられていた。
真は配られた手札を公開し、次のゲームへと移った。
「それ以降の事件はトリック自体は難しくない。第二の事件。トイレでの六人の死だ。一見、あれは六人に毒が注入されていると思わせる奇怪な演出だった。幻覚剤を用いて蒼佑を殺害していたと分からせられた俺たちは、毒殺だと簡単に勘違いした。だが、実際は毒じゃない。あの機械が送っていたのは酸素なんだ」
病院でよく目にする吸入装置の簡易版。それが顔に取り付けられている。全員がトイレに座らせられているという奇妙なシチュエーションで。
「俺は直前に麻酔薬で昏倒させられた。その時に気付くべきだった。全身麻酔をすると人間は自発的に呼吸ができなくなる。だから一般的に手術中は酸素を送っている。あんたはあの六人に全身麻酔をかけ、酸素を送っていた。毒を送っていると勘違いした俺は全てのマスクを取った。俺は、この手であいつらを殺したんだ、窒息させてな」
犯人の誘導によって行われた間接的な殺人扶助。真は推理をすればするほど、自分の無力さを情けなく思い始めた。同時に、後悔。間接的とはいえ、殺人扶助をしたのは紛れもなく自分。一番最初に役職を見ていれば、蒼佑の死さえ起きなかっただろう。
多くの人の命を奪った。だが真は怯みもせず、第三の事件を語る。
「怜美を殺したのは、紛れもなく俺だ。あんたの奇妙な文字にまんまと騙され、俺は怜美を殺害した。だが――皮肉にも俺は、怜美の死によって物語の真相に気付かされた。気付いた時は失笑したくなった。全ての証拠はすぐ近くにあったんだと分かっちまったんだからな」
他にも様々な謎は残る。だがその全ての謎は、犯人の名前を口にすれば容易に、誰でも解ける簡単なもの。口にして答えるほどではない。
だから最後に真は、犯人の名前を口にする。断言する。
「あんたが犯人だ――佐伯奏楽」
真は扉に背中を向けていた。部屋の中に彼はいないだろう、いるとしたら扉の前としか考えられなかった。入口で聞いているはずだ。
思い通りの展開なのだろう。犯人の敷いたレールの上を歩いているだけの探偵は、どこまでも
渇いた拍手の音が、扉の向こう側から聞こえてきた。真を
「おめでとう、浅葱さん。君の勝ちだ」
扉が開く、向こうにたっていたのは間違いなく、紛れもなく奏楽だった。
杏は真正面から奏楽の顔を見た。その表情を見た杏が抱いた感情は、怖れ。人を殺めて、自らが犯人だと告発されても揺るぎない、いつもの奏楽の顔だった。