第134話 幕間の花火
文字数 1,851文字
かつてそう呼ばれた不毛の土地は、四年弱で驚くほどの発展を見せた。
冬場は凍土となる土地であるが、地熱発電によるロードヒーティングで冬場も地盤が暖かく、信じがたいことに、春とはいえまだ雪がちらつく頃に街路樹の梅であったり桜であったりアーモンドの樹木の花がいっせいに咲く。
春が爆発するようだと言われる極北の名物だ。
アカデミーとスコレーの共同計画で進められた地熱を利用した農業が軌道に乗り、今ではこの極北から果物や花が、各国へ出荷されるようになった。
驚くべきはその自由度。
経済特区とされ、免税、スコレーからの無償の技術提供、更には三国が出資している準備銀行からの支援。
一気に企業も人も流入し、街は膨張し続けている。
特に、当初はアカデミーの模造品、と揶揄された新生スコレーに、各国から学生や研究者が集まって来た。
アカデミーとの交流も多い。アカデミー長とスコレーの長、どちらもが美貌の宮廷家令である事が話題を呼んでいた。
更にスコレー長は皇女であるという。
交通と流通の要として一番最初に作られた空港は、現在も拡大工事が進められている。
ようやく三重の環状に、そして放射状に走る道路と地下鉄が全て開通した。
これで一応を持って、都市開発は成功し軌道に乗り、三国共同開発機構の仕事そのものは終わったことになる。開発機構は一度解散され同時に維持保安機構という名前の組織が立ち上がった。
それを見届けるように、Q国の母后は崩御し、その葬礼の祭典で皇太子と正室の生後半年程の皇女の姿が披露され同時に亡き母后の遺志として正式な開国宣言が発表された。
そして五年目を迎え三国の次代の長を集めた盛大な記念式典が開催された。
まだ肌寒いがアーモンドの花が満開の春の日無事に式典を終えて翡翠の名代として参加していた藍晶と、極北総督府長代理の天河、Q国の皇太子の正室、つまり兄妹が久しぶりに水いらずで顔を合わせていた。
朝から式典の準備で大忙しだった孔雀もその様子を見ていた。
紅水晶に会うのは、母后が亡くなった時以来の2年年ぶりになる。
皇太子との間に姫を設けた事で"薔薇の雫"という意味の名を賜ったそうだ。
以前親しく面会出来たのは、輿入れした姫の懐妊の祝いという形で、特別に入国と滞在を許された孔雀は、無事姉弟子の臨終に立ち会い、見送る事が出来た。
その願いを聞き届けてくれたのは紅水晶だった。
勿論、母后が家令である事等は知らないだろうが、自分の婚姻に並々ならぬ尽力をしたのが母后と孔雀であると知っての温情。
何より、孔雀が勝戴の臨終に間に合った事に白鷹が殊の外、安堵していた。
あの姉弟子が、ようやく戦が終わったような気分、とまで言っていたから。
人喰いダキニがめずらしく感傷的な事を言ったものだ。
極北総督府はすっかり改装が終わり、要塞、フォートという通り名であったのが信じられない程、美しい個性的な建物となっていた。
オレンジ色やポイントのプルーン色の利いた温かみのある内装に蜂蜜色の桃花心木の調度類。
宮城やあちこちの離宮を改築して来た小さな孔雀風と呼ばれる洗練されて軽やかで優しい雰囲気とはちょっと違う。
孔雀の提案もだが、天河の好みがだいぶ反映されていた。
皇太子がいつもとどうも違うね、と興味深そうだった。
テーブルいっぱいに並べられた色とりどりの菓子や果物に、紅水晶は目を輝かせた。
婦女子の扱いに長けた叔父を気に入ったのか、小さな姫君が藍晶の膝の上でおとなしく苺を食べさせられていた。
今だ正室との間にも子供のない藍晶にすると、新体験だ。
天河は嫌われたらしく、抱き上げると泣くので、こいつ火災報知器みたいで怖いと敬遠しているのがおかしいと紅水晶が笑った。
夕食も済み、誰もが寛いで、会話を楽しんでいた。
記念の花火がいくつも上がり、誰もがバルコニーに出て眺めていた。
見た事もない大輪の花火と光の粒子が描く絵画のような演出。
階下の庭園から、フルオーケストラの演奏が聞こえる。
雉鳩が礼をして入室すると、孔雀に耳打ちし、二人は小さく頷きあった。
同時に、Q国の侍従が神妙な面持ちで自国の主人たる皇太子からの知らせを紅水晶に伝えた。
紅水晶は、狼狽した様子で孔雀を振り返ったが、孔雀は目が合うと少し困った顔をして自分の唇にそっと指を当て、花火が終わってから、と微笑んだ。
異国に嫁いだ若き皇太子妃の耳に届いたのは、故郷たる国の主権を新政府に移譲する、という皇帝表明が報道官の金糸雀によって発表されたという知らせであった。