第62話 愛、二夜
文字数 2,690文字
柔らかな天蓋のドレープの向こうから、藪から棒に緋連雀の声がした。
慇懃であるが、セッカチがイライラしているのがよく分かる。
翡翠が苦笑した。
「緋連雀、こちらへ」
緋連雀が布の隙間から半身を現して、いつまでベラベラ喋ってんのよ、と妹弟子に唇で伝える。
「青鷺と鸚鵡に、登城するよう正式な文書を送るように雉鳩に伝えなさい。鸚鵡にはこの度の総家令の治療の褒章を与えると加えて」
これで正式に兄弟子は赦された事になると孔雀と緋連雀が手を取り合って喜んだ。
「それと、緋連雀。この度の作品は非常に素晴らしかったね。お前にも褒美をあげよう。何でも言いなさい」
緋連雀がありがとうございますとしたり顔で微笑んだ。
「まあ、お姉様。あまり高額の物はだめよ。翡翠様、緋連雀お姉様は、最新の
「何よ、アンタが補給艦なんか先に作る予算案通しちゃうから、私のが後回しになったんじゃない」
相当恨んでいるらしい。
「孔雀、陛下は真にご賢明な方。私の働きをきっと正しくご判断くださるわ。陛下、お許し頂けますか?」
翡翠が悪巧みを察して頷いた。
「ああ。でも。あまり意地悪をしては駄目だよ」
緋連雀は礼を尽くすとベッドに登った。
何だ?と言う顔をしている孔雀の薄物の服を手早く脱がせた。
「やっぱり、これは傑作。本来、多くの人間に見られて私が高く評価されるべき作品ですが、陛下はそれはお望みではないでしょう」
とんでもない話、と翡翠が軽く首を振った。
「それでは陛下。どうぞ、私共の妹弟子を末永くご寵愛くださいますように」
緋連雀が孔雀の冷たい脚に触れた。
相変わらず驚く程冷えた、雨にでも濡れたか、さても粘膜なのかと思う程の肌の質感。
熱くさらりと乾いた心得の良い自分とはまた違う妹弟子の肌の感触を緋連雀は楽しんだ。
翡翠がそれを柔らかく咎めた。
「まあ、お嫌ですか?」
とても若いうちから艶事に長けた宮廷育ちに、本当に意外、アンタそんなだっけ。割に好きな方じゃない?という顔をされて、翡翠は都合が悪いにも程があるとため息をついた。
笑ったのは孔雀で、緋連雀は何よと妹弟子を見た。
孔雀は緋連雀をぎゅっと抱き締めて頬に軽く唇を寄せた。
「翡翠様、緋連雀お姉様は、私を
「どこが?何を?」
「私がまた失敗しないように。つまり
翡翠は唖然とした。
しかし、美貌の女家令は平然としたもので。
「いけませんか?全くの好意からとは申しませんけれど、そりゃ私、面白半分の気持ちもございますけれど」
私、アンタらの為を思って、と力説する。
「緋連雀お姉様。今度はきっと大丈夫よ」
「本当?もう嫌よ、あんなオフェンス」
孔雀はまた笑った。
「妹弟子がこう申しておりますので、私は下がらせて頂きます」
と言っても、近くに控えている務めがある。
緋連雀も妹弟子の頬に唇を寄せて、翡翠に向き直って、礼を尽くした、
二人残されて、翡翠は改めて孔雀と向き直った。
「女家令の心理たるや、常人には考えが及ばないものだね」
孔雀はそっと翡翠のそばに寄り添った。
「翡翠様、気まずいのでしたら、今晩のうちにバタバタっと済ませてしまえばよろしいのに」
見透かされて翡翠は苦笑した。
「可愛い人、そんな年末の大掃除のやっつけ仕事みたいに行かないんだよ」
孔雀が吹き出した。
「出来れば、よい思い出と記憶に残して欲しい。最初の印象があまりにもひどいもの。でもこうなって見ると、怖いような気もするし・・・」
孔雀との初めての夜を記憶を反芻しては何度も後悔していたのだ。
孔雀は、家令連中からは大笑いされ話のネタにされ「お前面白いけど、そんなに面白くなくてもいいのよ」と貴婦人然とした青鷺にすら言われた。
ふと、翡翠は孔雀の不思議な青菫色の目が少し赤味がさしたように、星が瞬いたように感じた。
「では、翡翠様。私が魔法をかけてみます」
孔雀は、翡翠の頬と額に唇を寄せた。
意外な程に驚いた翡翠が黙った。
「・・・いかがでしょう?」
緋連雀が言う雉鳩や手練手管等よりだいぶ子供だましであるが。
「うん・・・かかった」
翡翠はそう小さく呟いた。
孔雀はほっとして、では、と翡翠の首に腕を回した。
「私にも」
孔雀が促すと、翡翠が同じように遠慮がちに唇を寄せた。
「翡翠様、以前のあれは、私、野蛮な事でございました。教えられたのだから、真鶴お姉様のお好みだったのだろうと思ってたのですけど」
孔雀は翡翠の下唇を柔らかく噛んだ。
「私、こういうのが好きなようです」
と、滑らかに囁く。
どうか、私に愛させて。
孔雀は、甘えると言うより、願うようにそう言って、翡翠をやわらかく抱きしめた。
ああ、星ではなく、あれは炎であったかと、孔雀の意外な烈しさを感じて翡翠は震えた。
白檀と月桂樹とアニスのような香りに満たされて、翡翠は孔雀の羽根が美しく揺らめくのを夢見るような気分で見ていた。
緋連雀は、しばし後、隣の総家令室に続くドアを無造作に開けて、その場に詰めていた家令達に得意気に手を出した。
数人が快哉を挙げ、数人が舌打ちをして財布から札束を出してテーブルの上の果物籠に放り投げた。
「まいどありぃ」
緋連雀が果物籠を受け取り、燕に賭けに勝った人数分で割りな、と指示をした。
梟が大嘴が悔しそうに眺め、仏法僧は半分呆然としていた。
妹弟子の動向は、良い賭けの材料になると
家令達は、次は何が起きるか、3年で孔雀が飽きるに4万、いや、翡翠が根を上げるに2万、等勝手に新たな賭けをし始めた。
今度こそは大丈夫だったんだろうな、と念を押した梟に、緋連雀は自分の手柄のように胸を張った。
「ご心配無用です、梟お兄様。・・・孔雀は案外攻め攻めね」
「真鶴お姉様もそれが気に入ってたんじゃないの。ホラ、孔雀のおかげで私ら得したからさ、なんかマージン買って来てやんなさいよ」
金糸雀が果物籠に手を突っ込んで、何枚か紙幣を緋連雀に渡した。
「そうだな。長く使い減りしない賭博の案件でいて貰わなくちゃな。何か、消化に良くて体にいいような食い物がいいんじゃないか?」
雉鳩も頷いた。
翌日、孔雀はそれを知って「全く。家令ってなんてデリカシー無いの」と、発熱した額に冷たいシートを貼られながら、緋連雀が買ってきた高級桃の缶詰をいくつも並べて、甘い
久々に40度に迫る高熱に、翡翠は責任と甘い背徳感、それを愛だと感じて、一日休むようにと伝えた。
その夜もまた皇帝が二夜続けて公式に総家令を召したと、宮廷に話題を提供した。