第4話 皇帝の一番近くに侍る鳥
文字数 6,449文字
私の実家は、そう、これ。このカステラ。
そう、知ってる?
ウチは皆がそれぞれ好きな事を始めてしまうから本業が何かわからないと言われるけど、カエルマークは物流から食品から建築資材から医療機器、あれだけいろいろやって、今だこのカステラの売り上げが一番多いのよ。
だから、私はお菓子屋の子ね。
宮城に上がって政治に関わる者達の中には、世襲の貴族を中心とした元老院派、原則終身の上院議員と、選挙で選ばれる下院の一般議員派、それから私みたいな商業ギルド派と呼ばれる集まりがある。
その中からまた選出された人間で、議会を作るのだけれど。
そしてね。皇帝のお妃様たちは、その中の家から選ばれる事になっているの。
古い慣習よね。今時の若い子が聞いたらびっくりしちゃう。
ご正室様は、正室候補群元老院七家から選ばれることになっているの。
それからいわゆる第二夫人以下は継室候補群と呼ばれる元老院四家、議員八家、ギルド十一家。
うちはその継室候補群でも一番、宮城への実績、貢献度が低くてねぇ。
つまり長い王朝で何人妃を出したのかが問われるわけで。
大体、平均してどこのお家も五人から七人出してるのよ。
でもうちは遠い昔にたった一人。
それも子供を産まなかったから実績はほぼ無いに等しいのね。
どこのお家も実績に比例した
でも実績低いからうちは無いのよ。
あ、でも、公共料金はタダとか言ってたっけな。
でもうち井戸水だし、地熱とソーラーだしプロパンガスだもの。
・・・ある日ね。真っ黒の家令服着た、
その梟お兄様は数年前に亡くなったけれど。
晩年、なんと
今は
家令の結婚やら離婚は人事だけど。
それでね。昔、梟お兄様が、ウチに
私を家令として召し上げる、と書いてあった。
まあ、昔から、本当に昔から、人手不足な業種なのよ。
そもそもうちは廷臣とは言え、継室候補の選定の名簿どころか話にすら上がらない、このまま宮城とはほぼ関係ないまま生きていこうと思っていたから大油断よね。
父も母も赤くなったり青くなったり。
当時強権的だった
君主制が無くなって久しいあなたくらいの世代から見ればちんぷんかんぷんよね。
宮城に仕える者は、元老院、議員、ギルドの議会を構成する者達。
その他に、
彼等は各省庁に配属されるの。
次に女官。彼女達も召使いなどではなく宮廷国家試験を通過した官僚です。
彼女達は、主に後宮での仕事を担います。
お
こう言っちゃなんだけれど、女子アナより通るのが難しい試験なの。
あとは、禁軍と呼ばれる宮城を守護する親衛隊ね。
彼等は軍には配属されない
さて。家令はね、宮廷の備品なんて揶揄される実用品。身分そのものは低いのよ。
汚れ働きや忌み仕事と言われる事もするしね。
この船の名前の由来のチカプカムイは幸せを呼ぶ神様の鳥なのは聞いたでしょう。
でもね、ホントは家令はステュムパーリデスの鳥とずうっと昔から言われてるの。
群れで飛ぶ人間を襲う毒のある鳥。
戦争と殺戮の神様が飼っていたそうなの。悪魔の悪い鳥よね。
だから、私は継室候補群から、家令に堕とされた、と言われた。
でも、そもそも継室なんて私にやれるわけない。
家令は宮宰、内政にも外政にも口ばかりか手も出すから、そりゃあ各方面からウケは悪いわよね。
でも我々は何と呼ばれようが、皇帝の一番近くに侍る群れで飛ぶ鳥。
女家令から生まれた者はその時に、年を経て家令になった者はその時に鳥の名前を賜るの。
緋連雀お姉様や金糸雀お姉様がそうであるように、私や鵟ちゃんがそうであるようにね。
よく、ピラミッドのヒエラルキーなんて言われるけど。
我々の宮廷のそれは何層もの円環状なんだと思う。皇帝を真ん中にした土星の輪っかみたいにね。
女家令から生まれた子達は、皆、宮廷で育つの。
そのうちお城のちょっとしたお手伝いをするようになって、鳥達の
そこで教育を受けて、軍にも配属されるようになるの。
私は、宮廷でのお手伝い期間は無くて、十歳で鳥達の
だから私、小学校中退。信じられないでしょ。
でもね。ウチの母が決死の覚悟で
だから私今だにお盆とお正月は実家に帰るのよ。
私が城に上がったのは十五だった。
そうなのよ。私は十五歳で
・・・まあ、あなた、なんだか不思議そうな消化不良の顔をしているけれど。
それではまた今度、お茶の時間にお話しましょうね。
そう呼ばれて自然に反応するようになった自分が不思議だが、この新しい名前に親しみを感じるようになっていた。
ランドリーであるリネン室は、独特の不思議な香りに包まれていた。
洗剤と、柔軟剤と、アイロンの熱で
「これ追加ね」
今、ほぼアイロンをかけて畳み終わったところなのに。
呆れて口をぽかんと開けた。
とんでもない美貌の持ち主。
孔雀が言うには現在元宮廷軍閥の出の夫と再婚しているらしい。
ちょっと見ないくらいの美しさの姉弟子がにっこりと微笑んだ。
「まあ、おかしいったら、
なんとも意地の悪い嫌味を言い、ぐいっと使用済みのリネンを押し付けてくる。
女海将、
それが彼女の慣用句らしい。
三代続く女家令の家系の彼女は、美貌も軍歴の誉れ高い、女官どころか世襲で百年続く女官長すら向こうに回す、かつて三国が睨み合って居た前線でも一歩も引かなかった女家令なのだという。
彼女の祖母も母もまた美貌で知られ、祖母は当時の皇帝の
