第124話 神に侍る斎宮
文字数 2,112文字
重い水晶の扉越しに、お姉様開けてと言ったら、弱った頃開けてあげる、でも出してあげない。あんたは大神官になるんだよ、と言われた。
「・・そんなの、もう弱ってる・・・」
まさかこの年になってまた閉じ込められるとは。
孔雀は悲しくなって来て
少しずつ視野が狭くなり、視界がぼやけて来たのがわかる。
大神官は視覚を奪われ、コミニュケーションを禁止され、一生を奥の院の最奥で神に仕える。
「この、
嘘でしょ、と孔雀はため息をついた。
白木造りはシンプルで洗練されているが、いかにも殺風景。
とは言え。視力も奪われ感覚も曖昧になれば関係ないのかもしれない。
この建物は立て直したものだが、同じ場所で勝戴は一度大神官へと臨んだ事があるそうだが、兄弟姉妹が心配で途中で放り出したと。
それに、これじゃ、そりゃ放り出したくもなるだろ。
手足が冷えて来て、ため息をついた。
十日まともなものを食べていない上にこの仕打ち。
まだ子供だった大鷲は、同じように監禁されたわけだが。
自分のように子供の時の反省部屋行きのような呑気でバカバカしいものではない。
王族の神官に囚われていたのだ。
彼が陵辱の果てに何を見たか何を望んだか、なんて。
知りたくもないけれど。
ぼんやりとした視覚と感覚の中、知らなくはない気配が皮膚を蕩かせようとする。
飴にでもなった気分。
喉の乾きを感じて唇を舐めると、温かな命を求める様に何かが触れて来た。
奪い合うか、一緒になってしまうかしかないか。
手足の先が冷えて、身体の芯がずくんと重い。
孔雀はため息をついて、床に体を投げ出した。
いつものように潔斎後の多少の顔色の悪さで、
この胸騒ぎが何らかの予感なのか、それとも孔雀不在の不安感なのか定かではないが、翡翠は落ちつかない時間を過ごしていた。
ついに迎えに行くからヘリを出せと言い出した。
雉鳩が
奥の院の最奥に閉じ込められたと言う事は、大神官にするつもりだろう。
困惑しているうちに、話を聞きつけた翡翠が鸚鵡を呼びつけた。
「3時間以内に
鸚鵡は困惑して皇帝を見た。
「陛下、白鷹姉上に確認した方がよろしいのでは?」
「何をだ」
翡翠が鸚鵡に問い返した。
「禁軍の将が愚かな事をぬかすな」
普段は穏やかな口調の翡翠がそう鋭く言い放った。
あまりに強く、冷たい。
鸚鵡が気圧されて押し黙った。
禁軍は皇帝の近衛兵。皇帝の意に染まぬ者を駆逐するのが存在理由だ。
動機や理由等、皇帝の意向の他には有り得るわけがないのだ。
大神官なんぞ。
翡翠は憎々し気に舌打ちした。
確かに一度は、真鶴への当てつけで孔雀を大神官にすると言う命令を出したが、あの書類は破棄させたと言うのに。
かつて、あの悪い蛇、悪魔のような皇妹に孔雀を大神官にするぞと脅したら、それだけで退いたのだ。
それだけ大神官というのは、過酷。
内容は刑罰に近いものがある。
神に愛され侍る斎宮、神の花嫁。
耳に聞こえの良い表現だ。
あんなもの、
よくまあ愛だの、花嫁だのという言葉で飾り立てたものだ。
神になど愛されるわけなかろう。
万一愛されたとして、どのような幸福があると言うのだ。
しかしそれは生きる事の出来た、助けられた数でもあると言う事。
大神官に成ったのは、今まで王族が数名、家令が一人。
彼らは生きながら死んで行った。
孔雀をそんな苦界に曝す訳には行かない。
自分を、私のお星様と呼ぶ、愛しい鳥。
あの鳥がそばに居るのならば、何でもするつもりだ。
だからこそ、彼女の選択を受け入れ続けている。
またそれは、彼女も同じ事。
自分と彼女の必要ならば、今更個人的に用もない継室の宮へ通い、要りもしない継室を新たに入宮させた。
天河との関係を赦し、あの妹の復籍を認めた。
だが、孔雀を奪い去るつもりならば、それが神でも悪魔でも、彼女自身であっても、許すつもりはない。
我々は切実な欲求。
それはお互い一歩も譲らぬ真実だと、何度も愛し合って認め合った事。
雉鳩が口を開いた。
「陛下、家令ではいけませんか。事は
「主体で動くのは禁軍だ。総家令の奪還後、
鸚鵡の顔色が変わった。
「家令のうちでの事に済ませます。陛下のお手を煩わせる事でもございません。ご要望を」
雉鳩も焦りを隠せなかった。
翡翠は、鸚鵡と雉鳩を見据えた。
「お前達じゃ無理だよ。きょうだい殺しだもの。なんでもありの家令でもそれは荷が重いだろう」
白鷹を殺せと言うのか。
「ならば私がやる。梟を呼べ。人喰いダキニを探し出せ」
翡翠はそう言って立ち上がった。