第32話

文字数 2,467文字

 ――皆さんこんばんは。良い夜をお過ごしでしょうか。
 私が再び現世に姿を現すために必要な人間の数は、残り十人となりました。まだまだ多いですね。

 さて、こうして手紙を書かねばならないのはあなた方に新たなルールを課そうと思ったからです。
 本来ルピナスでは、探偵が集会宣言を出せば全員が一ヵ所に集まり、犯人特定へと至ります。
 ですがこのままだとあなた方は保身ばかり考え、ゲームどころではありません。それでは面白くない。

 ですからここで宣言します。
 明日の朝、警察の船もヘリも来ません。救援はきません。
 このゲームを終わらせる条件はただ一つ、この事件を起こした犯人を言い当てることです。

 長引き過ぎても面白くありませんので、時間制限を設けさせていただきます。
 時間は今日の夜二十三時まで。その時間になれば、探偵の方は集会宣言をしてください。
 そして思う存分議論した後、いつものルピナスのように犯人特定をしてください。

 制限時間を過ぎるか、犯人特定に一度でも失敗した場合。ここにいる全員が死亡します。
 爆弾が仕掛けられていると思ったでしょう。違います。
 爆弾ではありません。

 では、今は夜中の一時を半分回った頃合いですね。残り時間は、ああ、計算が面倒。
 あなたの頭の中でタイムリミットを計算しておいてください。
 それでは、良いゲームを。

 私が望んでいるのはただ一つ。「探偵」が全ての真実に至ってくれることです。
                           ウィンチェスター――

「なんなんだ、一体! どこまで僕たちを(もてあそ)べば気が済むんだ、犯人は!」
 恒は恐怖に耐え切れなかった。ソファに座りながら頭を抱え、今にも飛び出しそうなほど目を見開いている。彼は部屋を支配する恐怖の代弁者となって、他の誰もが口を動かすのを忘れていた。事件には手慣れている英や、真でさえ分からないのだ。目の前に文字という形で顕現(けんげん)した災厄(さいやく)の意味が。
 しかし、一つだけはっきりした事実がある。
「御手洗さん、もしこの手紙が俺たちを攪乱(かくらん)するためのものじゃないとしたら。犯人からの挑戦状だとしたら」
「気付きましたか、浅葱さん。いやはや、探偵も侮れない」
 この手紙が言いたいことは、真と英が天秤にかけていたどちらか一方の虚偽を、虚偽だと断定したものだ。馬宮蒼佑の事件が起きてからすぐに二人が話し合った内容だ。
 手紙はこう語っている。明日の朝に助けは来ない。探偵の役職が、集会宣言をして犯人を特定する。タイムオーバーと失敗は全員死亡。
 ゲームというのは、クリアできるからこそゲームとして成立する。
「犯人は、俺たちの中の誰かだ」
 真達の勝利条件は探偵が犯人を見つけるというものだ。これが外部犯だった場合、クリアは不可能となる。ウィンチェスターが戦車を相手に歩兵で挑めと語っているのでなければ、クリアが可能なのだとすれば犯人は外部犯ではない。この手紙は、その事実を示したかったのではないか。
 ならば犯人はどうして自分の首を絞めるような真似をしたのか。普通に考えて、この事実は公にしないほうが犯人にとって得なのだ。外部犯か内部犯か分からない、その状況で事件が進むことが犯人の望んだ展開ではなかったのか。
「あの、その手紙を置いたのは誰なんでしょうか」
 遠慮がちに言ったが、亜里沙の告げた大胆な一手は最初に浮かべるべき疑問であると真に思い知らせたのだった。そして真は、手紙を置ける距離にいるのは自分以外に誰もいないのだと知る。
 ランプに一番近いのは自分なのだ。手紙が置かれる前まで奏楽がいたが、奏楽がドアの近くに移動した時には何も無かった。そう、何も無かったのだ。
 突然落ちてきた。そうとしか言いようが無かった。
 だとしたら天井に貼り付けられていたのだろうか? それなら誰もが気付くはずだ。奏楽が、真の見てないタイミングで手紙を投げたのか。それでも、誰かが気付くはずだった。ランプの明かりとはいえ、誰かが物を投げれば影が揺れるだろう。
「場所的に考えたら、浅葱君よね」
 いつにもなく冷静になった紗良がそう言った。
「だけど、私は浅葱君が置いたようには思えない。短絡的な考えだけど、浅葱君と常に一緒に行動しているのは金井さんでしょう。その金井さんが見つけたんだから」
 それはどういう意味なのかと英が問うと、紗良はこう続けた。
「もし金井さんが共犯者だった場合、浅葱君が真っ先に疑われるタイミングで手紙を見つけるはずがない。浅葱君が単独犯だった場合でも、金井さんは身内を売るような子じゃないから、浅葱君が本当に犯人だったとしてもタイミングをずらすはずよ」
「身内を売るような子じゃないって言っても、紗良さん。あなた、金井さんと会ったのって今日が初めてですよねえ」
「ええ、そうよ。だけど金井さんとは二時間くらい話したの。色んな話をね」
 どんな話をしたのかさえ言わなかったが、怜美は頷いた。少しだけ緊張しているように見えた。
「だとすると、本当に誰が置いたのかしら。はあ、疲れて頭が回らない」
「少し休眠をとるのが良いでしょう。皆さん、この部屋は僕が見張ってるので、皆さんは明日に備えて休養していてください。なあに、警察の救援が来ないっていうのはあり得ませんよ。もし来なかったとしたら職務怠慢でしょっ引いてやりますからね」
 英はその場を少し明るくしようと努めたのだろう、おどけるように言ってから二回手を叩いた。
 それから数人ずつ、眠りの世界に入っていく者が増え始めた。全員分のソファはないから、女性だけソファの上に乗せて男は地面に横になる。紫苑が忍びなさそうに布団を持ってこようか提案したが、今の時間は少人数でも外で行動するのは危険だった。それに蓄積した疲労感は、地べたが硬いカーペットでも問題なく思えるほど眠気を連れてきてくれるのだ。
 だから真も、ランプを消してその場で横になった。
 ランプを消すと、月明りが窓から差し込む。幻想的な色だったが、殺人が起きた館に差し込む光にしては、あまりにも優しすぎるのだった。
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登場人物紹介

