第8話 翠玉皇女
文字数 4,095文字
古くは皇帝が住まいと決めた場所が首都になり、その都度変わるものであったが、ここ二百年は変わらず城都は栄えている。
夜が明け切らぬ程の薄闇の中、城の国旗が半旗になった。
皇帝が崩御したのだ。
数年前に大病を患い、予後が思わしくなく体調を崩しがちだった
宮廷のお召し用の飛行機と車、城内への七頭立ての美しい装飾の馬車で、聖堂から教皇が駆けつけて末期の儀式を受けて天寿を全うした。
その知らせが国内外に知らされて、つい先程から追悼の報道があちこちで放送されている。
しかし、宮城に関わる者達には、皇帝の死は粛々と受けいられると同時に、次なる皇帝の即位が十日後に決まるまではまるで生きているかの様に振る舞う習慣がある。
皇帝のたった一人の妃である皇后もいつも通りに過ごしている。
主人がその様子なのだから、女官達も同じ様に従う。
皇太子、またその妃達、家族も通常通りに生活をしている。
その日常を崩してはならないのだ。
この十日を何事も無く過ごせば、規程通り皇太子である
だが、そこに一人、
若かりし頃の
前の女皇帝の同じ年頃を知る者はもう少ないが、それでもその面差しや雰囲気に何か心騒ぐ物があるのは同じ。
不思議なのはその彼女が漆黒の家令服を着ている事だ。
しかし、宮廷において見た顔の家令では無い。
「殿下。総家令の
自分では扉に触れる事も無く、総家令に開けさせてさも当然と言う様に女が
ほぼ初対面に近い父親違いの妹。
母である
彼女だけが母王の手元で育てられた。
その事実だけは知られていたが、父親の公表が無く様々に憶測されていたが、誰もが敢えて口にはしなかった。
教育もその身の一切も総家令の
大抵は爵位を
父親は誰なのか。
そもそも母親が白鷹なのではないか。
あるいは他の女家令か。
かつて彼女の存在は宮廷の口さがない連中の格好の話題であった。
「私の身分はもう皇女じゃありませんでしょう、どうぞ
いつに無く従順に言われて
「お会いするのはほぼ初めてございます事ね。兄上殿下」
言いながら、無断でソファに座る。
母親によく似た面差しでそう言われて
「
翡翠が首を振った。
「そんなもの申し上げてはならんのは知っていて言うわけだな」
崩御から十日間は、宮廷では皇帝は生きてはいないが死んではいないのだ。
「それは
心から嬉しそうに言って立ち上がり、踊る様に軽やかな足の運びで
「それから。さっき会って来たの。アンタのご正室様。あれは誰が考えたキャスティング?アンタ、妃は殺されるし。散々ね。ああ、おかげで家令達はてんてこまいだわ」
それまで
「この件は我々の落ち度でもある。・・・宮城で妃は殺してもいかんし殺されてもいかんのだから。本来それを止めるのが我々の仕事だ」
「無かったことにするのもね」
それで、と
「宣戦布告か、妹姫」
「ええ。兄妹全員が殺し合うのも、王族らしくてよろしいでしょう」
「
とんでもない、と
「それで?お前を担ぐのはどの家令だ?あの犬か。それとも天才少女か」
「それとも、上の世代の家令達か」
「それでもいいしどれでもいいと思っていたけれど、話が変わったの。担いで貰わなきゃいけない末の妹がいてね。私の天の北極はその子に決めたの」
天の北極、とは総家令の事だ。
皇帝は北極星、ならば総家令は存在の根拠を支える天の北極。
家令が好む表現だ。
天において揺らぐことのない北極星は称号である。しかしそれは実は少しずれているのだ。
実際は、地球の自転軸を北にどこまでも伸ばした先と天球が交わるポイントである天の天の北極を中心にして星は回っている。
「なんとも
ねえ、兄上様、そう思わない?と
「・・・まさか・・・」
「私がそう言えば、すぐに戦力が宮城と軍基地に向かう事になってるの。どうする?
そんな事、
大喜びしそうでは無いか。
血と騒乱を好む家令の典型のような姉弟子だ。
そもそも彼女は
そこに彼女が選んだ女家令が
「軍に異常は?」
「ございません」
軍を統率しているのは
「では禁軍か。あの犬もいよいよ頭がいかれてるな」
管轄外となれば禁軍しかない。
皇帝の親衛隊が造反する等、言語道断である。
が、家令が関わったとなれば有り得ない話でも無くなる。
「
「・・・まだまだ
「それにしても城で手伝いくらいはしているはずの年齢のはずだろう。どんな意図があって城にあげないんだ」
何か他意ありやと疑われても仕方ないよ、と釘を刺され、
「数年前より
微妙な立場なので女官に知られたら
見当がついたと
「思い出した。
神官長になるにはまだ大分若いだろう、と聞くと、あの子はさらにその上になれるかもしれない、と
けれども慎重に行かなくては。大切な妹弟子ですからね、と言った事も。
「・・・
「まさか。まだ神官見習いです」
「いずれ大神官になるのなら早くてもいいだろう」
大神官は、
下界、他人との関わりを絶ち、目で見る事を禁じられて、神官長数名との接触が許されるのみで
皇帝の地位にある者は厳しい潔斎を済ませて、わずかな時間ならば接触する事は可能だが、それでも会話どころか発語、コミニュケーションの発信も受信も禁じられるのだ。
第一、大神官になるまでが狭き門で、厳しい潔斎に命を落とす場合もある。
「世界の一部がお前の手に落ちようとも。家令は皇帝の備品、実用品だ。そうだろう?家令の一切はお前では無く、今現在はこの
実質、
大神官はその皇帝が崩御したら死出の旅路に随伴する事もあるのだ。
今すぐに
しばらくの間、
「・・・馬鹿馬鹿しい。私そんなの関係ない。けれど・・・」
まあいいわ、と
「それではさよなら、兄王様。本日は私の挨拶とお思いになって。それではご機嫌よう」
彼女の美しく迷いない足取りと所作は自信に満ちて見えるだろう。
彼女に人を圧倒する何かがあるのは間違いない。
彼女は家令として
監視カメラにはしっかりと彼女の姿は映されていたのだが、不思議なことに誰にも不審にも思われることもなく城を後にしたという、ただその事実のみが映されていた。