第10話

文字数 1,423文字

 ――君と僕は、確かに政略結婚かもしれない。だが僕は本気で君のことを愛しているし、幸せにする努力を怠らない。君の悩みも、苦痛も僕が代わる。だから、一緒に暮らしてほしい。
 また同じ夢だった。実際はもっと違うプロポーズだったというのに、夢はそれを捏造して私を堕とそうとしてくる。だから私は、夢の中でも彼を拒絶する。私は自分のことを、なんと頑固な女なのだろうと嫌にすら感じる。しかし自分に嘘はつけない。つきたくない。
 夢だと気付いても中々目覚めないのは、昨日の夜に十分に眠れなかったせいだろう。ゲームに参加するのが怖くて。
 意識がはっきりすると、夢の中の世界も鮮明に目に飛び込んでくる。私達は二人だけの世界で、青空の下だった。地面を見ると、たくさんの氷の花が咲いている。それは幻想的で、太陽の光で七色の輝きを帯びていた。
「僕は君を幸せにできる。僕にしか、君を幸せにできない」
 目の前にいるのは空想の産物。私の描いた理想が反映されただけの怪物だ。
 彼から逃げようとして、足にひどい違和感。みれば私は、鉄の鎖で繋がれていてその場から動けなかった。でも私はそれに恐怖しない。鎖で繋がれているのが、穏当に感じる。
 これが人生だ。家畜と変わらない。最後には食卓に並ぶ豚のように、私は親から餌を与えられて生きてきた。最後には、美味しいご飯が食べられるように、欺瞞(ぎまん)に満ちた幸福という餌を与えて。兄は私を捨てて、遠くへ逃げていった。本当は、私の隣で兄も鎖に繋がれているはずなのに。
「僕から目を逸らさないで」
「黙って。私はあなたのことが嫌いです。心から嫌い! あなたの声を聞く度に、耳を塞ぎたくなるんです!」
「君はそう思いたいだけだ。親の操り人形になりたくないから」
 彼は裸だった。何も服を着ていない。私も同じだ。でもその体は、自分のものとは思えない。この体を作ったのは親だ。宝石のように綺麗で、汚れなどない。
「君は誰かに愛されたいはずだ!」
「選ばれた友達と遊んで、選ばれた本を読んで。私が従わなかったら一週間も存在を認められなかった! 分かりますか? 誰からも話しかけられないし、泣いても相手にされない。ご飯の用意もされてない。まるで私が幽霊のように! すごく怖かった」
 思い出すと胸が締め付けられるように縮こまる。全身の毛が逆立つ。
 彼は私の前まで歩いてきてこう言った。彼の手が、私の腕を掴んだ。
「僕が君を幸せにする」
「幸せなんて形のないまやかしはいらない! 私に必要なのは――」
 言葉が止まった。私はそれ以上の呪詛を言えなかった。とても、言えなかった。
 突然、気持ち悪い優しい目をしていた彼は片手で私の、胸の膨らみに触れた。私は悲鳴をあげて彼を突き飛ばしたが、鎧のように重くて倒れない。
「もう、持っているだろ……」
 地面から、細長い手が生えている。その手には拳銃が握られていた。これは誰の手なのだろう? 私はそれを考える暇を惜しんで、拳銃を掴んだ。私は彼に殺される前に、殺さなくてはならないのだ。
 だから眉間に向けて銃を撃った。
 彼の頭ははじけ飛び、血飛沫が舞った。私は唖然として、その場に膝をついた。
 私を縛っている鎖が消えていた。
 そうして、私の夢は終わった。現実に引き戻されたのだ。とてもリアルな夢で、人を殺した時の感覚がまだ手に残っている。眠気はすっかりなくなってしまっていた。
 扉をノックして、私を呼ぶ声が聞こえる。私は返事をして、扉を開けることにした。
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登場人物紹介

●浅葱(あさぎ) 真(まこと)


八条探偵事務所に所属し、そこで生活している若いアルバイト探偵。

口数は多い方ではないが、心には正義の根が張っている。困っている人は基本見過ごせない。

娯楽や恋愛にはストイックだが、年相応にちょうどよく嗜んではいる。

●金井(かない) 怜美(れみ)


浅葱の助手として連れてこられたワトソン役。

ミステリー小説好きで、とにかく喋ることが好き。

浅葱のことは歳の近い相棒と認識しており、探偵として慕っている。

●黒須(くろす) 杏(あん)


