第56話 嘆きの岩窟
文字数 1,970文字
風が強すぎて雪は積もらないが、足元さえおぼつかぬような凍てついた大地。
古い民族たちが作った遺跡の前に家令たちが集まっていた。
洞窟のような場所。
「大昔はここいらまで海だったらしい。潮が引いて、洞穴が残った。そこをさらに掘り出して作った遺跡だな。昔は信仰の場所だったらしいが、少し前からは嘆きの
梟がそう説明した。
もとはいくつもの民族が通り過ぎた場所だ。
固く閉ざされた石の扉が、風雪以上に人々を拒否するようだった。もう訪れる者も居まい。
その氷雪の大地へ降りたったのは青鷺、鷂、雉鳩、鸚鵡、孔雀、そして天河。
ここに大鷲が眠っていると、梟が見つけ出してきた。
鷂が痛ましそうに目を潤ませた。
「こんなところに・・・大鷲お兄様、どうやって・・・」
前線よりも更に先。空白地帯に限りなく近い。
何でか、第二太子まで現れたのに先に来ていた梟が出迎えた。
「これは天河様。お久しぶりでございます。
全く見事な上っ面のおべんちゃら、かつ無神経な言い草に天河は頭痛がした。
「また死神が何か悪巧みか」
嫌味のつもりだが、梟がそうなのですと頷いた。
「いや、ここまでに大分時間と労力をかけました。ひとえに私の努力と、見識の高さだと存じます」
褒めて頂き、ありがとうございますとでも言い出しそうだ。
「いや、全然、褒めてないんだけど」
え?と驚かれて、天河の方がびっくりだ。
孔雀が兄弟子の前に進み出た。
「・・・梟お兄様。私の失態で、このようなことになりました・・・」
孔雀が前線まで行くという情報は事前に睨み合うニ国には牽制の為に通達していたが、無政府組織やテロリストの方がここまで動くとは。
やはり、そちらの方が厄介だ、と孔雀が申し訳なさそうに言った。
顔色も悪く、負傷を負った妹弟子を梟は案じた。
本来まだ動き回れるわけは無いが、あれこれ薬を現界いっぱいまで入れて連れて来させた。
薬があちこち効いているようで、顔色は真っ白なのに、目だけが爛々としているという様子。
「いや、よくやった。
「
姉弟子が茉莉に掴みかかって、デスクの上のものを投げ散らかしているのが目に見えるようだ。
「それと。翡翠様も大分ご心配してらっしゃる」
毎日連絡する事、という約束があったのだが。すっかり昏倒していた。
青鷺から報告が上がって、驚かせた事だろう。
「お騒がせしまして申し訳ない事です・・・」
「・・・まあ、それは後でだ」
実は宮廷を巻き込んでの騒動になったのだが、何とか納めて来たのだ。
梟が孔雀に、四角い箱の包みを手渡した。
手の込んだレースで包まれている。
紙細工のような小さな青い花束を孔雀が乗せた。
誰も花の名前等わからないが、孔雀が微笑んだ。
「
宮城の庭園から小さな植木鉢にして持ってきたのを切って来たのだ。
妖精のため息のような、愛らしく少し悲しいような花。
「鷂お姉様、リュックに入れて」
鷂に包を渡して背中のリュックに入れてくれるように頼む。
鷂がリュックを開けると、大事そうに包を一番底に納めた。
青鷺が孔雀の首に小鳥の刺繍がされた温かいショールをぐるぐるに巻きつけた。
「寒いからね」
孔雀が頷く。
「鎮痛剤3倍入れてやっとだ。一時間で戻ってこいよ」
こっちも孔雀に輸血する為に血を抜かれすぎでまだ灰色の顔をしている雉鳩が言った。
孔雀が兄弟子に抱きついた。
「雉鳩お兄様こそひどい顔色よ。毒蛇どころか、これじゃミミズだわ」
孔雀が悲しそうに言った。
「おい!一時間なんてすぐだ。早くしろよ」
この度の家令の集いに何の感傷もない天河が、雰囲気をぶった切るような大声で、重い石の扉を開けて急かしていた。
唖然として梟が天河を見た。
「いやあ、デリカシー無いですな、殿下」
お前に言われたか無いわ!と天河が叫んだ。
「・・・・入れますか、殿下・・・」
「戸があるんだから入れるだろ。ライト付きヘメルット、安全靴、殺虫剤。ばっちりだ」
装備も完璧、と胸を張る。
孔雀は、姉弟子と兄弟子に礼をすると、自分も後を追った。
「殺虫剤って何ですか。虫いますか。それは嫌。燻煙剤持ってこれば良かった」「それじゃこっちが燻されちゃうだろ」とか聞こえる。
大嘴も、木ノ葉梟も、燕も入れなかった。
おそらく孔雀ならいけると思ってはいたが。
そもそもこの為にも、自分はまだ子供のあの妹弟子を召し上げる事に同意したのだから。
しかし、あの第二太子が入れるのはなぜだろうと梟は不思議に思った。