第3話 あれから四年

文字数 429文字

 四年後の四月。「五年には進級しない」突然、長男話し出した。
「あと一年で卒業というのにどうして」
「やっぱり大学へ行きたい」と言う。夫は負けた。やがて予備校への荷物を持って
京都へ向かう。
初めての遠出で少し疲れたが、(猫の手も借りたい)ほど多忙を極める毎日だった
ので、しばらくはこんなチャンスもなかろうかと、春雨けむる鞍馬山を息子とドライブ
した。息子の顕在意識はすでに大学生。
十一月のある日、娘と下宿を訪ねた。洛北の高尾を案内してくれた。清滝川のカエデ
に目を細め、朱塗りの高尾橋を渡ると神護寺の登り口。そこで紅葉の葉っぱの天ぷらを
「これ美味しいよ」と息子が買ってくれた。
高尾、槙尾、栂尾と何処も劣らぬ満開の紅葉を満喫した。
 頑張った甲斐あって一年後、息子は志望校へ見事入学を果たした。
 あれから四十数年が流れた。雨の鞍馬山を息子とドライブした思い出は色褪せたが、
かすみの中の鞍馬の桜は深い印象を今に残している。
あれから息子とドライブした記憶は今日に至るまでない。
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