彼女もまたそう目されていたが、そうはならなかったそうだ。
宮廷で毒を吐き、戦場で炎を吐いて暴れまわる、確かに
そりゃ王様から恋人なんてお断りされるわけだ、と
「じゃ。洗濯ね。ベッドメイキングはピシッとやるんだよ。
まるでシンデレラの意地悪な姉のような事を言う。
ある事に気づいた
「なによ」
「あの、
胸元にうっすらシミがついていた。
「あら、やだ。着替えちゃうわ」
彼女は少しの戸惑いも見せずにばさりと服を脱いで裸体になった。
ランジェリー姿の姉弟子はこちらがどきまぎする程だったが、首から左の乳房にかけて、鮮やかな赤い
「きれいでしょ。私の師匠が彫ってくれたの」
「師匠ですか」
「ええ。私、日本画をやるのよ。この船のあちこちで見たでしょ。覚えておきなさい。半畳サイズで車くらいは買えるのよ。師匠の絵なら、いいとこに土地付きで家が買えるわ」
驚いている妹弟子が愉快で仕方ないらしく、
「いいでしょう?」
「・・・なんか、不良みたい」
言ってからはっとした。
しかし、
「いやだ、
「かっこいいから?・・・そういうのって理解できない」
そもそもそういうタイプは嫌いだ。
「ふふん。部隊の結束を高める為に同じシンボルを入れる場合もあるし。パートナーへの愛の印の場合もある。戦場に出るなら違う何かにならなきゃならない場合もある、その助けや決意。あとは死体が判別できるようにもね」
「怖じ気づいた?お前が入った世界はそういうところだよ。嫌なら
むっとした。なんで口を開けばこういう憎まれ口しか出てこないのだ。
「・・・やめません」
ふうん、とバカにしたように
「そうそう、
こちらが戸惑うくらい大胆に下着まで脱いで全裸になる。
驚くべきは年齢の割に体にゆるみも無駄もない。
いっそ
痛々しいものを感じて
紅い
しかし、
「・・・嘘でしょ。
バカね、お前。と
「私が
新しいシルクのスーツを見事に着こなし、そう言って立ち去った。
「失礼します、
教えられた通りにそう告げて、美しいドアを開けて、女家令の礼をした。
甘い果物とシナモンの香りと共に孔雀が妹弟子を出迎えた。
「お洗濯してくれたの?」
嬉しそうに言い、リネン類を受け取る。
「お洗濯っていいわよね。私、取り込むのも畳むのもしまうのも好きではないんだけどね。私、ランドリーの匂いって大好きなの」
それでは洗濯のほぼ全てが嫌いではないか、と吹き出しそうになった。
「・・・私もです」
いい匂いよね、と柔らかく
家に居場所がなくて、あちこち身の置き場を求めた事があったのだ。
駅ビル付属の学習室、図書館、そして、二十四時間営業のコインランドリー。
「大体、自販機もあるし、トイレもあるし。エアコンも効いてるし、快適で・・・」
そんな話をちょっとしたら
「ちょうどタルトタタンが焼けたところなの。お味見してくれる?」
早口言葉のような、タルト、というからにはお菓子なのだろう。
「それ、知りません・・・」
座って、と促されて、白地に緑色の鳥の羽が描かれたソファに腰掛けた。
「ええとね。昔むかし、タタン姉妹というお姉さんと妹さんがいて。二人で旅館兼レストランをやっていたんですって。ある日、妹が、忙しくって、お鍋のアップルパイ用のりんごを煮すぎてしまったの。大変と思って、お鍋の上にタルト生地を乗っけて、そのままオーブンで焼いてみたら、あらこれはすごくおいしい、というデザートができました。めでたしめでたし」
彼女はこう言った
可愛らしいリンゴの描かれたティーカップの温かい紅茶と、揃いの皿の濃い飴色になるまで煮詰められたリンゴのタルトが出された。
食べてみて、と促されて口に運んでみると、甘酸っぱく、ちょっとほろ苦く、口のなかでまた煮溶けてしまうかのような味で。
おいしい、と思わず呟くと、よかった、と
「
じゃあ
「あら、それ。
バスケットの隣にハンガーにかけたシルクの家令服を見つけて
「はい、さっき洗ったので、後でお届けします。胸元にシミがあって。すぐとれましたけど」
「そう。・・・もう、
「あら、聞かなかった?
ではあの染みは母乳か。
母親にも以前出産前から似たようなことがあった、と思い当たった。
「えぇ!?あんな細いのに?」
お腹なんて、ちっとも出ていない。
「
「
あまり体が丈夫ではない
「
夫は確か、元禁軍の宮廷軍閥と言っていたはずだ。
民主化された今でこそ民間人だが、特権階級には変わりない。
そんな人物の子供達が、未だに家令になったりするのだろうか。
「ああ、違うの、
「・・・もしかして、
「やだ。おっかしいー。ふふ、
「まあ、
この姉弟子はもともと物事にあまりこだわらないたちなのだろう。
「皆がなるだけ望む幸せになるほうがいいわよねえ。そんなことよりタルトタタンもう一個食べちゃおうか」
アイスクリームをのせるとまたおいしいのよね、とうきうきとして言っている。
改めて不思議になる。この彼女が、どうしたら、悪魔だのと。
やはりあの姉弟子は意地悪だ。
「あの、私、いつガーデンに行けますか」
「今ね、
カジノでまた荒稼ぎしているのか。
「
「そうよ。労働基準局から文句来たんだから。当たり前よね」
「どうして?よりにもよって、なんでそんなことになっちゃったんですか」
ほんとよねえ、と
「あのね・・・、
嬉しそうになんとも大切な思い出を話すかのようにそう彼女は口を開いた。