第35話 再会した秀さん(1)

文字数 802文字

 青春の日の一齣である。
帰郷するとき「何でもするから私も一緒に連れて帰って」
秀さんは懇願したが、それはままならず、一人で帰郷した。
あれから数ヶ月が経過していた秋の一日。父の病の症候状態を
見極めて、秀さんを招いた。
 秀さんは私の帰郷後、間も無く芦屋の勤めを辞めて、梅田の
レストランで働いているということだった。流行り洋服を身に纏い、
見事に変身して見違えるようだった。パンプスの踵の細長さが、
秀さんの今を象徴しているように感じた。
 秀さんに紺絣の着物を着せ、私は縞の着物を着て並んで写真を撮った。
 また、たわわに色づいた蜜柑山では、短日の日を惜しんで、あの日、
あの時を語った。池の鯉を失敬して食卓に並んだ話になり、顔を見合わせた。
お互いに悔いていないのに驚いた。それは「泥棒にも三分の理」か?楽しい
時間の過ぎる速さは、まるで新幹線に乗ったようだ。秀さんは一泊して帰った。

 彼女と再会したのは、木枯らしのふく寒い日の午後だった。
お互いに音信不通になって幾年、経っていただろうか。闘病していた父は他界し
自分も嫁ぎ、その上、二度も転居しても連絡しないままになっていた。彼女は
実家へ問い合わせたようで、大家さんへ呼び出しの電話がかかってきた。
「kさん。パパが死んだの」地の底から呻くように
「パパが死んだの」を繰り返す。聞く方も動転、狼狽えていた。
「どういうこと。落ち着いてゆっくり話してみて」
彼女はおろおろとして要領を得ないが、夫を荼毘に付して今、遺骨を抱いていると言う。
「とにかく明日行くから」と住所を確かめた。
彼女は十三の町のこじんまりとした綺麗なマンションに住んでいた。
全く予期しない非常な再開に慰める言葉も浮かばず、交わす言葉もなかった。
 小さい祭壇に白い箱が安置されていた。三歳になったばかりの遺児は男の子
だった。その夜は遺児を中にして三人で祭壇の前で床をとった。
まんじりともしないまま夜は更けていった。











 
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