第16話 華やかな監獄
文字数 6,614文字
鵟はキッチンを手伝いながら、孔雀と食器や食具の数をチェックしていた。
白鴎は厨房を預かっている料理長であるが、料理に合わせてテーブルクロスや飾り花や食器類を選んでいるのは孔雀らしい。
「新郎新婦のご希望で、食器は素朴で可愛らしいもの。カンペール焼きがいいと思うの」
言いながら、食器をどんどん出してくる。
果物や花が描かれた、可愛らしいデザイン。
「・・・これかよ・・・」
白鴎が唸った。
「孔雀、可愛いのはいいけど、これで料理が映えるか?」
「その分、お料理をもっと、素朴な田舎風にして欲しいの・・・。最初のお料理、ステキだけどあれじゃ派手すぎよ。設宴じゃなくって、ちょっと豪華なパーティー風というのがご要望なんだから」
「皿は白が一番なんだけどなあ・・・」
白鴎は試食結果のレポートを確認しながらぶつぶつ言っている。
「それであれだろ?天河様の希望は、寿司と蕎麦。・・・毎回思うんだけどさ、最初からこの調子でずっとフレンチ食ってきて、なんでいきなり寿司と蕎麦なんだよ。バレエ見に来てんのにいきなり関取出てくるようなもんだろうが」
披露宴の料理なんてそんなものだろうが、白鴎のプライドが許さないらしい。
「孔雀お姉様、これもきれい」
鵟は棚から可愛らしい花束の描かれた皿を取り出した。
「それもすてきよね!それはリモージュ。そっちは伊万里、セラドン。・・・塗り物もあるのよ!これは琉球、これが津軽でこっちが会津・・・」
またまた山のように出て来る。
驚いて見ていると、白鴎が笑った。
「孔雀は収集癖があるんだよ。更に模様替え好きでリフォーム好き。その度に皿だの家具だの買うタイプ。いくつリフォームしたっけ?そもそも総家令が新しくなると、宮廷の内装だのは全部新調する決まりではあるんだけど。宮城が丸ごと、離宮が三つだろ、鳥達の庭園・・・。その度に、食器だのカーテンだの集めるからな。そのおかげで、現在この仕事に繋がってるわけだけど」
総家令を返上する際には、通例の様に翡翠が孔雀個人に離宮をいくつか下賜しようとしたが、孔雀は離宮なんて持って行けないからいらない、でも食器は持って行く!と頑張ったらしい。
あれ程、離宮の改築に夢中だった総家令がそれよりもと所望する食器類とは如何なる品物、と誰もが期待したが、実のところは歴史的に重要な器などではなく、現在設宴で実用している食器と聞き、次期政権の監査委員会に中古の皿なんかいらないと言われて、孔雀が大喜びで買い取った。
リフォーム好きの収集癖有りとは。
「・・・私、学校の修学旅行で故宮に行きました。とてもすてきでした。そっか、あれ孔雀お姉様のお好みなんですね」
宮殿というから、もっと豪華絢爛だと思っていたのだ。
あちこちにある威風堂々たる彫刻より、柔らかなペールグリーンや、グリーンブルーの壁紙やカーテンが印象的だった。
最後の皇帝は男性なのに、なんだか柔らかくて優しいお城だと思ったのだ。
年頃の女の子に褒められて孔雀は嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、孔雀は趣味がいいからな。小さな孔雀風と言われて宮廷でも人気だったんだよ」
「でも、そういうのって。ほら、浪費家とか言われて叩かれないんですか?昔はどこかの国の王妃様とか、贅沢しすぎて殺されたりしたんでしょう?」
「それがさ。そもそも家令というのは私服を肥やす。白鷹姉上なんて、琥珀様から土地つき物件をいくつも下賜されたし。梟兄上なんかプラチナや美術品で儲けてた。今までも総家令だって、だいぶいろんなものを皇帝から毟り取ってる。で、孔雀は、と言えば。牧場だの、図書館だの、研究水族館だの牧場を欲しがるから、まさか個人の所有物にはできないから結局、公に還元されちまうわけで利益として戻ってくる。収支決算書出されると、議会でも何も言えないわけだ」
「それにね、リフォームだってね、実家で建材もやってるから、見積安くしてるし。白鴎お兄様のおうちの銀行で、公共リフォーム用商品作って貰って利率低くして貰って借り入れて堅実に返すっていうのでね。だから、国のお財布に負担はかけていないのよ」