黒須家の一人娘。中学一年生。

普段は根暗で覇気がないが、ミステリーの話題が出た時はここぞとばかりに明るくなる。

ミユキ、という名前でミステリー小説を紹介する動画を投稿しているが、再生数は伸び悩んでいる。

●黒須 紗良(さら)


黒須家の母親。夫の拓真(たくま)とは結婚して16年になる。

表面上は明るく振舞う母親を演じているが、彼女は二つの精神疾患を患っているため、時々ヒステリックになる。

ギャンブルが好きで、拓真とはよくラスベガスに旅行に行っていた。


●黒須 拓真(たくま)


黒須家の父親。杏からすると、優しいお父さん。

ヒステリックな紗良を宥めている内に、落ち着いた雰囲気が宿されてきた。

杏と紗良の仲が険悪なため、このゲームを切っ掛けに仲直りできないかと考えている。

●根本(ねもと) 純也(じゅんや)


フリーターとして生計を立てている男性。恒(ひさし)の兄。

楽観主義者のような振る舞いをするが、頭では常に真面目なことを考えながら生活している。

医師免許を取るために勉強するかたわら、バカンスとしてゲームに参加した。

●根本 恒(ひさし)


大学生活を満喫する純也の弟。

読書家であり、ミステリーゲーム好き。自分が一番賢いと傲慢な態度を示しては純也に諭される。

将来の目標がなく、純也や父親からはいつも気を使われている。

●若杉(わかすぎ) 亜里沙(ありさ)


良家で育てられた長女。新城(しんじょう)の婚約相手。

品行方正で他者優先。洗練された言葉遣いで周囲と接するが、常に自分を犠牲にしていて人間関係に疲弊してしまう。

新城とは政略結婚であり、何とかして取り消せないか考えている。

●新城(しんじょう) 文世(ふみよ)


新城財閥の次期後継者であり、若杉の婚約相手。

男尊女卑の家で育てられ、常に男性が女性を守るべきだという信条で動く。

若杉とは政略結婚であるが、彼女の美しさに惚れてひどく気に入っている。


●御手洗(みたらい) 英(あきら)


友人と語る馬宮(まみや)と参加している男性。

周囲とは気さくに話し、頼もしいお兄さんのような役回りで動いている。

ただし、ゲームに参加した目的はどうやら賞金だけではないようだった。


●馬宮(まみや) 蒼佑(そうすけ)


御手洗と一緒に参加した男性。二人とも同じくらいの若い年齢。

誰に対しても敬語で話すが、非常にノリが良い。高いコミュニケーション能力で、自然とその場の中心になる力がある。

御手洗とほとんど一緒に動いており、何かの調査をしているようだ。

●行峯(ゆきみね) 茉莉(まり)


一人で参加した少女。可愛らしい緑色のリボンを頭につけている。

大人と接するのが好きで、色々な人に話しかけては可愛がられている。計算高いわけではなく、彼女は人一倍の寂しがりやなのだ。

大きく機嫌を損ねると子供特有のヒステリックを催す。同年代の子供に特に顕著にその様子が現れる。

●佐伯(さえき) 奏楽(そら)


一人で参加した青年。常に和やかな雰囲気で人と接する。

周囲との協調性が高く、誰かの尻尾についていくように行動する。否定はせず自分の意見は押し殺すが、窮地になれば思い切った行動も取る。

自分の妹の治療費を稼ぐためにゲームに参加したと語る。

●秋本(あきもと) リミー


天真爛漫な高校生。日本人とフランス人のハーフであり、父親がフランス人。

物事を深く考えず、能天気な口ぶり。共感性が高く、感動映画を見たら絶対に泣く純粋な子。非常に扱いやすい。

佐伯のことが異性として気になっており、チャンスがあれば告白しようと思っている。


●古谷(ふるや) 御子(みこ)


艶やかな雰囲気のミステリー小説家。小説はそこそこの知名度を誇る。

知的であり、大人びた話し方で周囲の人間と馴染んでいくが、どこか常識から外れた思考をするからと多くの人間は彼女を避ける。友達は少ない。

数年前に付き合っていた男性に借金を押し付けられる形で逃げられ、その返済のために様々な仕事を請け負っている。


●神崎(かんざき) 紫苑(しおん)


ゲームの進行を滞らせないために呼ばれた洋館の使用人。一人で鍵や食事の管理等を任される。

寡黙で、参加者一同とは滅多に話すことはない。普段は使用人室で休んでいるか、厨房で料理を作っているかのどちらか。

そのロボットのような無感情さと手際の良さから、様々な場所で使用人としての高い評価を得ている。

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