●浅葱(あさぎ) 真(まこと)


八条探偵事務所に所属し、そこで生活している若いアルバイト探偵。

口数は多い方ではないが、心には正義の根が張っている。困っている人は基本見過ごせない。

娯楽や恋愛にはストイックだが、年相応にちょうどよく嗜んではいる。

●金井(かない) 怜美(れみ)


浅葱の助手として連れてこられたワトソン役。

ミステリー小説好きで、とにかく喋ることが好き。

浅葱のことは歳の近い相棒と認識しており、探偵として慕っている。

●黒須(くろす) 杏(あん)


黒須家の一人娘。中学一年生。

普段は根暗で覇気がないが、ミステリーの話題が出た時はここぞとばかりに明るくなる。

ミユキ、という名前でミステリー小説を紹介する動画を投稿しているが、再生数は伸び悩んでいる。

●黒須 紗良(さら)


黒須家の母親。夫の拓真(たくま)とは結婚して16年になる。

表面上は明るく振舞う母親を演じているが、彼女は二つの精神疾患を患っているため、時々ヒステリックになる。

ギャンブルが好きで、拓真とはよくラスベガスに旅行に行っていた。


●黒須 拓真(たくま)


黒須家の父親。杏からすると、優しいお父さん。

ヒステリックな紗良を宥めている内に、落ち着いた雰囲気が宿されてきた。

杏と紗良の仲が険悪なため、このゲームを切っ掛けに仲直りできないかと考えている。

●根本(ねもと) 純也(じゅんや)


フリーターとして生計を立てている男性。恒(ひさし)の兄。

楽観主義者のような振る舞いをするが、頭では常に真面目なことを考えながら生活している。

医師免許を取るために勉強するかたわら、バカンスとしてゲームに参加した。

●根本 恒(ひさし)


大学生活を満喫する純也の弟。

読書家であり、ミステリーゲーム好き。自分が一番賢いと傲慢な態度を示しては純也に諭される。

将来の目標がなく、純也や父親からはいつも気を使われている。

●若杉(わかすぎ) 亜里沙(ありさ)


良家で育てられた長女。新城(しんじょう)の婚約相手。

品行方正で他者優先。洗練された言葉遣いで周囲と接するが、常に自分を犠牲にしていて人間関係に疲弊してしまう。

新城とは政略結婚であり、何とかして取り消せないか考えている。

●新城(しんじょう) 文世(ふみよ)


新城財閥の次期後継者であり、若杉の婚約相手。

男尊女卑の家で育てられ、常に男性が女性を守るべきだという信条で動く。

若杉とは政略結婚であるが、彼女の美しさに惚れてひどく気に入っている。


●御手洗(みたらい) 英(あきら)


友人と語る馬宮(まみや)と参加している男性。

周囲とは気さくに話し、頼もしいお兄さんのような役回りで動いている。

ただし、ゲームに参加した目的はどうやら賞金だけではないようだった。


●馬宮(まみや) 蒼佑(そうすけ)


御手洗と一緒に参加した男性。二人とも同じくらいの若い年齢。

誰に対しても敬語で話すが、非常にノリが良い。高いコミュニケーション能力で、自然とその場の中心になる力がある。

御手洗とほとんど一緒に動いており、何かの調査をしているようだ。

●行峯(ゆきみね) 茉莉(まり)


一人で参加した少女。可愛らしい緑色のリボンを頭につけている。

大人と接するのが好きで、色々な人に話しかけては可愛がられている。計算高いわけではなく、彼女は人一倍の寂しがりやなのだ。

大きく機嫌を損ねると子供特有のヒステリックを催す。同年代の子供に特に顕著にその様子が現れる。

●佐伯(さえき) 奏楽(そら)


一人で参加した青年。常に和やかな雰囲気で人と接する。

周囲との協調性が高く、誰かの尻尾についていくように行動する。否定はせず自分の意見は押し殺すが、窮地になれば思い切った行動も取る。

自分の妹の治療費を稼ぐためにゲームに参加したと語る。

●秋本(あきもと) リミー


天真爛漫な高校生。日本人とフランス人のハーフであり、父親がフランス人。

物事を深く考えず、能天気な口ぶり。共感性が高く、感動映画を見たら絶対に泣く純粋な子。非常に扱いやすい。

佐伯のことが異性として気になっており、チャンスがあれば告白しようと思っている。


●古谷(ふるや) 御子(みこ)


艶やかな雰囲気のミステリー小説家。小説はそこそこの知名度を誇る。

知的であり、大人びた話し方で周囲の人間と馴染んでいくが、どこか常識から外れた思考をするからと多くの人間は彼女を避ける。友達は少ない。

数年前に付き合っていた男性に借金を押し付けられる形で逃げられ、その返済のために様々な仕事を請け負っている。


●神崎(かんざき) 紫苑(しおん)


ゲームの進行を滞らせないために呼ばれた洋館の使用人。一人で鍵や食事の管理等を任される。

寡黙で、参加者一同とは滅多に話すことはない。普段は使用人室で休んでいるか、厨房で料理を作っているかのどちらか。

そのロボットのような無感情さと手際の良さから、様々な場所で使用人としての高い評価を得ている。

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