「そうなんだよなあ。独占禁止法だろうって、言う向きもあったけど、じゃあ入札にしますかって言っても、孔雀んちで安く出すしなあ・・・。軍のレーションもだいぶ安くしてただろ。どうなってんだあれ」
「うち中抜きが少ないのよ。配送も自社だし、お弁当にしても、お弁当箱自体も作ってるから」
「中間業者に儲けさせなきゃ、経済回らんわ」
「白鴎お兄様んとこのシブ銀、その中間業者や下請けに貸付貸し剥がししてるじゃない」
さすがギルド系らしく、二人で商売の話を初めてしまう。
鵟は果物が描かれたティーカップとティーポットを眺めていた。
まるでままごとの食器のように可愛らしい。
そうかこの食器は、本当にあの宮城で使われていたのか。
まさか、こうして今、自分が見ているなんて。
なんとも不思議な気分だった。
さて、時間は戻る。
梟がドーナツを齧っている妹弟子を手招いた。
瑪瑙帝の住まう離宮での勤務が長く、それほどこの総家令室に思い入れはないが、皇帝が変わり、総家令が変われば、城の内装を変えるのが通例。
自分もまたそれに従って改装したものの、ステンレスの壁と床にしたおかけでとても異質な部屋となり、死神というあだ名をもじって死体安置室と揶揄されたものだ。
末の妹弟子は、ドーナツを詰め込んだ口の周りの砂糖を舐めながら近づいて来て、礼をした。
さすがに白鷹に折檻されながら仕込まれただけはあり、例え泣きすぎて目が大福のように腫れていようとも、口の周りが砂糖だらけで今にも蟻が寄ってきそうであろうとも、非常に優雅な礼である。
冗談にしか思えないが。
しかし、これは現実。この末の妹は総家令になった。
この度の不祥事の差し替えで、雉鳩か金糸雀を総家令に、と進言しても、翡翠は諾と言わない。それどころか、否と来た。
一見あの物腰柔らかで繊細そうな皇帝は、全く頑固な一面を見せたのだ。
十で召し上げ、今、この妹弟子は十五 。
家令の五年というのは、驚くほど大きい。
確かに、家令としてのスペックは備えている。
五年でここまで仕上げたのは、白鷹と真鶴の指導の賜物であろう。
白鷹にどれだけ扱かれてきたのかは想像に難くないが。
何より、祭礼でも見事に舞い謳った。
祭礼は神に捧げられる歌で、例えれば、グラスに水を張って指で演奏する、グラスハープのような音域である。
驚くほど美しく、まろやかに響く孔雀の声は、あれはもう人間ではない。
手足に枷ほどに付けられた白銀の鈴の輪も、驚くほど重い鮮やかな衣装も、まるで羽衣とばかりに舞う。
神さびて、とはこの事ね。と見ていた白鷹が評した。
そもそも神官にしようとして白鷹が目をつけたのだから、才能はあるのだろう。
そして、孔雀は天眼と言われる、特殊な素材体らしい。
王族の内に龍現と言われる存在がいるように。
聖堂派の自分ではわからないが、神殿で神職にある鷂や金糸雀が息を飲んでいたから、それだけの逸材ではあるのだろう。
現在では白鷹のみであった神官長の資格まであるという。
あの舞台での様子が嘘のように、今は鴉よろしく真っ黒の家令服を着て、先述のように口の周りに砂糖をつけて、目を腫らしているわけだが。
金糸雀が悪ふざけで、孔雀を売られた村娘風にしてみたと言って髪を編んでスカーフで頬かむりにすると兄弟子姉弟子が大笑い。
「おら、うちさ帰りてぇだって、言ってみろ」等とからかわれ、また泣いていた。
全く、あの連中が居ては話になるものでは無い。
梟は、末の妹弟子を自分が使用していたままの総家令執務室に連れて来て話す事にした。
変わった部屋で、全面ステンレス張り。
厨房か解剖室のような設えだと孔雀は物珍しそうにしていた。
「お前、所属は海軍だな。直属の上司と階級は?」
「・・・真鶴お姉様の下におりました。サブルテナンです」
「まだそこか・・・」
心残りなのは、軍歴が足りない。
十五で尉官というとんでもない話であるが、家令ならば当然。
家令は所謂将校クラスからのスタートではある。
ここから積み上げて行くしかないのだが、巫女総家令となると、神殿での祭礼も勤め上げねばならない。
