第45話 睦月

文字数 1,082文字

 はるか、故郷のそらの彼方は天地一色の鉛色。
この分では雪が降っているかもと、期待しながら故郷の友に電話を入れた。
「降っているけど冷たい雨よ」やっぱり、今年は暖冬で此処には雪は降らない
のだとあきらめた。こんな贅沢言っていたら、能登半島地震で被災したか方々に
申し訳がない。
 戦後、南海地震が起きてから、しばらくは大きな地震から遠ざかっていた気が
していたが、阪神淡路地震の時は二男が神戸に住んでいた。徳島もがたがたと揺れた。
すぐ電話が鳴った。娘からだった。「今の地震は阪神なの、弟に電話したけど通じない。
何かわかったらまた、連絡する」飛び起きて、いつでも出動できる体制でテレビに齧り
付いていた。二時間も待っただろうか?
「お母ん、僕だ。僕は大丈夫だから心配しないで」すぐ電話を切ろうとする。
「ちょっと待って今どうしているの」
「これは、公衆電話で、後に二百人も並んでいる。後で電話するから切るよ」
 それっきり夜まで連絡は来ない。生きているのが分かれば、にんげん欲なもので
マンションはどうなったのだろうかと気がかりだった。昼間は会社へ行っていたと言うが
課では、出社したのは一番後だったと言う話を聞いて「こらあかん。この息子は出世はできん」
と心底思った。それでも生きていてくれただけでただ嬉しくありがたかった。
 山の手の友達の家に居候していると言うので数日後、食料と水を積んで神戸へ出向いた。
 とにかく迂回しながら淡路をから神戸までフエリーで行った。島国の悲哀を感じたものだ。思い出した。後四〜五カ月で明石大橋が開通したのだ。 
 高速道は通れない。前方にビルが倒れて道を塞いでいる。動けない車は長い列をなしている。
地図を頼りに裏道、脇道を這うようにして夕方たどり着いた。山の手の方は地盤が硬いのか、
全滅に近い南のような被害は見られなかった。
 二男の勤める会社の社屋にも甚大な被害が出て、平社員は当面自宅待機になった。その間
帰郷させた。昨年、買ったばかりのマンションは立ち入り禁止の赤紙が貼られていた。両隣
りの新築マンションは二棟とも無惨に崩壊していた。崩壊してもマンションのローンは
払うのだと知り、愕然とした。
 二男は、抜け殻のようにただ、空気を吸っているだけに見えた。
私は幸いまだ仕事があったので逃げるように、家を後にした。
「なゐの子の声まろくなり二月尽」ほっとして読んだ句である。
俳人には失笑をかうだろうけど、声のとんがりがなくなって、愚かな母は、ほっとしたのだ。
 あれから二十九年の歳月が流れたことになる。
 地震のたびに被災した方々のことを思う。そこにあの日を重ねている。

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