第２３話 鹿の園
文字数 4,194文字
ソファで猫を胸に抱きながらパソコンに向かっていた
「・・・名簿と出納帳ですか?これ、何の?」
今時手書き、きれいな濃紺のインク、と
几帳面な洒落たレタリングは
書類を見ながら、
「・・・帳簿なのに見積書も請求書も納品書も領収書もないのね。何?これ?」
もっと不思議なのは名簿の他に生年月日や身辺調査の様な項目の備考欄。
この兄弟子の調査能力と情報網の手堅さと剣呑さはお墨付きではあるが。
「
思い当たった
皇太子時代からの翡翠の交友録。特殊な業務ではあるが。
「・・・鹿の園があったというわけね」
それは昔、さる国の艶色家の王の為に集められた娘達が居住していた場所の名前だ。
多忙と病弱の為に王の夜の相手をお役御免と成った公式寵姫が、自らの保身と王の為に用意した安全の保障された嗜みの場。
「お前にぴったりだろう」
「悪趣味よ」
この妹弟子が城に上がって以来、厨房から持って来させなくとも簡単な食事や茶の類は出てくるので誠に使い勝手が良い。
そのおかげか皇帝の偏食も矯正されつつある。
「・・・これを、何で私に見せたんですか？」
「ああ、都合よく使えば良いと思って」
「は?」
孔雀はポカンとして兄弟子を見た。
「
「・・・平く言うと、
信じがたいが、これはこの兄弟子からの
「・・・つまり、これは
「おうよ」
胸を張って彼は答えた。
「本当、デリカシーがないわね。だからダメなのよ」
「家令が何をデリカシーなんぞと。デリカシーで飯が食えるか。酒が飲めるか、デザートが出てくるか」
「飯を食う前に、
難しい年頃か、この妹弟子はおかしなことを言う。
「
「それで、どうしてそれを私に見せてしまうのよ?」
内密の意味がないではないか。
「そんなの。我々家令の相手は王族でもこういう人間だという事をお前に教えなければならない。内密になんぞされてたまるか。妹弟子を誠実面した男にくれてやれというのか。面白くもない」
不思議とこの妹弟子にはついそのまま話をしてしまう。
まだ幼い
この死神と言われた
「それから、これをお前がどうするのか知りたかったしな」
「・・・お兄様。それをね、優しさというのよ。ちょっと歪んでいるけど。ありがとうございます」
優しさ、と言われて、
「さて、どうするかなぁ。・・・そうねぇ」
「そんなもの。面倒だからちょっと口止めしてそれぞれ放り出してもいいし、何かに利用できるなら後で使えばいいだろう」
素朴でふわりと甘い風味のとうもろこしの粉で焼いたビスケットだ。
何かしら作ってボンボン入れに入れておくと家令がよく食べるが、このビスケットは好評のようですぐに無くなる。
鳥だからやっぱりとうもろこしが好きなのかな、と言うと、女家令なんか肉食獣ばっかりだと
「恐竜も実は鳥じゃないかって最近言われてるらしいですもんね」
「やっぱりなあ。
姉弟子に聞かれたら、茶碗どころかテーブルも吹っ飛んできそうだ。
「ねえ、お兄様。貴族筋の方やあまり
「後腐れないように」
「それは
「あの男はそんなのお構いなしだよ。もちろんこの俺の適切な判断だ」
「企画は
一体、この名簿の人間達は、今どうしているのだろう。
「我々の立場も明かしていないから、大して揉めもせずに関係が解消できて尚いい」
なるほど、安上がりで合理的。
「この中で、王夫人の条件の方はいますか?」
皇帝との間に子供はいるのか、という事だ。
「いない。不始末はしないさ」
「では、公式寵姫になれる方は?」
「・・・いないな。公式寵姫にするならば良い弾除けにならなくてはならんだろう」
まあ確かに、公式寵姫がいた方がこの妹弟子の立場上、都合がいいけれど。
「昔ならば、
「悪趣味よ」
「宮廷の花にも蝶にも適していないちょうど良い人間を集めたんだ。無理言うな」
「では鳥はいかがでしょう。家令に成って頂けるような方は?」
「・・・お前、そっちの方がデリカシーないだろうが。かつて関係のあった人間を拾い出して皇帝の身近で働かせるのか?」
「・・・無駄がないように聞いただけよ。だって勿体ないわ。・・・家令はいつだって人手不足じゃない」
「残念ながら、家令なんぞにならなくとも
「・・・どうするんだ?」
「梟お兄様、その
「よしきた。
「・・・・違います。お一人お一人に、出来うる限りの良い縁談と、その幸せに見合うだけの持参金を持たせたのよ。今なら再出発のための支援金というあたりね。・・・お兄様にも責任取って頂きます。お一人づつに会って退路ではなく進路希望調査です」
「はあ?」
何を言い出したのか。
カラフルにマーキングした書類を
「・・・名簿、頭からよ、ちゃんと現住所と現在配偶者の方いるかも調べてよ」
「・・・仕事を押し付けようと思ったのに、増えたじゃないか」
「三者面談よ。皆でバツの悪い思いをして頂くわ。日程組んでてね。私、明後日から久しぶりに軍なの。演習のリハーサルね」
「
合同演習という事は、陸海空が、つまり激突するのだ。
今まで演習ではコッカトリスと呼ばれていた木ノ
「木ノ
そう言われて、
いかにもあの妹が言いそうだ。
「で?お前は何て言うんだよ?」
「・・・ええ、そうでしょうとも。
そもそも会議の席で、
軍では、新旧女家令がぶつかるという事で面白がる向きもいるが、その被害の大きさを思って頭を抱えてる面々もまた多い。
「陛下に我が軍は少年兵を前線に従事させていますとチクったのは木ノ
家令の成人は十五歳、とは慣習であり、実際にそうである訳が無い。
特に、
まだ年端もいかない時分から
それを不安に思ったのは木ノ
「あの子、善悪分かってないうちから戦場の損得ばかり覚えてしまった。戦場ではそれは命取りになることもあるのよ」
木ノ
「・・・
「こっちが聞きたいわ」
その時この妹弟子はどうするのだろう。
それは家令にとっても大きな選択になると思う。
どう転ぶかは、実は
最近、真人間へと少しずつ路線変更し出した皇帝を思いながら