なかなか激務になる。
これでは、自分が悠々自適に遊んで過ごす日々はさらに遠い。
梟はため息をついて、話題を変えた。
「孔雀。これは決定した事だ。お前の意思とか感情とか嗜好とか体調とか、もうそういうものは一切考慮されない。皇帝が望む以上、お前は総家令だ」
観念しろと言うしかない。
「我々は皇帝の一番近くに侍らねばならぬ。その為だったら、お前は何でもしなければならないし、兄弟達も何でもするだろう。それが自分達を守る為だから」
そう言われて、孔雀は頷いた。
白鷹が骨の髄まで女家令にと心掛けて育てたのだ。
理解できぬはずはない。
可哀想だが、これでこの小娘はきっぱりと子供時代と決別しなければならない。
兄弟子がいて姉弟子がいる以上いつまでも妹分と甘えてはおれるだろうが、家令の人生が甘やかであってはならない。
よし、と梟は頷いた。
「孔雀。総家令が変わると、城の内装や調度を新しくする。まずは好きにしなさい。・・・それから、お前に渡さなければならないものがある」
デスクの引き出しごと抜いて、鍵の束を見せる。
「梟お兄様、何の鍵ですか・・・?」
「形式的なもので、全てを実際に使った事はないが。この城の全ての扉の鍵だ」
確かに、だいぶ古い鍵もあるようだ。
「まあ、それはいい。一番にお前に渡さなければならないのはこれ」
鍵の束にある一番小さな真鍮の可愛らしい鍵だった。
彼は隣の私室に向かうと、そこは落ち着いたモーブ色の壁紙やカーテンであった。
彼は鍵を摘むと、漆塗りのチェストに向かった。
棚だと思ったが、実は扉だったらしい。
真鍮の鍵を回すと、軽い金属音を立てて、鍵が開いた。
小さな箪笥の中のような、納戸のような部屋だった。
「・・・秘密基地?」
孔雀が歓声を上げた。
真ん中に、小さな椅子と、木の箱があった。
「そうだな。秘密基地に宝箱だ。・・・開けてみろ」
宝箱というよりよく見ると、軍で使う爆薬を保管する箱だ。
梟が手頃な箱だと持ってきたのだろう。
蓋を開けると、本が何冊も入っていた。
装丁も色もそれぞれで、だいぶ古い物もある。
「今までの総家令達の日記だ。全部ある」
「・・・本当にあるの?」
そのようなものがあると噂に聞いたころはある。
「ひとつの王の代が終わると、史誌の編纂が始まる。これから、俺と王立司書長の木ノ葉梟とお前とすり合わせをしながらまとめることになる。それは、残せる史実。で、これは、総家令達が自分の見た事だけを書いた物」
本ではなく、個人的なダイアリー。だから、意匠も様々なのか。
「まあ、いわゆる閻魔帳だな。これをどうするかは今までそうだったようにお前に任せる。まあだいぶ古いしな。今までの総家令も全部読んだかどうかは知らん」
梟はそう言った。
「この椅子は総家令のどなたが置いたかはわからんけれども、あったから使っていた。小さくて腰が痛くなるけど、新しいものを持ってくるのも面倒だったしな。新しくするなり好きにしなさい」
だいぶ色あせているが、もとは蜂蜜色に合わせたキルトが張られた椅子だったようだ。
よく見ると、小さな雛菊の形に縫い込められたパッチワークだ。
古いけれど、丁寧に作ったのが分かる。
ふと孔雀はその足元の色が変わっている事に気づいた。
「梟お兄様、ここだけ床、剥がれてる」
板張りの表面が削れているのだ。
「・・・・そうなんだよ。そのうちお前もわかるさ」
梟はそう言うと笑った。
そもそも離宮の多い王朝である。
遡れば、即位した王が居する場所を首都として周囲に都市が栄えたという歴史がある。
時代や情勢によって居住する城を増やし、それが今では離宮としてあちこちに残っている。
宮殿、荘園、要塞。
今ではそれぞれに呼称が違うが、退位した皇帝がその家族と住んだり、または総家令、継室であったりと様々だが、そうやって使われてきた。
離宮とは呼べないまでも小規模の邸宅はいくつもあるから、それを総家令や継室に下賜する例も多い。
白鷹も下賜されて三箇所程所有していた。
その中の一つの湖の近くの金蘭閣と呼ばれる邸宅は、家令達が使用できる別邸でもあった。
ガーデンも元は、大昔、蛍石帝という女皇帝が総家令と子供と使っていた離宮。
