第135話 鳥の神の船
文字数 3,596文字
宮城で行われた式典で、皇帝による感謝と共に国民一人一人の幸福を祈るという真摯なメッセージが人々の心を打ち、すんなりと受け入られたのは彼の人柄だったのかそれともやはりそういう時期であったのか。
印象的だったのは、式典で公式の場には表立ってその立場を強調して出てくる事はない家令達が、勢揃いした事だ。
彼等はいつものように揃いの漆黒の衣装で姿を現し、皇帝と、それから出席した来賓にそれは美しい所作で礼をするとそのまま下がり、その後式典の間、姿を表す事は無かった。
まるで俳優達が舞台で観客に礼と別れを表すようだったと報道された。
次期皇帝と決定していた藍晶とその正室は、一生の身分を保障され、万が一また王政復古が必要とされた時には彼の子孫達がその地位に就く事と公式に決定された。
第二太子の天河は継承権を放棄、準民間人としての立場となった。
三妃はQ国の皇太子妃の母親としての地位を与えられ、その後、国に戻る事は無かったが、翡翠が度々彼女と娘の元を訪れるようになった。
四妃は、正式な離籍を求め、皇帝と宮廷を相手取り前代未聞の訴訟を起こした。
その弁護を承ったのは金糸雀。裁判には、元皇帝と、宮廷の一切を預かっていた総家令が現れ、彼女の希望が叶うように、そして幸多かりますようにと述べて、元妃の主張が全面的に認められて、彼女は皇帝と正式に離婚。
自分を筆頭にした戸籍を与えられ、その翌年、白鴎と正式に結婚した。
翡翠は、船舶をいくつかと、国内外にホテルを所有するリゾート企業を設立、家令達がその運営の仕事を預かった。
翡翠は一年の半分以上を客船のひとつを住まいとし、総家令である孔雀もまた共に過ごす事になったのだ。
それがこの
人間を見守る鳥の神の名前の船は、まるで小さな宮城のよう。
確かに、話題になるはずだ。
鵟は改めて、周囲を眺めた。
実際学校の社会科見学で訪れた故宮の内宮、つまり皇帝の住まいに近い場所は確かにこのような雰囲気だった。王宮というのはもっと豪華絢爛でゴテゴテのキンキラキンだと思っていたので、驚いた程だった。
優美で爽やかな様式美は小さな孔雀風、と確かにパンフレットにも書いてあった。
単にそういう様式名なのだと思っていたが、実際にあの姉弟子の趣味だったというのも驚きだ。
真鶴が年単位で借り上げているという客室で一番上等の部屋の方が意外に素朴と言おうか。
温かい色合いのテラコッタの床に、麦の穂の柄が織り込まれたカーテン。
麻素材のテーブルカバーもなんとも郷愁をさそうような愛らしさだ。
「いいでしょ。田園風、リュスティックっていうのよ。私、しばらくこういうのに凝ってるの。同じようなオーベルジュを持っているしね。犬がいるのよ。お前、犬は平気?調度いいから、鵟にはそっち手伝って貰うわ。私の母と白鷹が引っ込んだ離宮を孔雀と改装したの」
確かに、孔雀は、白鷹と彼女が仕えた琥珀帝は早くに宮城から離宮に居を移したと言っていた。
この美しく家庭的な船から、そんな荒々しい女皇帝や怪物の様に言われていた老婆の二人が住んでいた場所になんて正直行きたくはない。
「孔雀の実家が建築資材部門も初めたから、そこのを使ったんだけど。お菓子屋の考える壁材だの床材の名前がもうおかしいの。シュガーグレイスドだのチョコレートスワールだの、大納言とか栗かのこっていう名前なんだから」
腹を抱えて笑う姉弟子に、どう反応していいのか悩みながら見つめた。
この部屋と、その田舎風ホテルを行き来して生活しているという事だろう。
という事は、あの長老はどうしているのだろうと思った。
「白鷹お姉様は、いつもはどこにお住まいなんですか?」
「白鷹はあちこちにお母様からぶんどった物件持ってるから。家令は私腹を肥やすからね」
おかしそうに真鶴は笑った。
「私腹を肥やす、というのは?」
「そのままの意味で。ほら、イメージで、悪い家来って王様にゴマをすって、宝石とか金品とかタカるイメージあるじゃない?」
「・・・・最低・・・」
正直な感想に、真鶴が肩をすくめた。
「そんな連中ばっかりよ。家令もだし。妃もね。だって、お妃様が何人もいるのよ。翡翠なんかあれでまだマシだったけど。琥珀は酷かったからねえ。だってアンタ、正室一人に妃が五人、公式寵姫が三人よ。そのうちの妃三人はブチ切れた白鷹が廃妃にして、公式寵姫は全員城から追い出したんだって。自分のやった事は棚に上げて、体がお弱いのに、努力家の女皇帝陛下でしたと白鷹は言うけど、どこが体弱くて、何を努力したもんだか」
