第7話 嘘と老後

文字数 639文字

 夫は多くを語らない。俗に寡黙というか。
人間は、悪い人ではないが、嘘を吐く。
「極道に悪気なし」の如しだ。
のべつまくなしに嘘を吐くのではない。
私に知られては分がわるいから嘘を吐く。
おかしいなと思って2〜3日して同じことを
話すと。先日とまた違うことをいう。
 女は賢いから、ついた嘘は忘れずに何遍でも
おんなじ嘘を吐くのだ。

 ある時。
「怒らんからほんまのこと言って」
「ほんまに怒らないのー」
「絶対に怒らん」
ところがである。聞くに絶えん話に
約束も、クソもあるか。怒り爆発。
それからは、牛のように咀嚼してから
言葉少なに話す。

 夫婦喧嘩は99%夫が因を作る。
良妻賢母なら、笑って見逃すのだろうが、
喧嘩好きなんだろう私は、飛びついて
その因を買ってしまう。
それは私のストレス解除法かも知れなかったと
今になって、しみじみ思う。

 夫が鬼籍に入ってもうすぐ40年。
仲がよかったのか、悪かったのか今も
❓のままだ。

「頭の悪い人間は身体で稼げ。わしは頭で稼いでいる」
現場によく出る私に浴びせた夫の言葉である。
「言われるほど頭は悪くないつもりだ」が。

「宵越しの金は持たん」とざぶざぶ使って
「さてお互いに老後が見ものよのう」と、
江戸の先の長崎を私は視野に入れていたけど
戦いの場はなく59歳で逝った。

 お互いに「愛」があったのか、なかったのか❓

  言い漏らしたこと。
  聞き損じたことあり。
  来世を信じない私は永遠に未知のままだ。

   一人の老後を、恙無く暮らせるのは、
   夫のおかげかなと思い、時々感謝する。


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