何代か後の皇女の持ち物であったのを、家令の教育機関として解放されたらしい。
宮城は、八角形をしている事から鼈甲宮と呼ばれる王の居室がある建物を中央として、前方にある扇状の建物が外廷とされる。
そこは皇帝や廷臣が一同に会する謁見場や式典、祭礼や儀典を行う大広間、元老院や議会やギルド委員が集まる議会場や、外交や設宴で使われる迎賓室がある。
後宮を含む内廷は、現在五棟あり、鼈甲宮と放射状に繋がり、また水晶回廊という美しい彫刻が施された回廊でそれぞれの宮に繋がっている。
螺鈿宮、象牙宮、珊瑚宮、花石膏宮、硅化木宮。
宮は継室や皇太子、皇女達が生活する宮であるが、今現在は、正室が螺鈿宮を賜り、成人後、皇太子が象牙宮を与えられる事になっていた。
亡くなった二妃の花石膏宮に第二太子、二妃の死後に迎えられた三妃が皇女と住むのが珊瑚宮。硅化木宮は現在は使われていない。
正式に城に上がるまでに宮城にまともに足を踏み入れた事のない孔雀としたら、広大な迷路のようなもの。
梟は孔雀に図面を見せて説明をしていた。
「そもそも現在の宮城の形になったのは、七代前の緑柱帝の時代だ。総家令の火喰鳥姉上がこうしたようだな。さて。我々が今いるのは、ここ。中心の鼈甲宮だな。そして放射状にこうそれぞれ建物がある。・・・何でこんな形なんだと思う?」
孔雀は兄弟子を見上げた。
「・・・梟お兄様、私、こういう建物、見た事ある」
「ほう、なんだ?」
「監獄」
このチビ助の知識を対象と照らし合わせる洞察力と観察眼は確かになかなかのものだ。
「・・・そう。そもそも監視するための建物なんだよ。中央に人がいれば、見渡しやすい。火喰鳥姉上は、改革を推し進めた方で、当時反乱も動乱も多かった。その度に粛清を繰り返した・・・。まあ、白鷹姉上の強力版みたいなもんだろ」
軽く言うが、なんとも剣呑。
「後宮のお妃様は花、女官は蝶だと聞いていたけれど・・・」
まさにその通りで、妃達は花の名前を授かり、女官も高位五役の者は蝶の名前を賜る。
「そうだな。家令は鳥、女官は蝶。女官長を筆頭に、揚羽、紋白、小灰、斑、挵。・・・まあこれは、部長、課長みたいなもんだな」
当然知ってるか、と妹弟子を見た。
白鷹の指示で、金糸雀と緋連雀と孔雀は女官試験を受験し合格して官位のみ授与されてる。
さらに言えば、恐ろしい事に、金糸雀は、殿試と言われる官吏登用試験にも合格しているのだ。
四年に一度開かれる事と、オリンピックより困難と言われているから、五輪試験等と揶揄されている。
年によりムラはあるが、毎回化け物のように頭脳明晰な者のみ合格する。
こちらも、金糸雀は職務は辞退している。
「主席が状元、二位が榜眼、三位が探花。金糸雀お姉様は、二位だったのよね」
そう、と梟は頷いた。
「繰り上がりはないから、その年の試験の二位は空席のままだな」
外宮で活躍するのは官吏達、内廷は女官達。
どちらも高位の者しか、鼈甲宮に出入りは出来ない。
だが、家令は宮廷のどこでも出入り自由なのだ。
後宮と言ってもハーレムとは違う。サロンに近いので、昔は、華やかなものだった、と梟は言った。
「近くは琥珀様の父上の黒曜様の時代だな。ご継室も公式寵姫も多かったから、まあいろいろあったけど、華やかではあったよ」
公式寵姫の三人のうちの一人が、緋連雀の祖母であり、今は西の修道院長である巫女愛紗だ。
美貌で知られる緋連雀やその母の猩々朱鷺よりも美しかったそうだ。
「緋連雀お姉様より、きれいだったってほんと?」
そりゃあもう、と梟が頷いた。
「巫女愛紗姉上が公式寵姫でいらした時、同じ頃、戴勝姉上というのもいらしてな。それもまた美しい方だった。きれいどころの継室や女官が尻込みしたほどだ。・・・まあ女家令だから、どっちも怪獣だけどな」
最後の方は小声になっている。
孔雀は、当時の華やかだったという後宮に想いを馳せた。
そんな夢のような女達のいるお城が、監獄だなんて。なんと悪趣味なことか。
ショックというよりも悲しかった。
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