自分の母をそう評して、個人的な事情までさらけ出し、さらにけたけたと笑う。
これが王族の感覚なのだろうか、と神経を疑った。
「真鶴お姉様はその後に離宮でお産まれになったんですよね。・・・でも、なんで、現役の王様がお城があるのにわざわざ離宮になんて引っ越すんですか」
「白鷹に限らないわよ。退位してから、または在位中であっても宮城から離宮に引っ越す皇帝って結構多いのよ」
「なんでですか」
「宮城にいるとうっとおしい制約が多いからよ。大体が、自分の好きな人間だけ連れて引っ越しちゃうの。現に、琥珀は、白鷹しか同行を許さなかったし。女官達だってほんの数人。家令だってそう出入りさせなかったもの」
「・・・・好きなって・・・。じゃあ、家族は?」
「翡翠の父の継室も、その上にも正室と、その父を持つ兄がいたけれど。どちらも置いていったのよ。あの時、翡翠はまだ中になるかならないか、上の兄は成人前って歳よね」
その非情さと残酷さに、思わず唇を噛む。
自分の親だってそう褒められたものではないが、それはひどいではないか。
「・・・・最悪」
真鶴がおやまあ、と胸を逸らした。
「あんたの大好きな孔雀お姉様はどうなのよ。いいこと?翡翠には死んだ正室と継室が一人づついるけれど。現在も婚姻中の継室がいて、その間に娘と孫までいる。現在その女が唯一の妻よ。でも翡翠は一緒にはいないじゃない?もう一人いた継室とはさっさと離婚して、今はその元妃は白鴎と結婚してる。世間的には寝取られたというより押し付けたと思われてる。それだって、孔雀が手を回したかもしれないじゃない。もしかしたら、二妃を外国に追い出しのも孔雀かも。おお怖い。それに孔雀は天河と結婚してるんだよ。一般的に考えたら、ダブル不倫で親子丼だよ。うっわ最っ低」
またも笑う。
「さらに言えば、私ともね」
鵟は絶句した。
翡翠と天河との事は、わかってはいたけれど。真鶴ともか。
孔雀の裏切りとすら感じた事が、今ではショックだった。
「あんたがなった家令とはこういう生き物。よっくと心しておきなさい。・・・昔からね、家令とは蛇蝎、猛禽、と言われてるんだよ。ああ、ヘビやサソリや、肉食の鳥のように、嫌らしい存在で凶暴でどうしようもないってことね。覚悟あるの、お嬢さん」
ちょっとむっとした。
「・・・・緋連雀お姉様には、それが家令よ、仕方ないじゃないの、って言われましたから・・・」
ふん、と真鶴が笑った。
「仕方ない、ねえ・・・」
まあ、あの妹弟子はそういうだろう。
仕方ない、と飲み込む強さ。そうするしかない弱さ。
「・・・なんで、孔雀お姉様と、そんな関係になったんですか・・・」
疑問ではなく反感を込めた物言いに、鵟としては勇気を出した所だろう。
真鶴は荷造りを放り出すと、ソファに腰掛けた。
「アンタ案外ズケズケ聞くのね。・・・いいわ。家令になったらその欲求は
試すような顔で微笑む。こうしてると本当に、女神の彫像のよう。
「孔雀は何て言って家令になったと思う?・・・まあいっかって言ったのよ。子供だったからもあるだろうけど、あれだけ白鷹に脅されて、まあ、いっか、よ」
真鶴は腹を抱えて笑いだした。
「あれは才能よ。あんた、孔雀には何て言われた?似たような事言われたでしょう?」
「もういいから不幸には執着しないで、楽しいことだけ考えてればいいって・・・」
「そうね。まさにそこよ。不幸にこだわらない。お前もそうすればいいわ」
不運や不幸には執着しないで受け止めて、後は自分でリカバリする強さ、自分を含めて半径数メートルの人間は間違いなく幸せにしようとする強引さ。
「明日のことと明後日のこと、それから百年後の事しか考えられないのは、欠点だけれども。私あなたと幸せになる、そう言われて私も翡翠も天河も落ちたのよ」
「・・・・そんな・・・」
「本当よ。で、孔雀は責任を取ったの。好きにさせた方にも大いに責任てあるんだから、天河も私も責任取れと迫ったわけね」
真鶴は、私の慈悲深さにより共有してるのは今だけだけどね。あいつら早くおっ死ねばいいのに、と歌うように言うと、自分でやる気が無くなったのか、荷造りしといて、私寝るから、と言い捨てて、彼女はワインを掴むと寝室へと行ってしまった。